Story Tellers from the Coming Generation!
Interactive fighting novel JOJO-CON
双方向対戦小説ジョジョ魂ミュージアム
叛逆者たちの狂宴・前篇
１．運命死
……解放まで残り一週間
カツーン！ カツーン！…………
一心不乱に作業に打ち込んでいた青年の手が止まった。
作品を完成させたのだ。
彼にとって、この世で唯一関心の持てるもの……それが彫刻だった。
幼い頃、偶然間の当たりにした、彫刻家の躍動する光景。
彫刻家の持つノミが力強く振り下ろされる度、冷たい石の中から『命ある形』が生み出されていく。
子供ながらに、その美しさに魅了された彼は、自分もまた彫刻家になる事を目指した。
青年は彫刻家になった。もっとも、駆け出しのぺーぺーである彼にたやすく仕事がまわってくるほど、
現実は甘くはない。
それでも彼がどうにか食っていけたのは、若いながらも彼に「才能」の片鱗があったからだ。
そして今日もまた、依頼されていた作品を創り上げた。
全身全霊を注ぎ込む事ができた。以前に彫った、渡された写真にうつっていた男をモデルとした彫像も、
自分でいうのも何だが会心の出来だった。
今回仕上げた作品もまた同じく、いやそれ以上の出来栄えだった。少なくとも青年自身はそう感じた。
しかし、どうした事だろう？
作品を完成させた後の、達成感、高揚感といったものが、今回はまるで感じられない。
それどころか、彼の心境は全く別のものに囚われていた。
言い知れぬ、不安。
ゴロォリ。
何かが転がる音が、背後で聞こえた。
途端、青年はすべてを理解した。いや……『達観』した、というべきか。
「……そういう事、だったのか」
青年は知っている。音の正体を。
それは己のスタンドであり、逃れようのない死の来訪を告げる審判者。
青年の名はスコリッピ。スタンドの名は「ローリング・ストーンズ」という。
（数ヶ月前に見た……『石』には、頭を打ち砕かれて死ぬ、ぼくの像が彫られていた。
なぜ『石』はぼくに触れようとしなかったのか……安楽なる『死』をぼくに授けようとしなかったのか。
今わかった……ぼくは、この『最後の作品』を完成させる、運命にあったのだね……）
「……頼んでいた『騎士の彫像』、引き取りに来たぜぇー」
突如、野太い男の声が、スコリッピのいる部屋に届いてきた。
青年の部屋であるマンションの７階まで、いつの間にやってきていたのか。ドアを開けた音すら、
彼には認識できなかった。
（人はみな『運命の奴隷』……ぼくもまた、そのひとりにすぎない）
「人の死」という運命を知る事のできる自分を、特別扱いしていたつもりはない。
いつかはこういう日が来る事を、予測していなかったわけじゃない。
それでも……青年は打ちのめされた。心のどこかで「これは悪い夢なんじゃあないか？」という疑問が、
幾度も幾度も繰り返された。
だが、最後には「現実」を直視せざるをえない。青年は決意した。
「『運命』に抗う事など、ぼくにはできない……できはしない」
声の主がスコリッピのアトリエにたどり着いた頃には、青年はすでに事切れていた。
やってきた男は体格のいい中年だった。顔には火傷の痕があり、隻眼で、足が不自由らしく
杖をついている。
「……自殺しやがったのか？ それにしちゃあ、外傷がねーが……
ま、こっちとしちゃあ手間が省けたぜ。
彫像も無事、完成してたみてーだし……何ら問題はねえ」
自分がこれから行おうとしていた事を、青年は知りえたのだろうか？
可能性はある。仕事を依頼した時も、こいつは「運命」がどうのこうのと戯言をほざいていた。
自分と同じ匂いが感じられた。すなわち「スタンド使い」としての。
だが男はスコリッピに対し、一片の哀れみすらも感じる事はなかった。
「おれに殺される運命だと知って、自殺しちまうたぁーなー……情けねーヤツだぜ。
おれだったら、たとえ死の運命を知ったとしても、最期の最期まで『望み』を捨てはしねえ。
あの『二人』に復讐を果たすという『望み』はな……」
キャプテン・テニール。以前の彼を知る者は、この男の事をそう呼ぶ。
過去の屈辱を晴らすため、報復という名の「十字架」を甘んじて背負った男。
その十字架から噴き出す炎に身を焦がす事……それのみに生き甲斐を見出す、昏き復讐鬼だった。
「おれは……てめーのような『負け犬』にはならねえ。絶対になぁ〜……」
テニールのスタンドである「ダークブルー・ムーン」の鱗に包まれた腕が、動かない青年の頭部を
スイカのように打ち砕いた。
「これが、てめーに支払う仕事の『代金』だ。それじゃあな、腰抜け野郎……ヒヒヒ」
男はスタンドで彫像を担ぐと、青年の骸には一瞥もくれず立ち去った。
２．雄弁なる背教者
……残り四日
冷たく孤独な夜がまた、訪れようとしていた。
ＳＰＷ財団の虜囚となった彼女にとって、それはいつもと変わらない日常だった。
少なくとも、今日までは。
ベッドに横たわっていた彼女は、ふと目を覚ました。
自分以外、誰もいないはずの冷えた独房に、忽然と男が立っている事に気づいたのだ。
暗くてハッキリしないが、聖職者が着るような、ゆったりとしたローブに身を包んだ男だった。
彼女は男が何者であるかと思うより前に、こう叫んだ。
「アンタ……いつからいるんだッ！ どっから入りやがったッ！？」
詰問に対し、男は口元に指を当てる仕草をして、声を潜めて警告した。
「シーッ。大きい声を立てないでくださいよ。
