Story Tellers from the Coming Generation!
Interactive fighting novel JOJO-CON
叛逆者たちの狂宴・後篇
33．歓喜と焦燥
34．百戦するも……
抵抗できないまま傷ついていく承太郎を見て、レイジーは大満足だった。
「我が逆隠者の『孤独の都』から逃れる方法は唯一つ……目の前の敵を打ち倒す事。
但し……『絶対に勝つ事のできない』敵を、だがなぁ〜〜〜〜」
この能力の発動中は、レイジー自身もまた動けなくなる、という弱点があったが……
承太郎の仲間たちには、自分の部下たちが露払いをしてくれているはずだ。全く問題はない。
「『ディレインジド・ハーミット』……最高だな。アンドリューの誘いに乗って『叛逆の徒』となってよかった。
最強のスタンド使いと恐れられた承太郎ですら、こうも簡単に我が軍門に下してしまえるとは……
一対一なら、どんなヤツと戦っても負ける気がしない……
俺様の未来は『無敵のバラ色』だッ！ フハフハフハホッホァーッ！」
「内なる精神の世界」において……承太郎は血をしたたらせつつ、壁に寄りかかってヨロヨロと起き上がった。
「何とも無様な姿だ……」青年は嘲った。「おとなしく寝ていれば、楽に死なせてやったものを……見苦しくあがく事で、さらに苦しみ抜いて死ぬ事になる。
あなたのファイティング・スピリットには敬意を表しますが……悲しいかな。その行動をたとえるなら、
ボクサーの前のサンドバッグ……ただ打たれるためだけに立ち上がったようなもの……フン」
しかし青年の笑みは、承太郎の消えない笑みと瞳の光に、再び怒りに歪んだ。
「気に入りませんね……何を企んでいる？ 死してなお、笑みを絶やさず精神的優位を保とうとでも？」
「…………」承太郎は答えない。ニヤ二ヤと笑うのみ。
自分の言葉を無視されたと感じ、青年はピクピクとこめかみを痙攣させた。
「お前の……次のセリフは……『消してやる、そのニヤついた笑みを』だ……」
「次で終わりだ……消してやるぞ、そのニヤついた笑みをッ……！？」
自分の言葉を言い当てられ、やや驚いた青年だったが……構わずキング・クリムゾンを発現ッ！
承太郎の視界から、青年の姿が文字通り消し飛ぶ。
…………刹那ほどの静寂の後。
「オラァッ！」
ドグシャア！
「…………ぶ、ぶぎッ…………！？」
青年は事態を理解できなかった。無敵のキング・クリムゾンの手刀より速く、スタープラチナの鉄拳が自分の顔面を捉えている。何故だ！？
「オレから能力や、仲間を奪う事はできても……『経験や記憶』を奪う事はできなかったようだな」
承太郎の肩から流れる血の滴が……ポタリ、ポタリと地面に落ちている。
「ポルナレフに教わった『血の探知法』……役には立ったが、けっこー神経使うぜ……」
「キ、貴様ッ……『血の落ちる間隔』を見て、我が時間消去のタイミングを把握したなッ！
そのためにわざと攻撃を食らいッ……壁際に追い詰められたのも、僕の攻撃してくる範囲を限定するためだったのだなッ！」
青年の詰問に、承太郎は無言の一撃をお見舞いして肯定した。
「ぶッぐぁーッ！」
青年は弾かれるように地面に叩き付けられた。
鼻血をボタボタと垂らしながらもどうにか立ち上がる。先刻までの余裕ぶった様子はどこへやら、逆上した青年は憎悪の視線を飛ばしつつ叫んだ。
「……ムカツクやつだ……内臓ブチ撒けて殺してやるァーッ！！」
35．実力差
ポルナレフは、己の肉体にみなぎるパワーに、改めて驚きを隠せなかった。
（エリスは言っていた……『肉体』を形づくるパワーの源は『精神』だと……
幽霊となったおれにも……これだけのパワーがあったとはッ！）
ポルナレフの精神テンションは今ッ！
十数年前、仲間と共にＤＩＯの館に乗り込んだあの時に戻っているッ！
それは彼のたくましい青年の姿から見ても明らかだ。
（『シルバー・チャリオッツ』も完全に復活している……レクイエムが暴走する気配もない……
今の剣さばきなら、音速をも越えられそうだッ…………！）
しかし、そう都合のいい事ばかりでもなかった。
（エリスの『支配下』に置かれて間もないおれには『転憑』能力がない……
練習すれば、あの姉妹のようにモノにできるかもしれねーが……今はリスクが大きすぎる。
そしてもうひとつ……一番気になる事だが……）
ポルナレフの借りている肉体は、ミスタが倒した「セックス・マシンガンズ」のメンバーの中でも、最も軽傷だった男のものだ。
跳ね返ってきた弾丸をかわそうとして、足を滑らせて後頭部を強打し気絶したらしい。
（そのせいか……頭にちょっとした鈍い『痛み』を感じる……
大した事はねーが……エリスの姉たちは痛みを気にかけてる様子がなかった……）
どうにも心にひっかかる疑念だったが、今はこだわっているヒマはない。
いっぽう、逆位置の悪魔の刺客たちは……
恐怖に呆然としているエリスの姉を尻目に、ブラフォードが一歩前に進み出た。
「ねえ〜ブラフォー……」
「下がっているんだな。貴様程度では、あのポルナレフとかいう男には到底太刀打ちできぬ」
それは事実であり、姉自身も自覚していたが……黒騎士の淡々とした物言いは、彼女の勘に触った。
「……あんな不意打ち同然の攻撃を受けたら、誰だって……」
「分からんのか？」食い下がるエリスの姉の言葉を、蔑むような冷たい口調で遮るブラフォード。
「貴様らには聞こえなかったのか？ ポルナレフが貴様の妹に攻撃する寸前の風を切る音が……
あれはあの男なりの宣戦布告であり、ミスタを傷つけようとする者に対する警告でもあったのだ。
それすらも分からず、成すすべもなく攻撃を受けてしまっているようでは……
所詮、貴様らの実力はその程度だという事だ」
「ぐッ…………」少女は絶句した。
彼女の心情などまるで意に介さず、ブラフォードは目前の敵を睨みやった。
「あの男のスタンド……『騎士』の姿をしていたな。面白い。
この黒騎士ブラフォードと戦う資格のある猛者か否か、試してやるとしよう……」
36．キング・クリムゾンの真髄
「やれやれだ……いかに強力なスタンドだろうと……
一度見知ったものなら、いくらでも『対策』の立てようはあるんだぜ。
ジジイも言ってたっけな……同じ手を二度使うのは……『凡策』だと」
承太郎の言葉に、青年は激昂して叫んだ。
「いい気になって聞いた風な口をきいてんじゃあねーぞッ！
承太郎……きさまには、死んだ事を後悔する時間すら……与えんッ！！」
バァ〜ン！
青年がスタンドを繰り出す。
彼の髪の毛がバサバサと風にたなびいて、その中に画像が浮かび上がった。
「言ったはずだ……僕はキング・クリムゾンを完全に操れるとッ！
お前の考えた小賢しい『策』など……我が『エピタフ』（墓碑銘）の前には無力ッ！」
エピタフの示す10秒後の未来。予知能力！
キング・クリムゾンの拳が、承太郎の身体を深々と捉えていた。
（フハフハフハハハーッ！ やったッ！ 勝ったッ！！
一瞬早いのは僕のほうだ！ やはり我がキング・クリムゾンは無敵の能力ッ！）
承太郎も「スタープラチナ」を浮かび上がらせ、迎撃の態勢を取った。
そして、時間が……飛んだ！
ドォ〜ン！！
青年の、そしてキング・クリムゾンの視界に映る世界が暗転する。
スタープラチナの繰り出す凄まじい拳の連撃、そして承太郎の動く軌跡……すべてが、見える。
「何をしようとしているのか完全に……予測できるぞッ！
このヒキガエル野郎の動きがァーッ！！」
青年は鼻血を拭った腕を振りかざし、承太郎に目潰しを食らわした。
「きさまの仲間が教えてくれた『探知法』だと？ フンッ！
こうして血で目潰しをしておけば、血の落ちる瞬間を見る事はできまい……
きさまの言う通りよなァ……一度使った策はもはや『凡策』よッ！！」
キング・クリムゾンの拳は、スタープラチナの攻撃をやすやすとくぐり抜け……承太郎のみぞおちへと吸い込まれた！
「死ねィ承太郎ッ！ 時は再び刻み始めるッ！！」
37．騎士道vs騎士道
臆する事なく歩み寄ってくるブラフォードを見て、ポルナレフはニヤリと笑った。
「あんた……黒騎士ブラフォードだな？ メアリー・スチュアートに仕えていた……」
「ポルナレフさん。メアリー・スチュアートって……？」ミスタが口を挟む。
「16世紀のスコットランド女王の名だ。ミスタ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ……じゃあヤツは、400年以上も昔の人間だってのか？
いったい年いくつなんだよォ〜」
「確かに、信じがたい話だが……おれはあいつの肖像画を見た事がある。間違いないだろう。
『逆位置の悪魔』とやら……歴史すらも己が下僕にできるようだな」
「まさか400年後の未来において……しかも『フランス人』が我が名を知り得ていようとはな」
ブラフォードは少し驚いた様子を見せ、目を細めた。
「忠義を貫いた騎士に、国境はない」とポルナレフ。
「もっとも、それを教えてくれたのは、いけ好かないドイツ野郎だったがな。
立場、時代は異なるが……おれはあんたを、真の騎士道精神を持った男として尊敬している。
だから聞いてほしい。この戦いを……やめる気はないか？」
「…………何だと？」
「おれたちには、戦う理由がない……
あんたは『逆位置の悪魔』にじゃあない。エリスに……忠誠を誓っているんだろう？
彼女とは、たった今話し合ってきた。彼女はこの戦いを望んでなどいない！」
「…………」沈黙するブラフォード。
「頼む、ブラフォード……あんたが真の騎士であり、おれと同じく騎士道を志す者として、エリスの身を案ずるなら……潔く退いてはくれないだろうか？」
「……愚問だな」
「！」
「ポルナレフとかいったな。貴様こそ、彼女の心配をするのなら……考えてみるんだな。
ここでおれが剣を収めたところで、エリスは『姉』たちの亡霊から逃れる事はできん。
おれの望みは、エリスを……過去の呪縛から解き放ってやる事だ。
それこそが自らに課した『騎士道』ッ！
この任務を果たせば『アンドリュー』は我が望みを聞き届けてくれる……
そのためには、いかなる犠牲も厭わぬ！……ポルナレフよ。剣を取りて、我と戦えィ！
貴様らの血と骸によってのみ、我が心の渇きは満たされるのだッ！」
「なるほど、な……」ポルナレフは目を閉じ……静かに己のスタンドを発現させた。
「おれも信じている。エリスが自らの意思で、己の過去に打ち勝つ事を……
あんたがあんたの騎士道を貫くというのなら、おれも自分の騎士道を貫くのみ。
我がスタンド『シルバー・チャリオッツ』と共に！
ブラフォード！ おれは今からあんたに……一対一の『決闘』を申し込むッ！！」
「ポルナレフさん……」不安げに呟くミスタ。
「ミスタ。すまないが……エリスの『姉』たちを、頼まれてもらえるだろうか？」
「そいつは構わねえが……」
言いかけたが、ポルナレフの決意をその瞳から感じ取り……ミスタは言葉を飲み込んだ。
いっぽうのブラフォードも、彼の挑戦に満面の喜色を浮かべた。
「この『黒騎士』に決闘だと…………フフフ、面白い。
いいだろう、受けよう……貴様の騎士道がどれほどのものか……とくと拝見させてもらうぞッ！」
38．Chariot of Dullahan
空気が張り詰めていた。
「シルバー・チャリオッツ……貴様、『戦車』のカードの暗示のスタンド使いか」
「その通り……おれのスタンドは『侵略と勝利』の象徴だ」
「ほう……偶然だな。このブラフォードのスタンドもまた『戦車』の暗示を持つ……
ただし、逆位置のなッ！」
ブラフォードのスタンドの剣が、彼の伸縮自在の髪の毛によって引き抜かれた。
「貴様のスタンドの『勝利』……予言しよう。それは訪れる事はない。
何故なら、我がスタンドの暗示である『敗北』を……これから貴様にプレゼントするからだッ！」
ギャアン！
剣を巧みに乱舞させつつ、黒騎士はポルナレフとの間合いを詰めた。
「くらえィ！ 死髪舞剣（ダンス・マカブヘアー）！！」
「小癪なッ！ 『チャリオッツ』！！」
ギィンッ！ バギギィッ！
二人の剣が激しく打ち合い、火花を散らす！
シルバー・チャリオッツのレイピアが、ブラフォードの目を貫くかと思えば、彼の黒髪が不気味に波打ち、その動きを絡め取ろうとする。
だが高速の一撃はあまりに鋭く、黒い呪縛を瞬く間に断ち切った！
それでも、打ち込まれた剣は黒騎士の頬を滑っただけで通り過ぎてしまう。
（くッ……こいつの髪の毛、並みの剣士の腕よりよっぽど精密に動いてくるッ……！）
ポルナレフは内心舌を巻いた。ブラフォードの狙いは、髪の毛を使って剣の軌道を反らす事。
瞬きに等しい一瞬だろうと、この隙は致命的！
「剣を用いた戦闘は……スピードだけでは制し切れんぞ。ポルナレフ……」
「！」
ギャン！
髪の毛に握られたブラフォードの剣が不規則な弧を描き、ポルナレフの喉元へと突き進む！
（剣では防御しきれないッ！ ならッ……）
ドッガァ！
「！ 何だこれはッ……」
ブラフォードは目を見張った。
シルバー・チャリオッツの逆腕に掲げられた「盾」に、彼の斬撃は阻まれていたのだ！
「『チャリオッツ』……『ヌーヴ』ッ！ おお、ブラボー！」
ゴウッ！！
チャリオッツの一閃！ ブラフォードは地面を蹴って離脱する！
飛び退いて着地したブラフォードの胸板から、真一文字の形に血が流れていた。
「……そんな隠し技を持っていたとはな」傷口に手をやり、血をぺろりと舐めるブラフォード。
「ブラフォード……あんた、まだ全力を出しきってないな。何故だ？」
ポルナレフの静かなる憤激に、黒騎士は苦笑した。
「『騎士の決闘』とはッ！ 己の持てる力すべてをぶつけ合って雌雄を決するものッ！
あんたの『剣』のスタンド……『逆戦車』とかいったな。その程度の実力しかないのか？
おれは過去、刀のスタンドと戦った事があるが……ヤツのほうがよっぽど恐ろしい使い手だったぜ」
「おれに本気を出させる、それだけのために……貴様はわざと『外した』のか？」
ブラフォードは、先程の一撃がポルナレフなりの「警告」である事を見抜いていた。
「愚かな。おれを仕留めるチャンスをみすみす逃すとは……と、言いたいところだがな。フフ。
認めよう。貴様の『騎士道』精神は本物だ……嬉しいぞ。
我が生涯より幾星霜を経た未来においても、貴様のような男に出会えるとはな」
不敵な笑みをたたえ、ブラフォードは奇妙な構えを取った。
「いいだろう。貴様の実力ならば……このブラフォードに倒される資格がある。
見るがいい……我がスタンド『逆位置の戦車』の真の姿をッ！」