まず確認しておきたいんですが……あなたが『グロリア』さん……ですね？」
男の声は予想に反して若く、丁寧な口調の割には、浮ついた軽薄さが感じられるものだった。
まだ20歳かそこらのようだが、もっと幼く見えない事もない。
グロリアと呼ばれた女は、憮然とした表情のまま、ベッドから半身を起こした。
「……そうよ。そーゆーアンタは誰？」
「よかったぁ〜。人違いだったらどうしようかとドキドキしましたよ。
あ、ちなみに僕はブルックといいます。今後ともよろしく」
「用件は何なの？ レディの寝室にノックもなしに土足で上がりこんで」
レディという年齢か？（すでに三十代の後半だ）
というツッコミを入れなかった事についてだけは、ブルックと名乗った男は賢明と言えた。
たとえ単純に気づいていないだけだったとしても。
「え〜とですね、時間がないんで単刀直入に申し上げますが……『脱獄』する気はございませんか？」
「ホントに単刀直入ねェ〜……」
「このままここで待ってても、釈放なんてしてもらえそうにないんでしょ？」
「そりゃまあ……脱獄する事についちゃあ、やぶさかじゃあないけど」
グロリアは油断のならない目つきでブルックをねめつけた。
「あたしを脱獄させてくれる代わりに……何をしてほしいわけ？」
「さすがはグロリアさん。話が早いですね」
「バカでも分かるわよ、そんなの……で？ そっちの用件は？」
「えーとですね……あなたの持つ『スタンド』を……僕のリーダーのために役立てていただきたいのです」
ブルックの言葉に、一瞬グロリアの表情が強張った。
だがすぐに、ニマーッとした笑みを浮かべ、吹き出した。
「プ！……ヒャハハッ！ アンタのリーダーってば、キチンと事前調査とかやってるワケ？
今のあたしには、アンタらが期待しているよーな能力なんてないのよ。
聞いてないの？ 例の事件で、あたしがスタンド能力を失くしちゃったコト」
さも可笑しげに身をよじらせる魔女に、ブルックもまた軽薄な笑顔で応えた。
「な〜んだ、そうだったんですか。じゃ、僕は看守に見つからないうちに退散するって事で……」
「ごめんなさいねェ〜ブルックちゃん。ご希望に添えなくて……」
ブルックはグロリアに背を向け、そのまま立ち去るかに見えた。が……
ユラァ〜……
彼の背中から、銀光をほとばしらせる「何か」が、ゆっくりと飛び出してきた。
次の瞬間、その「何か」は……恐るべきスピードでグロリアの首に巻きついた！
「！？」
ピシィ！
彼女の首を荒縄のように取り囲んだものの正体は「刃」だった。研ぎ澄まされた刀身の鈍い輝きが、
月明かりの中剣呑な雰囲気を作り出す。
しかもそれはガムのように変幻自在で、グニャグニャと奇怪な軌跡を描いたまま佇んでいた。
「今……目で追いましたね？ 我がスタンド『逆位置の法皇』の……『断罪の鞭』を」
先刻までの軽い調子は微塵もない。ブルックの言葉は氷刃と化して、魔女の心を脅かした。
動けなかった。ほんの１センチでも首を傾ければ、彼のいう「断罪の鞭」とやらが、グロリアの命を
絶ってしまうだろう。
「人が悪いなぁ〜グロリアさんも。ＳＰＷ財団の目はごまかせても……
『悪魔』の目は欺けませんよ。
あなたのスタンド……『スティール・ユア・ハート』って言いましたっけ？
失われていませんね？」
ＤＩＯと合間見えて以来、久しく感じる事のなかった恐怖が、グロリアを締め上げていた。
ブルックのスタンド能力に対して、ではない。
この男のいう「悪魔」……裏世界で、その名くらいは彼女も聞いた事があった。
ハッキリとした組織の実体すら定かではなく……もともとそんなものはないのかもしれないが……
囁かれるのはその『名』だけ。
にも関わらず、彼が動いたというだけで、多くの裏社会の実力者が次々と抹殺されていったと、
まことしやかに噂されている。
底知れない力を持つ「悪魔」。とんでもない男に目をつけられてしまった。
何のために、今まで己のスタンド能力をひた隠しにしてきたのか。
「ヒャハッ……お笑い種ね。アンタ、見たところ坊さんのようだけど……聖職者のクセに『悪魔』に
仕えてるなんてさァ」
「正確には違いますよ。悪魔に心酔しているのは、僕ではなく『枢機卿』のほうです」
「枢機卿？ 誰よそれ」
「もっとも僕は、その枢機卿の下で働いているんですけどね〜」
冗談めかした口調。ブルックの顔に軽薄な態度が戻った。
どうやら枢機卿とは、この男の上司らしいが、詳しい情報を教えてくれるつもりはないようだ。
彼の薄っぺらな笑顔を見ても、グロリアにはもう、楽観的に笑う事はできなかった。
「一緒に……来ていただけますね？ 決して悪いようにはしませんよ」
断れば殺される。そうなれば「あいつ」に再び会うという望みも叶わない。
グロリアにとって、選択の余地はなかった。
（それに、あたしのスタンド能力の『存在』を知る者は、こいつらだけじゃない。
おそらく……承太郎のヤツも……）
３．ＳＰＷ財団・パッショーネ同盟締結
……残り三日
イタリア某所……ギャング組織・パッショーネの用意したＶＩＰルーム。
その中には三人の男がおり、うち二人が交渉のテーブルについていた。
小間使いらしき初老の男が口を開いた。
「ミスタ様。こちらはＳＰＷ財団からの使者、空条承太郎博士でございます」
ミスタと呼ばれた若者は、ソファから立ち上がって承太郎を見た。
「あんたが、承太郎さんか？……ポルナレフさんから話は聞いてる。オレはミスタ。よろしくな。