「ムッ！？」
黒騎士のただならぬ雰囲気に、ポルナレフは警戒を強めた。
ドッギュウゥゥンッ！！
ブラフォードの身体から、黒光りする巨魁が跳躍する！
それは圧倒的なスピードでポルナレフの遥か頭上を飛び越え、その背後に着地した。
ポルナレフのスタンドと同様、甲冑を纏った騎士のビジョン。だが、その構造は大きく異なっている。
全体的な姿は半人半馬……いわゆる「ケンタウロス」と呼ばれるものに似ている。黒い光沢を放ち、右手にはやはり黒い剣を携えていた。
特筆すべきはその頭部である。兜はない。それも当然……「首」がないのだから！
「アイルランドのケルト神話には、死の来訪を告げる『首なし騎士』デュラハンの伝説がある……
それにちなんで、我がスタンドもこう名づけた……『チャリオッツ・オブ・デュラハン』とッ！！」
先刻までとは比較にならないほどの威圧感（プレッシャー）！
ポルナレフは氷刃にも似た戦慄が、己の背筋を舐めていくのを実感していた……
39．虚像の姉妹 その１
エリスの「姉」は、心中でほくそ笑んでいた。
（ブラフォードの態度にはムカついたけど……とにかく予定どーり。
ヤツにポルナレフを押し付けてやったわッ！ あとはあたしと「妹」で、ミスタお兄ちゃんをッ……！）
「姉」は優位に立った事をアピールすべく、ミスタに向かって叫んだ。
「あの世に旅立つ『覚悟』できたァ〜お兄ちゃん？
せっかくの『助っ人』も、ブラフォードにかかりっきりで……アテが外れちゃったんじゃない？
しかもさァ、瀕死のアンタは、あたし達２人を同時に相手にしなきゃあならない……
絶望ォ〜的ッ♪ ってヤツだと思わない？」
「……とかいう割にはよォ〜」ミスタの声には疲労があったが、張りは失われておらずよく響いた。
「おめーの『妹』さん、なかなかやってこねーな。どうした？ スグに新しい身体に乗り移れるんだろ？」
「…………」
「おめーらはエリスの『スタンド』……それは間違いねーだろう。
そしてポルナレフさんは復活した……それも、エリスのスタンドの力を借りての事らしーなァー……
ポルナレフさんは、おめーらやブラフォードがオレを集中攻撃している間に、あの『傭兵』たちにトドメを刺して回った。だから、『妹』は身体を見つけられない……違うか？」
「！」姉の表情がこわばる。それは無言の肯定といえた。
「追い詰められてんのはよォー……他ならぬてめーらじゃねーのか？」
「まるで見てきたみたいに話すのねェ……」
姉は、心の優位があっけなく切り崩されていくのを痛感していた。
「ちーとばかし考えりゃ、すぐに分かる事だぜ……そして、おめーらが何を狙ってるのかもな。
『オレの肉体を乗っ取る』……そーだろ？
そーすりゃあよォ、敵の数も減るし……おめーらにとっちゃあ、人質にもなる戦力を得る事ができて、一石二鳥だしなぁ〜〜〜〜。
だがそれを実行するためには、オレを……ある程度まで弱らせる必要がある、ってトコか。
あの『セックス・マシンガンズ』どもみてーによ」
ザシッ。
ミスタの背後から、血まみれで足取りもフラついた傭兵……「妹」が姿を現した。
「そこまでバレてちゃー、しょーがない……問答無用だよねェ〜お姉ちゃん？」
「どっちみち、もうあたし達は後戻りできない……『予定どーり』あんたを乗っ取らせてもらうよッ！」
少女たちは同時にナイフを抜き……傷だらけの肉体にも関わらず、常識を越えたスピードでミスタとの距離を縮める！
（失敗は許されねえ……腹のケガのせいで、オレはあまり動き回れねーからな……
チャンスは『一回こっきり』……次はねえッ！）
ミスタは「セックス・ピストルズ」を総動員し、迎撃の態勢を取った。
ところが……
「妹」の動きが突如失速し、ミスタの目の前でへたり込んだ。そしてたくましい傭兵の肉体も、弱々しい少女のものへと変貌してしまう。
「ちょ、ちょっと何やってんのよッ！」姉が狼狽する。
「ゴメン、お姉ちゃん……この肉体、もぉ限界だよォ……出血がひどすぎる……
それになんだかとっても……痛い……苦しいよォォォ……」
怪訝そうな顔つきのミスタに対し、少女は涙を流して訴えた。
「ごめんなさいミスタお兄ちゃん。さっきデビル・リバースが好きだなんて言ってたけど……
ホントはウソなの！ あいつには逆らえなかったから……怖かったから、従ってただけなのッ！
お姉ちゃんもそう……強がっていたのは、臆病なあたしを勇気づけるためだったし、エリスを憎んでたのだって……子供の頃、エリスばかり可愛がられてたから……うらやましかったのよォ……」
彼女は泣きはらした赤い顔を上げ、ミスタを見つめた。
その身体からは痛々しく血が流れ続けている。
「お願い、お兄ちゃん……あたし達を撃って。
この『肉体』が死ねばあたし達、おとなしく『塔』に戻るわ。
もうエリスをいじめたりもしない……だから……あたしを許して……」
40．虚像の姉妹 その２
ミスタは妹の悲痛な態度に心打たれたか、微動だにしない。
「姉」は確信した。落とせるぞ、この男……！
（イイぞ……迫真の演技だ！ さすがあたしの『妹』ッ……！
このまま行けば……このお兄ちゃんのカラダはあたし達のモンだッ！）
「アイボリー・タワー」の能力で肉体を乗っ取るための条件は２つある。
肉体的、あるいは精神的に標的を疲弊させ、その心の中に２人が入り込む隙を作る事だ。
ミスタが「妹」の要求どおり、自分たちを撃てばそれでよし。
たとえわずかでも、無抵抗の者を射殺したという罪悪感が芽生えるはず。そこにつけこめばいい。
また、ミスタが躊躇してしまう場合も考えられるが、それも問題はない。
「妹」はあと十数秒は動けるし、痛みも感じない。彼女が隠し持ったワイヤーで彼の銃をはじき飛ばし、あとは「姉」が死なない程度に重傷を負わせればいい。
それが「姉妹」の企てた作戦……二人の辞書に「改心」という文字はなかった。
「妹」のアイコンタクトを受け、「姉」も同調して言葉を継ぐ。
「『妹』の言う通りよ。あたしも、謝る……ごめんなさい。ひどい怪我させちゃって……
せめて、ひと思いに殺して……痛いかもしれないけど、そのくらいの苦痛なら、当然の『罰』として受け入れるから……」
ミスタは銃の撃鉄を上げ、念を押した。
「おとなしく『塔』に戻るんだな？ 二度とエリスに危害を加えねーな？」
「うん……」
「約束する……」
神妙な態度で両手を上げる２人。ミスタは無言で……二度、引き金を絞った。
ガァン！ ガァーン！！
『………………ッ！？』
「逆位置の塔」の少女たちは、予想していた衝撃がない事に気づいた。外したのだ！
＜チッ……やはり甘ちゃんかッ……！
『妹』！ もう遠慮はいらない……ヤツの銃を奪えッ！＞
「姉」のテレパスに応じ、「妹」は即座に動いた。
シュパァッ！
「どうして、外したの……お兄ちゃん？」
うわべだけはしおらしくしながらも、「妹」はワイヤーを振るってミスタの銃をはたき落とした。
乾いた音を立てて転がる拳銃。ミスタは反応すらできずに立ち尽くしていた。
「キャハハァァァイイイ！ バカなお兄ちゃんッ！」
奇声を上げ、酷薄な笑みを浮かべ……「姉」はナイフを持ってミスタに接近した！
「……本性を表しやがったな」
「ダマされる方が悪いのよォ〜ウフフゥフフッ！