ジョルノ……いや、うちのボスは生憎と忙しくて……席を外してる。
代わりに組織のナンバー２であるオレが用件を承るが、構わねェか？」
「……ああ」抑揚のない声で承太郎は了承した。
ミスタは小間使いに下がるよう命じた後、手に持っていた亀をテーブルに置いた。
亀の甲羅には小さな鍵が嵌め込まれており、その中から小さな人影が浮かび上がった。
「しばらくだな、ポルナレフ」
「ああ……久しぶりだ。まさか、こんなふうに再会するハメになるとは思わなかったがな」
この奇妙な人影の名は、Ｊ・Ｐ・ポルナレフ。
数年前起こった、イタリアでの激しい闘争以来、彼の肉体は死んだ。
今はこの亀「ココ・ジャンボ」の持つスタンド「ミスター・プレジデント」の能力で、精神のみが
この世に留まっている。
再会の挨拶もそこそこに、承太郎はさっそく本題を切り出した。
「ここに来るまでに、話は聞いた……パッショーネの先代ボスの娘トリッシュが、一昨日拉致された
そうだな？」
「ああ」鷹揚に相槌を打つミスタ。
「こっちもパッショーネの情報網を使って、色々調べてみたが……トリッシュはオレたちとは袂を分けち
まってたからな。大した事は分からなかった。
情報らしい情報といえばよォ〜……その翌日、トリッシュを襲ったグループの下っ端を１人捕まえてゲロ
させたんだが、リーダー格の男に金で雇われてただけで……そういや、そのリーダーが『悪魔』と言ってた
のを聞いた、とか喋ってやがったかな」
「悪魔、だと？」
「といっても……悪魔のカードの暗示のスタンド使いである『呪いのデーボ』は、もうこの世にはいない
……何しろおれが10年以上も前に、倒してしまっているからな」
ポルナレフの弁に、承太郎は「やれやれだぜ」と嘆息した。
「悪魔については、裏世界に詳しいアヴドゥルから情報を得るとして……
オレの……いや、ＳＰＷ財団からの提案はこうだ。
パッショーネと共闘をはかりたい。
実は昨日、ＳＰＷ財団監視下に置かれていたグロリアという女が失踪した。
逃走経路も一切不明で、看守の交代時間、わずか５分のスキにフラッと消えていたらしい」
「何者なんだ、そいつ？」女と聞いて、目ざとく反応するミスタ。
「スタンド使いだ……大して強力じゃあないが、使い方次第では危険な能力を持っている」
「トリッシュの誘拐と何か関係が？」
「そこまでは分からん……今のところ何の手がかりもないし、関係はないかもしれん。
それより重要なのは、ポルナレフ。お前の提示した誘拐目的の説だ」
話を振られ、ポルナレフは揚々と語り始めた。
「ああ。おれの推測によれば……トリッシュは『鍵』なんじゃないかと思う」
「鍵だってぇ？」訝るミスタ。
「トリッシュの父親……つまりパッショーネ先代ボスのディアボロは、若い頃に『矢』を発掘した。
当時の彼はスタンド能力がないにも関わらず、矢を見ただけでその真価を見抜き、自らを貫いて能力に
目覚めたという。
つまり、ディアボロの持つ『血統』は……」
「『矢』と惹かれあう、という事か？」
言葉の後を継いだ承太郎に、ポルナレフは頷いた。
「あくまでも推測にすぎないが、トリッシュを誘拐した連中の目的も……『矢』と何らかの関わりがある
ものだと思う」
「……というわけだ、ミスタ。この件については、ＳＰＷ財団としても放っておくわけにはいかない。
双方の利害は一致すると思うが……」
「ボスからのメッセージを伝えるぜ」ミスタはぶっきらぼうに告げた。
「『トリッシュの身の安全の確保は、死んだブチャラティの遺志であり、組織を受け継いだ自分の義務でも
ある。故に、彼女の救出作戦に対し、できうる限りの援助を行うつもりだ』……だってよ」
ミスタはニカッと笑みを浮かべ、右手を差し出した。
「同盟成立、ってワケだ。改めてよろしく頼むぜ、承太郎さん……『相棒』として」
「……ああ。頼りにしている」
二人の固い握手により、ＳＰＷ財団とパッショーネはトリッシュの救出、そして「悪魔」との戦いという、
共通の目的に向かって邁進する事となった。
４．受難・花京院の場合
承太郎はミスタ達との会見を終えた後、まず携帯電話でアヴドゥルと連絡を取った。
彼の記憶と情報によると、数年前にニルヴァーナというシステムを開発した天才科学者が、研究所の人間
を皆殺しにして遁走するという事件が起こったという。
警備員が駆けつけた時、かろうじて息のあった被害者の残した言葉が……
悪魔……「逆位置の悪魔」であった。
そのフレーズは彼の遺言となった。直後、彼の遺体は司法解剖に回されたが、奇妙な事が判明した。彼の
身体は腱という腱をすべて切断され、指一本動かせない状態だった。しかも、死亡時刻は警備員到着の
３時間前……つまり、メッセージを残した時にはすでに死んでいた事になるというのだ。
あたかも、悪魔という言葉を伝えるためだけに、霊魂が死体に踏みとどまっていたかのように……
ニルヴァーナとはコンピュータ・プログラムの名称らしい。そこで承太郎は、今度は花京院典明に情報を
求めた。彼はＤＩＯとの戦いの旅に同行した10年来の親友であり、今はシステム・エンジニアの仕事に就い
ている。優秀な社員で、コンピュータを利用した情報収集にかけては並々ならぬ知識と技術を備えていた。
「ニルヴァーナ？……ええ、知っていますよ承太郎……ニルヴァーナ・ボードと言ってね……」
花京院はパソコンで仕入れたデータの詳細を、承太郎のアドレスに転送した。
「……ポルナレフは元気かい？ ずいぶん会ってないな、そういえば……え、亀だって？
……なに言っているんだ承太郎。幽霊が亀に取り憑くなんてバカな話、あるわけないじゃあないか」
＜本当なんだが……いや、何でもない。忘れてくれ……やれやれ＞
承太郎の声には、苦笑と嘆息が混じっていた。
「…………承太郎、実は」
＜……なんだ？＞
「……いや、今日はちょっと疲れた。ここのところ、残業つづきだったからね。
『救出作戦』の成功を祈ってるよ」
仕事を終え、帰路につく途中で、再び花京院の携帯が鳴った。
一瞬救われたような喜色を浮かべ、電話に出る。
「承太郎！ さっき言っていた事なんだが……」
＜シブイねェ〜〜〜〜花京院君。まったく、おたく、シブイぜ＞
電話の声は承太郎ではなかった。表情の凍りつく花京院。
「…………テニール！」
＜おっと、そいつは昔の名だ。とうに捨てた……
役者だなァ。声の震えひとつなく、親友をダマくらかす。聞いてるこっちが凍えちまうよーな冷静さだ
……お〜寒ッ。ククックク＞
「……盗聴、していたのか」
＜もしそうだとしても、てめーにどうこう言われる筋合いはねェ〜よなァ〜ククク……＞
テニールのからかうような物言いに、花京院は明らかに顔を歪ませていた。
「……そっちの要求どおりに……してやったぞ。これで、いいんだな？」
＜オーケーオーケー。
あんたは何ひとつ嘘をついちゃあいないし、この件であんたに嫌疑がかかる事もねえ。
こっちから、あんたにちょっかい出す事もしねえ。おれが保証する……取り引き成立、ってワケだ＞
屈辱と焦燥のあまり、花京院はギリギリと歯を軋ませた。
＜ま、気に病む事ァねェよ。誰だって自分の身はカワイーもんだ。
それによく言うだろ？『昨日の友は今日の敵』ってな。ハァハハハ……＞
馬鹿笑いを最後に、通話は途絶えた。途端、花京院は感情を爆発させた。
「くそっ！」
バキィ！
手にした携帯を地面に叩きつけ、飽き足らずその残骸を力任せに踏みにじり続ける。
やがて息を荒げ、花京院はその場にへたり込んだ。
裏切り。今の自分の行為の意味くらい、百も承知している。
だが今の花京院は、昔とは違う……守るべきものがある。
守るべき家族。守るべき友人。守るべき今の生活……温もりを与えてくれるすべて。
花京院の命は、もはや彼ひとりのものではないのだ。
それに何よりも……
「……すまない、承太郎……頼む……『伝わって』くれ……」
花京院にできるのは、死地に赴こうとする友の無事を祈る事だけであった。
５．サバト
……残り二日
「逆位置の法皇」の男ブルックに連れられ、グロリアは「悪魔」の男と対談する事となった。
（こいつが「悪魔」の首領……思ったより、普通っぽい男ね……ちょっとカッコいーけどさ）
ブルックから元科学者であると聞いて、偏屈そうな中年オヤジを想像していたグロリアは、いささか
意表を突かれた。
「ようこそ、グロリア」
男……「悪魔」の首領……は物腰柔らかに、来客に椅子を勧めた。
「気に入ってくれたかね？ この別荘……スイスはチューリヒの中でも、抜群の環境条件を備えた土地の
上に建てたんだそうだ」
「フ〜ン。犯罪組織のボスの居城にしちゃあ、開けっ広げなアジトじゃあないの。
廊下にも色んな美術品や調度品が、無造作に飾ってあったし」
とげとげしい魔女の口調に、彼は困ったように肩をすくめた。
「……あなたの趣味には合わなかったかな？」
「いいえ……あたしの目から見たら、飛びつきたくなりそーな『お宝』ばかりだけどさァ〜。
ちょいと無用心じゃない？ 泥棒に入られたら根こそぎ盗られちゃうわよ、きっと」
「……わたしは結構、気に入ってるんだがね。
その昔、この国の英雄ウィリアム・テルが当時の政府を打倒した時に、この建物の中で演説したという
エピソードが……」
「あるの？」興味を惹かれたらしく、思わず尋ねるグロリア。
「いや、全然ないけどね」
「…………」
「本当の事を言うと、この別荘は『枢機卿』の避暑地でね。借りさせてもらってるんだ」
「……裏世界じゃあ謎に包まれ、恐れられている『悪魔』の首領さんが、借家暮らし、ってワケ？
笑い話にもならないわねェ〜」
「フフ、まったくだね」彼も悪びれた様子もなく微笑んだ。「そうだ。首領じゃあ呼びにくいだろう？
本名を教えるわけにはいかないが……そうだな。一時、表に出ていた時に使っていた名前……アンドリュー。
アンドリュー・張（チャン）……聞いた事はないかな？」
「知らないわね、悪いけど」
グロリアがもう少し科学会の内部事情に聡ければ、あるいは思い当たったかもしれないが……下町で三流
魔術を使って小銭をかすめていた彼女に、そのあたりの知識を求めるのは酷というものだろう。
「それは残念……ま、とにかくわたしの事はアンドリューと呼んでくれ。アンディでもいいよ」
「用件を伺わせてもらえるかしら？ ミスター・チャン」
入魂になる気はさらさらない、という意思がひしひしと伝わる口ぶりだったが、「悪魔」の男は構わず
先を続けた。
「あなたの能力……『スティール・ユア・ハート』を使って……蘇らせてほしい彫像がある。
これが成功すれば、それなりの謝礼を支払おう」
謝礼と聞いて、グロリアの耳たぶがピクリと動く。身体は正直らしい。
傍らに立って沈黙を守っていたブルックが、彼女の前に進み出た。
「こちらの小切手に、お好きな金額を……」
「あたしはねェ、キャッシュ以外は信用しないタチなのよ」
「ま、何にせよ……引き受けてくれるね？」念を押すアンドリュー。