それにィ、『死んだ敵こそ最良の敵』っていうでしょォ〜がッ！ アンタはもう終わりよッ！！」
「姉」が眼前に迫っても、ミスタは動じなかった。感情が冷めていくのが判る。
「おめーらみてーなウソつきにはよォー……『罪悪感』は芽生えねーよなァー……」
「妹」は不審を抱いた。銃を失えば、ミスタのスタンドは無力なはず。だが……
（なんで恐怖で『目』を閉じない？ フツーの人間なら絶望するに決まって……）
違和感の正体に「妹」はやっと気づいた。
感覚の目を凝らすと……ミスタのスタンド「セックス・ピストルズ」が……１、２、３……５体。
５体！？ バカな、１体足りない。
「お姉ちゃんッワナよッ！！」
ドンッ！
「妹」の警告は遅すぎた。「姉」のナイフがミスタの胸板をえぐるより速く、「ピストルズNo.6」によって跳ね返された銃弾が……彼女の眉間を後頭部から撃ち抜いていた！
「第三の眼」を空けられ、「姉」の身体はミスタに抱きかかえられるようにつんのめった。
続けざま、貫通した弾丸を残った「ピストルズ」たちが渾身の力を込めてシュートするッ！
『イィィーーーーハァァーーーーッ！！』
ドギャン！
（しまったッ……！ あたし達からこの『反応』を引き出させるために……ワザと外したのかッ！）
次の瞬間「妹」は、衝撃と絶望に文字通り打ちひしがれた。
放たれた弾は正確に、彼女の肉体の心臓にあたる部位を貫いた！
失血が激しかったためか、壊れかけた噴水のように出血には勢いがない。
「妹」はゆっくりと仰向けに倒れた。
「……外した弾丸に『ピストルズ』を仕込んだのね？
あたし達から死角になるよーな所に待機させておいて……
教えて……ミスタお兄ちゃん……どうして、あたし達のウソが判ったの……？」
「同情心を引き出すために……『少女』の姿をとったんだろーがよォー。
おめーが本当に弱ってるなら、全身を変身させる余裕なんてねーハズだろ？
それによォ、おめーは『あたしを許して』と言った。
本気で改心するつもりだったなら、おめーの姉貴のコトも気遣ってやるべきだったな」
「……アハハ、それもそーだね……しっぱい、しちゃったなァ……
……もうひとつだけ、教えて……どうして『ピストルズ』をお姉ちゃんに撃った弾だけに仕込んだの？」
「おめーはオレに近い場所にいたからな……２体も『ピストルズ』がいなくなれば、すぐにバレちまう。
『姉』なら離れた位置にいたし、オレに向かって来ざるをえない分、後ろへの注意を払う余裕がなくなると思ってな……」
「そんなァ…………そこまで、計算して…………」
「妹」の肉体はビグン、と痙攣して……血溜まりに突っ伏した。
そこにあるのは、戦場に転がるむごたらしい兵士の屍。ただ、それだけであった。
41．『同じ手』は凡策
「時よ……『再始動』しろーッ！」
ドゴォン！
青年の「キング・クリムゾン」の拳は……承太郎の下腹部を捉え、深々と食い込んだ。
血の目潰しを浴び、腹と口から派手に血を流す承太郎。
「フハフハフハハハーッ！ やったぞォッ！ エピタフの予知どおりとなったッ！
最高ォォォにイイ〜気分だッ！ スガスガしいぞッ！
未来を正確に予測し、敵のあらゆる動きを先読みできる我がスタンドに死角なしィィィ！！
主命の受諾完了ッ！ そして任務も遂行完りょ……」
バゴ！！
青年の「最高にイイ気分」も、そこまでだった。
激しく流血しながらも、どこにそんな力が残っていたのか……スタープラチナの拳が青年の鼻っ柱にめり込む！ それは眼球が飛び出し、全身の血液が逆流したかと錯覚するほどの痛烈な一撃ッ……！
「やれやれ、だぜ……ハア、ハア……
てめーの戯言には賛成、できねーな……いくら予想した事が的中したところで……
『イイ気分』なんぞ、ほど遠いぜ……」
承太郎の搾り出すような皮肉も、青年の耳には届いていなかった。
（ど、どういう事……ガブッ！ 身体をえぐられ、あれだけ血を流して、なぜ動けるッ……！
逃れなくてはッ……どのみち今の出血なら、ほっといてもヤツは死ぬ……！）
意識の混濁を覚えつつも、青年は承太郎の身体から腕を引き抜こうとした……が。
（ぎィィッ！？ ぬ、抜けないィ！！
腹に力を込めてやがるのかッ……まさか、最初から僕を懐に誘い込むためにッ……！）
「オレは……ＤＩＯの野郎に『血の目潰し』を食らった事がある」
承太郎は淡々と言葉を紡ぎつつ、目を開いた。どうやら、時間消去する寸前、すでに目を閉じていたらしい。
「今みてーに……腹に一撃をもらった事も、一度や二度じゃあねえ……
言ったはずだぜ……オレにとって、一度使った策は『凡策』だと……」
承太郎の息は荒く、足取りもふらついている。
だがその精神は今……青年のちっぽけなプライドを圧倒的なまでに凌駕していた！
「いくら『時間を飛ばして』先が読めるっつっても……こーなっちゃあ形無しだよな？
てめーのお得意の能力で『予知』してみるんだな……てめーが10秒後、どーなってるかを……」
青年は測らずも、承太郎の言葉に従い…………そして恐怖の絶叫を上げた。
42．無敵じゃない！
ボシュン！
聞き慣れない音が響き……「逆隠者」の男レイジー=マードックは事態を理解できなかった。
「ホッ…………！？ な、何だァ…………！」
ボシュン！ ボシュン！ ボシュンッ！！
その断続的な音が……承太郎を取り囲んでいる「鏡」が自分の中へ舞い戻っていく音だという事に気づくのに、それほど時間はかからなかった。
「そ、そんな……バカなッ！！」
レイジーは天地をひっくり返された思いだった。今まで「逆隠者」の術中にハマって、自力で脱出できた者は一人としていない。こんな非常事態は予想外のさらに外であった。
「なんという……なんという精神力ッ！
自力で我が『孤独の都』（シティ・オブ・ソリテュード）から脱出するとはーッ！」
バヒュウウウウッ！！
一陣の突風に煽られたように、「逆隠者」のスタンドがすべて取り除かれ……
深いキズを負いつつも、毅然とレイジーを睨みつける承太郎が、そこにいた。
（し、信じられないッ！ どこで計算が狂ったんだッ……！？
予定どおり承太郎たちを『ザンジバル』に誘い込み……『逆位置の力』の男の発案で低脳女のエリスをトリッシュのニセモノとして監禁し……異を唱えたブラフォードは『アンドリュー』の名前を出して服従させた……そして承太郎を、俺様と『逆力』の能力でハメ、抹殺する……！
すべては順調に……事は運んでいたハズなのにッ……！！）
承太郎は半死半生といった風体だったが、それでもゆっくりとレイジーに向かってくる。
無言の威圧を受け、動転していたレイジーはあっけなく理性が消し飛んだ。
「うがああああ！！ 一体何モンなんだてめェーはッ！！
貴様のよーな『不可解な存在』はッ……俺様に近寄るんじゃあねーッ！！」
レイジーは狂気にとり憑かれ、悲鳴を上げるように「ディレインジド・ハーミット」を再び出現させた。
「ホッ、ホッ……ホーッ！ 『再起動』（リロード）完了ッ！！
我が『逆隠者』は……何度でもお前を『内なる精神の世界』に閉じ込める事ができるッ！
今度はお前の『ＤＩＯ』の記憶を呼び覚まして……確実に葬り去ってくれるわッ！！」
「鏡」の群れが、承太郎を囲もうと疾走する。
承太郎はそれを見て……駆ける！
「ホッ、ホッ……よしとけッ！ 我が能力は無敵なん……」
ズブリュウウウウッ！！