「ビジネスとして、ね」魔女はあくまでも冷淡だった。「でも、あたしの能力については知っているの？
あたしが彫像に命を吹き込むには、人間の魂から作った『宝玉』が必要なんだけど」
「ご心配なく♪」ブルックが明るい声を上げた。「あなたを脱獄させるついでに、ＳＰＷ財団が証拠品
として押収していた宝玉も、一緒に盗み出してきましたんで」
（この二人、トボけた顔して……あたしの能力を知り尽くしているし、用意周到にも程があるわ。
一時たりとも油断できない……）
その場だけの明るいムードに流されてしまうほど、グロリアは愚かではなかった。
第一こいつらは、自分を生かして帰すつもりがあるのかどうかさえ、疑わしい。
特に目の前の「悪魔」の男……茫洋な雰囲気のわりには、まったく相手に不快感を与えない。彼女のよう
に、彼の真実を見極めようと躍起になっている者以外は、絶大な信頼と安心感を見出す事だろう。
出会った者すべてに恐怖と服従を植え付けるＤＩＯとは、全く違ったタイプの「カリスマ」の持ち主だ。
「彫像は隣の部屋に置いてある……来てくれたまえ、グロリア」
「悪魔」の男は立ち上がった。
６．ザンジバルの罠
……残り一日
アヴドゥルや花京院、そしてＳＰＷ財団、パッショーネからの情報を総合した結果、承太郎たちの前に
ひとつの固有名詞が浮上してきた。
ザンジバル。
東アフリカはタンザニア連合共和国の一地域で、タンザニア北東部のインド洋沖合35kmの地点にあり、
ザンジバル島（ウングジャ島）をはじめとする大小30余の島々で構成されている。ちなみにザンジバルの
語源は、アラビア語の「ザンジュ」（黒人の意）から来ている。
「逆位置の悪魔」の男は、数年前にこのザンジバル島を訪れ、ニルヴァーナ・チップ製作のために必要
であった「石」を採掘させていた。実際の製作、研究はシンガポールで行っていたようだが、当時彼は
この地にも簡易の「研究所」を建設していたのだ。
そしてその「研究所」は、現在も彼ら「悪魔」の活動拠点のひとつであるらしく、誘拐されたトリッシュ
も、現在この施設の中で監禁されているという。
現地の住民に聞き込んだ結果、少女を連れた一団が「研究所」のある方角へ向かったのを見た、という
証言がいくつも得られた。
承太郎とミスタは、夜陰に紛れて研究所を急襲する作戦に出た。
見張りも何人かはいたが、所詮スタンド使いでない彼らに、承太郎たちに対抗するすべはない。ものの
見事に打ち倒されていった。
「手ごたえがないな……」怪訝そうに呟く承太郎。「警備が手薄すぎる」
「承太郎さん。オレとオレのセックス・ピストルズを侮辱してるんスか？
こいつらはオレたちの敵じゃあなかった……はるか『格下』だったって事だ！」
さしたるトラブルもなく、二人は研究所内の倉庫まで潜入する事ができた。
殺風景な倉庫の中には、椅子に荒縄でくくりつけられた少女と、針のような体つきをした長身の男が
立っていた。……と、男がニヤリと笑うのが見えた。
「コソコソ隠れてないで、出てきたらどうだぁ？」男は自信たっぷりに叫んだ。
「バレてたか」不敵な笑みを浮かべるミスタ。「ちーたぁ、骨のありそーな相手のお出ましってワケか？
トリッシュ、もう大丈夫だぜ。今助けてやる……」
拳銃を構え、狙いを定めようとする彼を尻目に、承太郎が無造作に一歩踏み出した。
「ちょ、ちょっと承太郎さん……！」
「……下がってろ、ミスタ。ここはオレがやる」
「ゲハハハ！ てめェ気は確かか？」痩せぎすの男は、突進してくる承太郎に哄笑を浴びせた。
「自信過剰は身を滅ぼすぜェ？ 冥土の土産に教えてやろう。おれのスタンドは『逆位置の力』のカードの
暗示ッ！ その能力は相手のスタンドパワーを……」
「オラァッ！」
ドッゴォォン！！
砲弾のような破壊力を誇る承太郎のスタンド「スタープラチナ」の拳が一閃！
「逆位置の力」のスタンド使いは、前口上を述べきる事も叶わず、枯れ枝のように吹き飛んだ。
「ぱぎょおおおおッ！？」
ガシャアン！
「やれやれ。スタンドパワーを…………何だって？」
倉庫の壁に叩きつけられ、ヒクヒクと痙攣している男に、承太郎の問いに答える力はなさそうだった。
「あちゃあ〜……」ミスタは困ったように天を仰いだ。「オレの見せ場がなくなっちまったな」
ミスタは倉庫に足を踏み入れ、椅子に縛られた少女の口のガムテープを剥がそうとした。
すると、先ほどのスタンド使いがムクリと首を立てた。
「お、まだ生きてやがったか……おとなしく寝てたほうがいいぜ？」
「ゲェへへヒヒ……か、かかりやがったなぁ〜……」
「何だとコラァ〜……負け惜しみほざきやがって」
ミスタが罵声を浴びせると、男は血の泡を吹きつつも不気味な笑みを浮かべた。
「そ、その女を……よぉ〜く見てみな……」
「…………ッ！？ ト、トリッシュじゃあねえッ！」
「何だと？」
ガムテープを剥がし、少女の顔を覗き込んだミスタの言葉に、承太郎も動揺を隠せなかった。
少女はミスタの判断基準からしても美人と言えたが……トリッシュとは似ても似つかない。
「ひ……ひ……ひいいい……！」
少女は泣きじゃくりながら、椅子に縛られたままミスタから離れようとする。
「まずいぞ……伏せろ、ミスタッ！」承太郎が叫んだ。
次の瞬間。
倉庫の中を爆音の嵐が飛び交った。
７．グロリアのプライド
……残り二日
ドギュン！
「……終わったわよ」
グロリアのスタンド「スティール・ユア・ハート」の魂封入の儀式によって……
彫像は生きた肉体へと変貌した。