ゼリーの海の中をかきわけ、突き抜けるような音と共に……承太郎は「逆隠者」の包囲をいとも簡単に突破した！
「……ンなッ……！？」
「最初にてめーのスタンドを殴った時……全くといっていいほど、手ごたえがなかった……」
突進しつつ、口を開く承太郎。
「やはりな……あの『鏡』は、現実には存在すらしていない……無視しようと思えば突っ切れるッ！」
「う、うぬれええ！ 何をしている『ディレインジド・ハーミット』！
さっさとこの男を『孤独の都』に引きずり込めェェェェァァァァァ！！」
ドグシャア！！
見苦しくあがこうとするレイジーの身体を、スタープラチナの打撃が一閃！
「やれやれだ……てめーの『敗因』は、自分の能力を『無敵』だと勘違いした事……
オレは『スタープラチナ』を……『無敵の能力』だなんて思った事は一度もないぜ……」
刹那……スタープラチナと承太郎の咆哮がひとつとなった！
『オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァーッ！！』
ドゴドゴドゴドゴドゴドゴ……！！
スタープラチナの拳がレイジーを殴るたび、承太郎の後方で逆隠者の「鏡」が次々と砕け散っていく！
「ばぎぇえーッ！！」
逆隠者の男は「オラオララッシュ」の新たなる犠牲者として……ゴミのように地面に転がった。
それを見届けた承太郎は……ガックリと地面に膝をついた。
半ば覚悟の上での負傷だったが、そのダメージは大きかった。
「ハアー、ハアー、ハアー……まずい、ぜ……思ったより……事態は深刻かもしれねえ……
ポルナレフたちの援護に、向かわなきゃならねーってのに……やれやれ、だ……ぜ……」
どうにか壁に背中を預け、座り込み……承太郎は眠るように意識を失った。
空条承太郎（スタンド：スタープラチナ）……勝利するも、戦線離脱
レイジー=マードック（スタンド：ディレインジド・ハーミット）……再起不能
43．黒騎士 その２
ドドドドドッ！！
前門のブラフォード！ 後門のチャリオッツ・オブ・デュラハン！
２つの黒い影は同時に、ポルナレフに向かって撃ちかかってきた！
（バカなッ……！ さっきまでとはスピードが桁違いだッ！）
「URYYAAAHHHHーッ！」
黒騎士と「逆戦車」の二重攻撃！
ポルナレフは咄嗟に「シルバーチャリオッツ」の剣と盾で攻撃を受け流そうとした。ところが……
ギャギィッ！！
「うぐッあッ！！ なんてこった……押されるッ！」
シルバー・チャリオッツもパワーアップしたとはいえ、その真髄は超高速にして精密な剣の技にある。
純粋なパワー比べで引けを取るのはやむを得ない……だがそれでも、ブラフォードのスタンドパワーは尋常ではない！
（こうなったらッ……！）
ポルナレフはブラフォード本体に対し、「チャリオッツ」の蹴りを放った。
さして強力ではないが、衝撃で黒騎士はひるむ。
「今だッくらえ『チャリオ』……」
ドガッ！！
ポルナレフは突きを繰り出そうとしたが……突如脇腹を襲った衝撃に身体が大きくかしいだ。
「がッ…………！」
「チャリオッツ・オブ・デュラハン」の馬の下半身から……巨大なハンマーにも匹敵する蹄鉄が繰り出されたのだッ！
「ククク……目には目を。足には『蹄』を……といったところかァ？」
ブラフォードは皮肉を込めて、とどめの一撃を放つ！
（駄目だ。避けられないッ……殺られる！）
ガァーンッ！
黒騎士の剣が空振りした。ポルナレフを間一髪救ったのは一発の銃声！
加勢に駆けつけたミスタが、ブラフォードの手の甲めがけて銃撃を敢行したのだ。
「……ポルナレフさんッ！」
「チィッ…………！」
舌打ちしつつも黒騎士は追撃の手を緩めず、さらに剣を振るおうとする。
しかしすでに、体勢を整えて立ち上がっていたポルナレフはそれを避け、転がるようにブラフォードの間合いから逃れた。
「形勢逆転だなァ〜ブラフォードとやらッ！」ミスタが叫んだ。
「あのクソ生意気な姉妹はオレ様が倒したぜ！ 後はてめーを２人がかりで……」
ミスタの言葉を、ポルナレフは手で遮った。
「余計な手出しをするなミスタ……これはおれが挑んだ『決闘』だ」
「し、しかしよォ……オレが来なかったら、ポルナレフさんはッ……」
「それについては礼を言う。だが……それとこれとは別だ。
おれの事は心配するな……自分の事くらい、自分で切り抜ける。
それよりも承太郎をサポートしてやってくれ……頼むッ！」
腑に落ちない風ではあったが……それでもミスタは頷き、承太郎の下へと向かった。
「済まなかったなブラフォード……続きを始めようじゃあないか」
「詫びる必要はない……あの『姉妹』どもには、最初から期待はしていなかったからなァ……
だがこれからは……おれを失望させてくれるなよォポルナレフ……」
口ではそう言いつつも、黒騎士は久々の価値ある戦いに血湧き肉踊っているようであった。
「我がスタンドは『騎士』にあるまじき卑劣なる能力ッ！
２人掛かりで敵をいたぶり殺すようなものだからなァ……余程の事がない限り使うまいと思っていた。
だが、おれは貴様の……加勢を拒み、あくまでも一対一の決闘に臨もうとするその気高き精神と、卓越した剣技に……勇者の素質を見出したッ！
もうハンデの上での戦いは終わりだァァ！ 今度は能力と能力！ 技と技！ 精神と精神！
貴様の最大を尽くし、このブラフォードと戦えィィィィ！」
言うが早いか、ブラフォードの髪の毛がザワザワと逆立った！
「これよりおれも……最大の奥義を尽くす。
我が『チャリオッツ・オブ・デュラハン』の剣は……最大で『６本』にまで増殖するのだッ！」
「何ッ！？」ポルナレフの顔に動揺が走る。
次の瞬間、首なし騎士のがらんどうの頭部から……新たに４本の剣が勢い良く射出された！
それらは、１本がブラフォードの左手、１本が「逆戦車」の左手に納まり……残った２本はブラフォードの黒髪に絡め取られる！
「これぞ死髪舞剣・『六獄斬空陣』（ヘキサアームド・ウィンブレイズ）ッ！！」
「くッ…………！」
剣の要塞と化したブラフォードを見やり、ポルナレフは苦渋に満ちたうめき声を上げた。
44．卑劣なる者
ミスタは無人の研究所を駈け抜けていた。
（さっきまであれだけ激しく戦っていたのがウソみてーに、ひどく静かだ……
ポルナレフさんの言う通りだ……この『静寂』ッ！ 何も動きがねーってのが心配だぜ……
承太郎さんはどうなったんだ？ 勝ったのか、負けたのかッ……手遅れにならなきゃいーけどよォー）
そんな逡巡をしつつ、ミスタは拳銃のリボルバーの中身を確認し……愕然とした。
「…………バカなッ！ 残り『４発』だとォ〜？」
「逆位置の塔」の姉妹を倒した直後、残りの弾丸数は３発だった。
ポルナレフの下に駆けつけるまでに弾丸を補充し……ブラフォードに向けて撃ったのは１発。
おかしい。計算が合わない。本来なら残り『５発』のはずだ。特にミスタの場合は……絶対に『５発』でなければならない。それなのに…………！
「どぉーゆー事なんだオイッ！ こんな時にッ……！」
激しく動揺するミスタに、ピストルズたちが騒ぎ立てた。
「サッキ補充シタ時に、『一発』ダケ落としたンダヨ！」
「ソノ穴ハ『No.5』ノ受け持ちダ！ テメーのセーだぞコノ野郎ォーッ」
「ウエ〜ン、ゴメンよォミスタァァァ……」
最悪の予感にさいなまれつつ、ミスタが曲がり角を抜けると……
そこには、ズタボロになって倒れている『逆隠者』の男と、血まみれになりつつ横たわっている承太郎がいた。
「じょ……承太郎さんッ！」
ミスタが駆け寄る。腹部のキズからの出血が激しく、呼吸も頼りないほど弱々しい。
「承太郎さん、しっかりしてくれッ！」
ミスタが必死に揺さぶりをかけると、承太郎の瞳に僅かに光が戻った。
「…………ミスタ…………か…………」
「喋っちゃいけねえ。ゆっくり休んでてくれ……待ってろよ。今『SPW財団』に連絡を入れて、医療班を寄越すように言ってやるからよッ！」
ミスタは携帯電話を取り出し、「SPW財団」直通のコール音を入力する。
……ふと彼は、自分の拳銃が見当たらない事に気づいた。
「……………………？」
いくら慌てていたとはいえ、拳銃使いである自分が、銃を紛失するなど……笑い話にもならない。
次の瞬間、銃の行方はすぐに分かった。
バァン！！
「う…………ぐッ…………！？」
ミスタは信じられなかった。いや、信じたくはなかった。
承太郎がいつの間にか拳銃を手に取り……ミスタの脇腹を撃ち抜いたのだ！
「『敵をブッ殺すにはまず味方から』……なーんちゃって。
キャーハハハハッ！！」
承太郎の口から洩れた声。それは紛れもなく、エリスの「姉」のものであった……
45．エリス・ロポーチェン その２
再び静寂に包まれた「塔」の中で、エリスは考えていた。
（Ｊ・Ｐ・ポルナレフ……さん、かぁ……不思議な人……）
知り合ったばかりなのに……敵同士のはずなのに……
どうして、自分の事をあそこまで真剣に考えてくれるのだろう？
すさんだ幼少時代を送った彼女にとって、それは信じがたい行為だった。
しかし、エリスが驚いた理由はそれだけではない。
彼女に好意的な態度を示してくれた男性は、ポルナレフが最初ではない。
ブルック、そしてブラフォードがそうだ。
「逆位置の悪魔」は……よく分からない。孤児となった自分の世話をしてくれたから、感謝はしているけれど……
ポルナレフは、あの２人とは明らかに違う点があった。
（あの人は……わたしの力が『必要』だって、言ってくれた……
ブルックやブラフォードのように、ただ与えられるだけの優しさの関係じゃあない……
わたしにも、優しさを『与える』事ができるかもしれない……）
エリスが求めていたもの。それは自分を「対等に扱ってくれる」存在であった。
エリスは……自然と「扉」へと歩みを進めている自分に気づいた。
身を切る寒さが、一段と激しくなる。
彼女の伸ばす腕、前へと踏み出す脚……すべてが文字通り、切り裂かれていく。
（痛い、苦しい……『扉』が、わたし自身が……記憶をひもとく事を拒んでいる……
そうまでして封じた……記憶の扉の向こうには、一体何が眠っているんだろう……？）
「象牙の塔」の中では、肉体ではなく精神が主体となる。このキズは「心」のダメージの具現化なのだ。
エリスの脆弱で傷つきやすい精神は、早くもくじけそうになった。
（……でも、行かなきゃ……自分で『行く』って、決めたんだから……）
吹き飛ばされそうな弱い心を、必死に苦痛に立ち向かわせようとするエリス。
ところが……
＜『泣き虫』エリスゥ〜〜〜ッ！ 何やってんだァてめーッ！！＞
突如、邪気に満ちた怒号が「塔」の中に響き渡った。エリスが恐る恐る振り返ると……
「…………姉さんッ…………！」
＜お姉ちゃんに言われてよォ〜……てめーの居所をずっと探してたんだ……
亀の中なんぞに『塔』をおっ立てやがってッ！ お陰で探すのに苦労したぞォォォォッ！！
しかも、てめー何『扉』を開けようとしてんだ……エリスの分際で生意気なッ！＞
「妹」……エリスからすれば姉だが……に脅され、彼女は縮み上がってしまった。
どうにか進めていた歩みも、恐怖のため石化したように動かない。
（怖い……とても恐ろしい……ダメだわ、わたし……前になんか進めないッ……！）
その怯えきった心を象徴するかのように、彼女の全身は切り刻まれていった。
＜キャハハハ……しょせんアンタなんて、その程度のこすずるい女なんだ……
第一、あたし達は死んでるのに、アンタだけ生きてるってのが不公平じゃない？＞
エリスの恐怖に彩られた表情を見て、「妹」はご満悦だった。
＜その『扉』を開けるだけの勇気も根性も……アンタにはない。
あたし達にイジめられても、ママに何も言えなかった根性なしのアンタにはねえ……ヒヒヒ！
しょせんアンタは……あたし達の『オモチャ』に過ぎないッ！
今までも、これからも……死ぬまで。いや、死んでからもずっと！ 永遠に！
あたし達からは逃げられないッ……キャーハハハハッ！！＞
46．戦う意味を問うなかれ
「チャリオッツ・オブ・デュラハン」がブラフォードの傍を離れ……彼らはポルナレフの左右を遮るように並んだ。
「さあ……覚悟を決めるがいい……」
「いいだろう……おれも『シルバーチャリオッツ』の奥義を尽くして戦うッ！」
ボッショオッ！
ポルナレフが叫ぶと、「チャリオッツ」の甲冑が弾けるようにパーツ毎に分解した！
「！……どういうつもりだ。自ら鎧を脱ぎ捨てるなどと……」
「それは……こういう事だッ！」
ズゥラララァッ！！
「！？」
ブラフォードは目を疑った。シルバーチャリオッツの姿が……６体に増殖したのだ！
「ゾッとしたようだな……これはアンタの感覚へ訴えている残像群だ……
甲冑を脱いで身軽になれば……この程度の芸当など朝飯前さ。
（もっとも、『チャリオッツ・ヌーヴ』を装着したままだと、６体への分身が限度だがな……）
これで、剣６本vsスタンド６体……形の上では互角だなッ！」
「……それが、貴様の奥義か……」
２人から会話が消え、無言のにらみ合いが続く。
（さっきミスタを行かせたのは、『騎士道』にこだわっていたからってだけじゃあない。
最悪おれがやられた時は……ミスタには承太郎を連れて逃げてもらわないとな……
あいつは、おれの最後の『希望』なのだから……！）
やがて……先に静寂を打ち破ったのはブラフォード！
「URYYYYAHHHH！！」
雄叫びを上げ、スタンドと共に一糸乱れぬ動きで一直線に踏み込んでくる！
「いかな『分身』したところで、しょせんスタンドは１体ッ！」
ブラフォードと「逆戦車」の６本の剣が、一斉にポルナレフに向かって振り下ろされる！
「どうやって……この同時攻撃を耐えしのぐつもりだァ！」
「うおおおおおおッ！！」
ガガガガッ！！
チャリオッツも負けじと突きを繰り出すが……「チャリオッツ・オブ・デュラハン」の鎧はビクともしない！
「！」
「フフ、言い忘れていたが……我が『逆戦車』、防御力には絶対の自信があるゥ！
繋ぎ目を狙ったところで、中は空洞だからなァ……スタンドへの攻撃は無意味だッ！」
「くッ……ならば……！」
「本体であるおれを狙うかァ？……だが遅いッ！」
ドガギィィッ！！
ブラフォードの繰り出した２本を盾で、「逆戦車」の打ち込んだ２本を剣の柄で、どうにか食い止める。
「ほゥ……見事だ。だが、パワーはおれの方が上……いつまで耐えられるかなァァァ！？」
髪の毛に握られた残った２本が、意思を持っているかのように空を舞い、ポルナレフを襲う！
ドガッ！ ザグッ！
「ぐはッ…………！」