「目覚めるまでにしばらく時間はかかるだろうけど……『人格』は完全に宿ったわ」
「……素晴らしい」
逆位置の悪魔の男は食い入るように「儀式」の一部始終を眺め、心底感嘆したように呟いた。
グロリアはイヤ〜な予感がした。
（こーゆー時にこーゆーセリフを吐くヤツって、次に大抵……）
「ウワサ以上の能力だ。どうだね……わたしの仲間になる気はないか？」
（……そら来た）グロリアは嘆息した。以前ンドゥールも、これと大体同じ台詞を言っていたからだ。
「グロリア……きみはわたしの『望み』を聞き入れてくれた。
きみがそのスタンド能力を、今後もわたしのために役立ててくれると誓うならば、わたしとその仲間の力
を以って、きみの『望み』を叶えてやる事もできるんだが……
ああ、心配しなくてもいい。きみを束縛するつもりはない。
わたしが必要だと言った時にだけ協力してくれさえすれば、後の時間はきみの自由にしていいんだよ」
「ヒャハッ……願ってもない申し出ねェ〜〜〜〜。
あたしの望みを……『欲望』を、ホントに何でも叶えてくれるの？」
「我らに成しうる事なら」控えめだが、『悪魔』の返答は自信に満ちていた。
「こーゆー時……あたしは自分の『欲望』に忠実に行動する事にしてるわ。
つまり……あたしのやりたいようにやるって事。お分かり？」
「……きみの欲望の声は、何と言ってるのかね？」
「決まってンじゃない……答えは『ノー』よ」
「……どうしてですか？」ブルックが尋ねた。
「アンタは、何か気に食わない……そう直感しただけ。
それに、あたしは欲しいモノは自分の手で見つけ出す、って決めたのよ。
アンタらの『協力』なんて、それこそ大きなお世話ってヤツねェ〜」
グロリアは席を立ち、ブルックの持ってきた報酬の入ったアタッシュケースを奪い取った。
「アンタとの『ビジネス』はキチッと果たしたわ。これでおしまいにしましょ？」
妖しく微笑みを投げかけ、そのまま部屋を出ようとする彼女の前に、ブルックは立ちはだかった。
「ちょっと、ブルックちゃん……なんでそーやってあたしの帰り道を塞いじゃうワケ？」
「えーとですね。あなたの能力……このまま野放しにしておいたら、我々にとっても都合が悪いんです。
考え直していただけませんか？ さもないと……」
ブルックはいつもの軽薄な笑顔を浮かべていたが……声は笑っていなかった。
逆位置の法皇の「断罪の鞭」が彼の右手からユラリと姿を見せる。
「あたしを殺す？ できるのォ〜？ アンタたちに」
「ずいぶん強気だね、グロリア」
逆位置の悪魔の男は薄く冷笑を浮かべた。
「きみにひとつ、訃報を伝えておこう。
この彫刻を彫ったイタリア人は……わたしの放った刺客によって５日前、自殺に追い込まれたのだよ」
「！」
魔女の表情がかすかに歪んだ。思わずブルックから一歩退く。
「『悪いようにはしない』……って言ってくれたのは、嘘だったのね？」
「グロリアさんが僕らの仲間になる、というのであれば……そのつもりだったんですが。
でも考えてもみてください。僕のスタンド『逆位置の法皇』のカードの暗示を……
『無慈悲』『約束を破る人』なぁんてのがあるんですよ。
勘違いしないでください。僕はレディとの約束は……守りますよ。
もっとも、それ以外の方との約束は……その限りではありませんが」
プッツ〜ン！
まるで仗助が髪型をけなされた時のように、グロリアの中で「何か」がブッた斬られた。
「あ、そぉぉぉぉぉお……あたしは『レディじゃあない』って、そー言いたいワケ？」
「え……イヤ、その……」
ピクニックの最中、突如遠くから轟いた雷鳴のように……グロリアの声はくぐもっていた。
そのため、圧倒的優位にあるはずのブルックは思わず言葉に詰まってしまった。
「そーなのね？……こぉんな屈辱……30、いや20数年生きてきて初めてだわ……」
こんな時にまで年齢をごまかそうとする根性は大したモノかもしれない。
「と、とにかく……上からの命令なんです！ 悪く思わないでくださいッ！」
半ば悲鳴を上げるように、ブルックは「鞭」をグロリアに振り下ろした！
バキィィィンッ！！
「なッ…………？」
驚愕……というか、困惑……の声を上げたのはブルックだった。
「あたしだって……占い師やってるのよ。『逆法皇』の暗示くらい知ってるわ……」
「断罪の鞭」は、グロリアの握っている……小さな「モノ」によって受け止められていた。
「…………『亀』ぇ？ 一体どこから……」
「ヒャア〜ッハッハ！ 言っただろォ〜がッこのトンチキィ！
この別荘は『無用心』すぎるってさァ〜！
こーゆー事もあろーかと、廊下に飾ってあった『亀の置物』こっそりクスねておいたのよッ！」
辻占いで、カードのすり替えなどのイカサマは日常茶飯事！
ブルックに気づかれぬよう懐にモノを忍ばせておくのは、グロリアにとって造作もない事だった。
「しかし、たかが亀の置物ごときに、僕のスタンド『逆法皇』が……」
「タダの置物じゃあないわよォ〜。『スティール・ユア・ハート』で魂を封入したから、スタンド攻撃にも
耐えられるスグレモノよッヒャハハッ！
……とにかく！ てめーらッ……人が穏便に事を済まそうとすればつけ上がりやがってッ！
特にブルック！ このグロリア様を捕まえて、よくもまァあんなひでー事抜かしてくれたなァ！
お陰であたしの繊細なプライドはズタズタよッ！ 慰謝料請求したいくらいだわッ！」
当のブルックは「そんなにひどい事言ったかなぁ」と当惑顔である。
「とゆーワケで、女のプライドにかけて……アンタは絶対に絶対に絶〜ッ対にブチのめすッ！」
「ハハ、できるんですかあなたに……」
小馬鹿にしたような物言いのブルックに構わず、グロリアは手にした宝玉を投げつけた。
宝玉はブルックの横をすり抜け、照明スイッチに命中した。途端に部屋は暗闇に包まれる。
バン！
数瞬後、ブルックの背後でドアを蹴破る音が響き、そのまま足音は遠ざかっていった。
「…………逃げられたな」逆位置の悪魔の男はボソリと呟いた。
「まさか、あんな啖呵切っておいてソッコー逃げるなんて……」呆れるブルック。
「いや、賢明な判断だろう。彼女ひとりで我々を相手にするなど……愚の骨頂だからな。
……追わなくていい、ブルック。彼女の処遇は別の『刺客』に任せてある」
逆位置の悪魔の男は、闇の中でも平然と隣の部屋へ続く扉を見つけ、照明を灯けた。
「彼女の役目は終わった。我が『ニルヴァーナ・プロジェクト』も、これでほぼ完成といっていい。
それよりも、今のわたしが興味をそそられるのは、この男だ……」
彼は先刻まで彫像だった『男』に視線を移した。
８．オンナの闘い＋来訪者
「枢機卿」の避暑地……他に呼び方がないので便宜上そう呼ぶ事にする……の前に、一人の長身の男が
やって来ていた。
黒髪や肌の色からして、日本人のようだが……その身長は190センチを優に越え、それに見合ったたくま
しい体格をしている。だが外見に似合わず、その物腰は飄々としていた。
彼……大友流は嘆息していた。
「せっかくの休暇だってのにな……」
今に始まった事ではない。フリーライターという肩書きは表向きで、その裏でＳＰＷ財団から依頼される
事件を幾度も解決してきた。そしてその回数は、ここ数年で急速に増えつつあった。
成功し続ければ、おのずと信頼が生まれる。それは事実だ。流は身を持ってそれを実感していた。
だが、一方的に厄介ごとを押し付けられる関係というのは、果たして良好な付き合いと言えるものだろう
か？……むろん、成功報酬としてそれなりの謝礼を受け取ってはいるけれども。
たまたまヨーロッパ旅行でスイス近くまで来ていたのが、運の尽き……だったかもしれない。
電話の向こうのエージェントは「緊急を要する事態であり、確実に任務を遂行できる人物が必要なのです」
などと、もっともらしい理屈を付け加えて、流をこの場所に導いた。
「独り身の悲しいサガだよな〜。身軽なのはいいけれど、その分体よく利用されやすいっつーか」
ぼやきつつも、流は慎重に「別荘」内へと侵入した。彼の思考は、すでに歴戦の「スタンド使い」のそれ
へと切り替わっていた。
（最初は……あたし自身、気づいちゃあいなかったのよね……）
廊下をひた走りつつ、グロリアは考えていた。
あの「石」に触れた時、確かに「スティール・ユア・ハート」は消失した。
口から大量の血を吐いたにも関わらず、苦痛はなかった。その代わり、世界の何もかもが凍結していく
ような、意識の混濁が彼女の思考を埋め尽くした。
しかし……心地よかった。詳しい事は今でもさっぱり思い出せないが、その感触だけはハッキリとこの
胸に残っている。たとえるなら、冬山で遭難して、思わず眠ってしまうような感じだろうか。
自分は生きていた。石に触れ、自分がしばらくの間は死すべき運命にない事も悟った。
ＳＰＷ財団に囚われていた当初は、いくら念じてもスタンドは現れなかったし、見る事すらできなかった。
だが……いつからか、再び……あの大蛇はグロリアの下に戻ってきた。
但し以前とは違い、自分に『欲望』のフレーズを囁く事もなかったし、本体である自分に取って代わろう
とする事もなくなっていた。グロリアは、己のスタンドを完全に我が物としたのである。
（承太郎のヤツに言わせれば、こんなあたしでも『成長した』って事になるのかしら……）
承太郎だけは気づいていた。彼女のスタンドの復活を。ほんの数分の会話であっさりと見抜いた。
ところが、承太郎はその事実をＳＰＷ財団に報告しようとはしなかった。
グロリア自身も、彼の行動の真意を測りかねた。
（あたしのスタンドを、秘密裏に何かの目的のため利用しよーとでも思ってたのか……
ま、今はそんな事どーでもいーわ。さっさとこの別荘から脱出しないと……）
グロリアの思考は、激しい衝撃によって中断された。
バヂィッ！！
「ぎゃふゥげッッ！！」
踏み出した足から伝った、電撃が全身を駆け抜けるような痛みに、思わず転倒してしまう。
「痛ッつ〜〜〜〜……な、何よ今のはッ…………！？」
「アッハハハハハハ……！」
甲高い女の笑い声が、廊下の奥から響いてきた。
「派手にすっ転んだものねェ！ やっぱ年増って人種は、運動不足が祟って更年期障害ってのに悩まされて
んのかしらね？」
出会い頭の先制口撃。こめかみが震え、頬が引きつる。
（吐き気をもよおす毒舌とはッ！
『てめェにゃ言われたかねーよ』ってヤツに自分の欠点をツッコまれる事だッ！）
グロリアは態勢を整えると、どうにか穏便に（と自分では思う）言葉を返した。
「あらァ〜……年増で何か悪いコトでもあるのかしらァ？
見たところ、アンタも人の事とやかく言えた義理じゃあない……
そーとーな『オバサン』なんじゃねーの？ ヒャハハ……」
言いかけ、グロリアはギョッとした。
「ざけてンじゃねーぞッこのビチグソがッ！
閉経寸前の××の残りカス同然のクソアマふぜいが、ナメた口たたきおってッ！
このマライア様を敵に回した事……あの世で後悔させてやるよッ！！」