これには対応しきれず、左肩と右腿を切り裂かれてしまう。
「そのキズでは……ものの十数秒で貴様は全身を切り刻まれて終わりだッ！」
ボンッ！
「…………？」
ブラフォードが剣に力を込めようとした時……シルバーチャリオッツの剣が、衝撃音と同時に視界から消えていた。
「……何だ？ 何をしたポルナレフ……」
「こいつがおれの隠し玉……『ラスト・ショット』！」
ガギィン！
黒騎士の背後で、「チャリオッツ」の柄から射出された剣の跳ね返る音が響いた！
「剣を飛ばしたのかッ……！」
ギャン！
跳ね返った剣はあやまたず、ブラフォードの後頭部めがけて突き進む！
「そんな技までッ！ だが……くだらんなァ！」
次の瞬間、黒騎士の髪がうねるように剣の１本を振り回し……絶妙なタイミングで背後から迫り来るチャリオッツのレイピアを叩き折った！
パキィィィンッ！
「！！」
２つに折れた刀身が、虚しく宙に舞う。
「アテが外れたなァポルナレフ……これでとどめだァッ！！」
「逆戦車」が後脚で立ち上がり……鋼鉄以上の強度を誇る前脚でポルナレフを打ち据えた！
ドガゴッ！
血ヘドを吐きつつ、ポルナレフはブラフォードの頭上へと突き飛ばされてしまう。
「死ねェイッッ！！」
ポルナレフの胴を切断すべく、黒騎士は両腕に持った黒い剣を振りかぶった！
しかし……
「…………待ってたぜ」ポルナレフはニヤリと笑った。
「！」
「あんたのスタンドが……『蹄の一撃』を繰り出してくる瞬間を……！」
突き飛ばされたポルナレフと……たった今折られた刀身が空中で重なる。
「なッ…………！？」
ブラフォードは虚を突かれた。ポルナレフの『盾』に……折れた刀身が収まっている！
（なんという男だッ……！ 我が『逆戦車』の攻撃を利用してッ……！）
「あんたがコイツを折ってくれたお陰で……盾に嵌め込みやすかったぜ……ありがとよ」
ギュン！！
盾の上に剣を掲げ……ポルナレフは銀色の流星のようにブラフォードに向かって急降下するッ！
「攻撃を兼ね備えた防御こそ……最大の『攻撃』ッ！
名づけて『ヌーヴァ・シュート・チャージ』ッ！！」
「おのれェェェ！ 小癪なァァァァァッ！！」
ブラフォードは４つの剣の黒い奔流を束ね、捨て身の特攻をかけたポルナレフを迎え撃った！
47．扉は自分で開け
銃撃に吹っ飛ばされつつ……ミスタはぼんやりと考えていた。
（いつもそーだ……『４』っつー数字が関わってくるとロクな事がねえ……
承太郎さん……いや、エリスの姉か……に銃を奪われた事にも気づかなかったし、『ピストルズ』を使って防御する事すらできなかった……
しかも撃たれたのは、さっき刺されたキズの場所じゃあねーか……
ホント、とことん縁起悪りーよなァー……）
「け〜せ〜ギャックテェ〜ン♪」
エリスの姉は……承太郎の顔をしたまま、薄笑みをへばりつかせていた。
「まさか、あの『逆隠者』のオッサンがやられちゃってたとはねぇ〜意外ッ！
自分からリーダーになりたがって、ギャーギャーとうるさい奴だったけど……あたし、アイツの実力だけは認めてたんだ。それなのにさァ〜……役立たずだっつーか。
でもね。今は感謝してる……
この『承太郎』ってヤツのカラダを、死なない程度まで弱らせておいてくれたんだからァ〜♪」
承太郎の肉体は未だに腹から血を流していたが……「姉」は意に介さず歩かせる。
と、不意に顔をしかめた。
「チッ……スタンドまでは出せないか……強情なヤツ。でもまっいいかァ〜〜〜〜。
このまんまでも十分、役に立ってるしィ〜」
傍から聞けば意味不明な台詞を呟きつつ、「姉」はミスタに銃口を向けた。
「バイバイお兄ちゃん……できればよけーな抵抗はしてほしくないなぁ。
アンタが助かるには……この『承太郎』ってヤツの肉体を殺すしかない。
でも、そんなコトできないよね？
イコールお兄ちゃんに、このピンチを脱する方法なんて、何ひとつなァ〜いってコトッ！」
「象牙の塔」の中。
エリスは恐怖と絶望に深く傷つき……そのまま床に倒れこむかに見えた。
＜…………何ィ！？＞
だが……彼女は再び立ち上がり、前に進み始めた！
（ポルナレフさんは言ってくれた……『自分にとって一番怖いものは、何か？』って……
それはこの扉を開けるための痛みなんかじゃあない。
ここで怖じ気づいて、一生『姉』たちという過去に脅されつづけて、ビクビクしなきゃあならなくなる事のほうが……ずっと恐ろしい……！）
別れ際のポルナレフの言葉を、エリスは心の中で反芻した。
「人ひとりの力には、おのずと限界がある。
だから、自分の力だけで打ち勝てない障害に出会った時、人は人を頼ろうとする。
それは恥ずべき事じゃあない。
真に恥ずべき事。それは……『己の力でもできる事を、他人の手に委ねようとする』事だ。
人に頼る事も己の決断だ。だがその前に、『自分の力』を試さなければならない。
それができなければ……人は一生、『誇り』を持つ事はできないだろう……」
それだけで……エリスの身体は、勇気で満たされていくように感じた。
＜おいてめェーッエリスッ！ それ以上『扉』に近づくんじゃあねーッ！！
ブッ殺されてェーのかッ！！＞
激昂する「妹」。エリスは振り向きもせず、挑発的に叫んだ。
「やれるものなら……やってみなさいよッ！」
＜…………ぐッ…………！＞
「妹」は絶句した。今のエリスを、直接害する事はできない。
『記憶の扉』に近づけば、彼女とてただでは済まないからだ。エリスと同様、全身を激しく切り刻まれてしまう。それは霊体にとって致命的なダメージとなる。
「妹」は信じられなかった。
なぜあいつは、あれだけ切り刻まれて生きていられるんだ？
それに以前のエリスならば……絶対にこんな行動は取らなかったはずだ。
（大丈夫……あんなヤツなんかに、わたしは負けない……『自分』を信じられるッ！
やってみるよ、わたし……忌まわしい過去に背を向けたりしない……『誇り』を取り戻すために！
何よりも、ポルナレフさん達を助けるためにッ！
そのために、わたしの力が役立てられるのなら…………！！）
それは、エリスが生まれて初めて抱いた気持ち。
「人のために生きたい」と思う心だった。
48．終焉は突然に
「姉」は仰向けに倒れているミスタに引導を渡すべく、銃弾３発を浴びせた。
ドガガガァーンッ！
しかし、ピストルズNo.1、No.2、No.3がそれらを弾き返す！
「姉」は苛立った声を上げた。
「ムダな抵抗をォ〜〜〜〜……ムカツクなあ。弾切れになっちゃったじゃない！」
「へへ……『ムダ』、なんかじゃあねーぜ……」
「へェ〜まだ、減らず口叩けるんだァ〜……
でもォ、アンタの攻撃パターンはいーかげん『学習』したんだから。
ただ弾いただけじゃあない……そうでしょ？」
ドギャ！
ピストルズNo.5にパスされた弾丸が、「姉」の足元に突き刺さる！
しかし彼女は、ヒョイと片足を上げてそれをかわしていた。
「足狙ってくるんじゃないかな〜って思ったのよねーッ！
バレバレ！ 動きを封じよーってハラでしょ？」
「ああ……その通りだぜ……」作戦が見破られても、ミスタの声には含みがあった。
得意げに笑っていた「姉」は、突如度肝を抜かれた。
眼前に別の弾丸が迫っている！
（何だとォ……？ アイツにとって『承太郎』は大切なモノじゃあないのかッ！？
ヤバイ、身をかわさないと当たる……でもッ……！）
たとえ肉体が死んだところで、「姉」は痛くも痒くもない。
このまま命中しても何ら問題はない。最悪ミスタか、「逆隠者」の男の肉体を乗っ取れば済む事だ。
ところが……
「ひィッ！」
反射的に、彼女は身を屈めてしまっていた。
「やっぱりな……」ミスタは苦しげに笑った。
「人間ってヤツぁよォー……『目の前に迫ってくる』モノに、一番恐怖を感じるモンなんだ。
身体をとっかえひっかえやってる根性ナシのおめーなら……避けると思ってたぜ」
バスッ！
No.7の放った最後の弾によって、承太郎の身体は膝下の肉を貫かれ……グラリと傾いた。
「き、きさまァァ……！」
憎悪の感情を剥き出しにし、呪詛の声を呟く「姉」。その時……『異変』は起こった！
バギョン！
「うぐッ…………！？」
霊体であるはずの彼女に、感じるはずのない激痛、そして寒さが……何の前触れもなく襲いかかってきた。初めての感覚だったが……「姉」は何が起こったのかを瞬時に理解した。
（バ、バカなァ……！ エリスのヤツ……『扉』を開いたのかァァァッ！
そして知ったというのかッ……！
あたし達の『名前』も！ 自分の過去も！ 真実のすべてをッ……！！）
「おのれェェェェエリスめェェェエエエエッッ！！」
シューシューシュー……ドギュウウンッ！！
承太郎の肉体から白い煙が立ち昇り……それらはブラックホールに吸い込まれるように、一筋の奔流となって消え去った！
そして、バランスを崩した承太郎の身体もドサリと地面に倒れる。
「…………？ よく、分からねーが……やったのか……？」
呆気に取られるミスタ。
これが、彼にとって唐突に訪れた……死闘の幕切れであった。
グイード・ミスタ（スタンド：セックス・ピストルズ）……勝利！
エリスの姉たち（スタンド：アイボリー・タワー）……『塔』にその魂を幽閉される
49．託されし望み
ポルナレフとブラフォードの姿が交錯し……！
ドガッ！
シルバーチャリオッツの剣は、黒騎士の放った４つの剣の猛撃をかいくぐり……彼の喉元を貫いた！
（やったッ……！ 勝ったぞッ……！！）
しかし、ポルナレフが緊張を解くのは早すぎた。
一瞬焦点を失いかけたブラフォードの両眼が……不意にギラリと輝いた！
「！」
ズバァッ！
驚異的な膂力で、ブラフォードはポルナレフの身体を……右腰から左肩にかけて振り上げるように斬り裂いたッ！
「がはァッ…………！」
（バカな…………なんという『執念』ッ…………！）
ポルナレフが地面に叩きつけられると同時に、ブラフォードもまたガクガクと震え、膝をつく。
「おれは……黒騎士ブラフォード。これしきの痛み！ へこたれぬわッ！」
喉から激しく血を流し……ブラフォードはヨロヨロと立ち上がった。
一方のポルナレフは、血溜まりに突っ伏したままだ。
（くッ…………ダメか。キズが深すぎる。身体が動かないッ……！ これまでか……）
黒騎士は身体を引きずるようにして……ポルナレフの前に仁王立ちになった。
「貴様、は……『真の騎士』だ……よもや、このブラフォードを……ここまで追い詰めるとはな……
だが、おれはここで死ぬわけにはいかん……
今度こそとどめだァァァァ！ ポルナレフゥゥゥゥゥッ！！」
「待ちなッ！」
ブラフォードの動きが止まった。
声の主は、気絶した承太郎をどうにか支え、肩で息をしているミスタだった。
「また、貴様か……この男の命乞いか？
それとも、この男の代わりにおれと戦うというのか？ 受けて立つぞ……
だが貴様らも、もはや満身創痍のようだなァ……」
「そんなんじゃあねー……オレやポルナレフさんだけじゃあなく、ブラフォード。
あんたも十分、深手を負ってる……
それによォー……あんたには、オレたちと戦う理由がねーハズだぜ……」
「……それはどういう……！」
ミスタが指をさした方向には、憂いを帯びた少女が立っていた。
「エリス…………！」
「ブラフォード……お願い。もう戦うのはやめて……
これ以上、あなたが傷つくのを見るのは耐えられない……」
「しかしエリス。この任務を達成しなければ、きみは……」
「わたしはもう大丈夫……『姉』たちは『象牙の塔』の中に閉じ込めたわ。わたし自身の力で。
わたしの過去には……今、決着をつけたのッ！」
「……………………！」
エリスの目を見て、ブラフォードは気づいた。
それは彼の知る、数時間前まで何かに怯えていた無力な少女のものではなかった。
真実を知り……すべてを受け入れようとしている「強さ」を秘めた瞳だった。
「あの『扉』を……自分の力で開けた、のか……素晴らしい」
ブラフォードはいつしか、憑き物が取れたような穏やかな表情になっていた。
そして……
ピシィッ！
ブラフォードの指先が石のように変色し、亀裂が走っていた。
「なッ…………ブラフォード。あんたはいったい……！」
ミスタの問いに、黒騎士は笑みを浮かべて答えた。
「我が肉体は形骸……石の彫像を、かりそめの『拠り代』としていたにすぎない。
エリス…………どうやら、お別れの時が来たようだ…………」
「そんなッ……ブラフォード！」
涙を流し、すがりつこうとするエリス。黒騎士はそれを遮る。
「来てはいけない。エリス……危険だ」
「でも……ッ！」
泣きじゃくるエリスに、ブラフォードは優しく微笑んだ。
そして、倒れているポルナレフに向かって言った。
「ポルナレフよ……貴様、エリスの『スタンド』になったんだったな？」
「ああ……」
「おれの代わりに、エリスを……守ってやってはくれないだろうか」
「……任せておけ。『騎士』の名誉にかけて誓おう。エリスは……おれが守る」
「その言葉……死んでも忘れるなよ……」
「…………安心しろ！」
ポルナレフは倒れたままニイッと笑い……その肉体は元の傭兵のものへと戻った。抜け出した彼の魂は、エリスの「塔」の中へと吸い込まれていった。
「ブラフォード……今ならまだ間に合うわ。わたしの『塔』の中へ来れば……」
悲痛に訴えるエリス。その間にも、ブラフォードの肉体は徐々に石化していく。
「エリス……お前にはもう、おれは必要ない。奇妙な安らぎを、おれは今感じる……
２度にわたり、未来へと蘇った数奇な運命ではあったが……後悔はしていない。むしろこの運命に感謝さえしている……その２度とも、素晴らしい精神を持った者たちと出会えたのだから。
おれは再び、女王のもとへ旅立つ事にするよ……
最後に……百年前に出会った友人に贈った言葉を、お前たちにも……伝えたい。
『真の勇者』たちに幸運（Luck）を！ そして勇気（PLUCK）をッ……！」
ドン！
黒騎士の肉体は完全に彫刻と化し……そして乾いた砂となって、音もなく崩れ去っていった。
「…………ブラフォードォ…………うぅうう…………」
破片を拾い上げ、エリスは込み上げてくる嗚咽を必死に押し殺していた。
（ブラフォード……あんたの魂……確かに、受け取ったぜ……）
ミスタもまた、うっすらと涙を流していた。それが悲しみによるものか、感慨によるものか……彼自身にも分からなかった。
J・P・ポルナレフ（スタンド：シルバーチャリオッツ）……支配していた肉体を失う
黒騎士ブラフォード（スタンド：チャリオッツ・オブ・デュラハン）……女王のもとへ旅立つ
RESULT:僅差でブラフォードの勝利！