顔面崩壊したかとビビらせるほどの歪んだ面相と、下劣極まりない金切り声。
自分から毒舌をふっかけてきたクセに、その女の自己中心的なヒステリックぶりは、グロリアのそれを
はるかに凌駕していた。
どうもこのマライアという女に『オバサン』は禁句だったようだ。グロリアはちょっぴり後悔した。
（でも、ここで逃げたら……『誇り』が消える……
とゆーか、そんな事したら生涯トラウマ残りそうな気がする……
コイツにだけは絶対負けたくないッ……『女』としてッ！！）
この時グロリアは、今までの人生で初めて……『自ら戦う』決意をした。
しかし、戦闘に全く向かない己のスタンドで、未知数のスタンド使い相手に、どう戦うというのか？
彼女はちっとも考えていなかった……
９．再びザンジバル
……残り十二時間
「ホッホァーッ！ うまくいったぜーッ！ ヌルヌルのヒキガエルどもがァ！」
浅黒い肌をした、軍服姿の男が狂喜の声を張り上げた。軍帽を被らず、刈り上げた頭が剥き出しであり、
稲妻のような剃り込みを入れているのが印象的だ。
彼こそは、ザンジバルに罠を張り、この包囲作戦の全権を「逆位置の悪魔」から担った男……
「逆隠者」のスタンド使いレイジー＝マードックである。
彼の側には、対照的に長髪をたなびかせた無表情の男が音もなく佇んでいる。
「このまま行けば……あんたの出番はねーかもしんねーな。『黒騎士』さんよ」
レイジーは長髪の男に言った。
黒騎士と呼ばれた男は、レイジーを無視して無言のまま歩き出した。
「ホッ、せっかちな奴だなぁ〜……居ても立ってもいられないってか？ よしとけよ」
この男の性格からして、言ったところで聞きはしないだろう。それが分かっていただけに、レイジーは
嘆息しつつも黒騎士についていった。
「どっちがリーダーなんだかわかんねーぜ、これじゃあ……なあ、『ブラフォード』よォ〜？」
困ったように呼びかけてはいたが……「逆隠者」の男の顔には、絶対の自信からくる笑みが張り付いて
いた。
「なッ……いきなりマシンガンの一斉射撃だとォ〜……シャレになってねーぜ、クソッ」
悪態をつき、ミスタは油断なく瓦礫の山と化した倉庫の中を這い進んだ。遮蔽を取り、周囲を見渡し
ながら拳銃を持ち直す。
（あの嬢ちゃんは……暴れて椅子ごと倒れたのが幸いしたか……無事みてーだな。
頼むから悲鳴だけは上げないでくれよ〜……
と、承太郎さんは…………？）
その答えはすぐに出た。承太郎は……少女のすぐ側で、肩を打ち抜かれて倒れていた。
「じょ、承太郎さん！？」
「ミスタか……やれやれだぜ。数秒の間だが、気を失っていたらしい……」
「しっかりしてくれよォー……自分で『伏せろ』って言っておいて……」
「ゲヒヒヒ……もぉテメーらはおしまいだぜ」
またしても「逆位置の力」の男の声。先ほどの一斉射撃のあおりを食らったか、頭が打ち割られて半分
欠けている。まだ口を利けるのが不思議なくらいであった。
「そいつ……『ジョータロー』の能力は……おれが『奪って』やったからなぁ〜」
「！」
「『時を止める』能力か……ウワサどおりの凄まじい『力』だ。
だがおれのスタンド能力は『スタンドパワーを吸収して能力を奪う』事ッ！
一瞬しか触れる事はできなかったが……それでも、キサマの能力は封じられたのさァ！」
「ンだとォ〜……そんなハッタリが通用するとでも思ってんのかッ！」
息巻いてみせたものの、ミスタは焦燥の色を隠せなかった。
承太郎はあの時、少女を庇ったからこそ回避行動が遅れ……そしてヤツの言う通り、「時を止める」能力
が使えなかったからこそ……弾丸をかわす事ができなかったのではないか？
「次にキサマらはこう考えるハズだ……
『本体が死ねば、スタンドも解除され奪われた力も取り戻せるんじゃあないか？』ってな。
……ゲフフ、その推測は半分は当たっている。但し……
おれが死んでも、『逆位置の力』の能力はしばらく持続する……
もっとも、
ほんの30分ほどだがなぁ〜〜〜〜。
だが果たして、キサマらはこれから30分も生き延びられるかな？
そぉ〜だ……もうムダだとは思うが、キサマらにおれたちの目的を教えてやろう。
『槍』だ……槍を封印から解き放つ事……それが我らの主『逆位置の悪魔』の望みなのだァ……
ゲヒッヒヒヒヒ……ひぐっ」
男はびくりと痙攣して、血溜まりに倒れ伏した。絶命したのだ。
承太郎は敵の遺した『槍』という単語を、心の中で反芻していた。
（槍だと……そういえば以前、ドクトル・ホイスという男から聞いた事がある……
ナチスが手に入れた『神殺しの槍』の話を……まさか）
当時は他愛ない与太話の類だと思って、聞き流していたのだが……
もし彼のいう『槍』が実在するとしたら、その場所は……そして、トリッシュもまた、そこに……
「どうやら……この男の役目はオレたちをこの場所に誘い込み、オレの能力を封じる事だったようだな。
まんまと、ヤツらの術中にハマっちまった、って訳か。やれやれ」
承太郎は歯噛みした。だが「時を止める」事ができなくなっただけで、スタンド自体はまだ使えるようだ
……それが、不幸中の幸いか。しかし長年使ってきた能力を、一時とはいえ失う事になってしまったのは、
承太郎の心にかすかな戦慄を覚えさせた。しかも、こんな時に……大きな痛手だ。
10．「逆隠者」の謎
ドガガガガガッ！！
再びマシンガンによる掃射が始まった。
「ミスタ！ ポルナレフをちゃんと持っているな！？」
承太郎は立ち上がりつつそう叫んで振りかえった。同時に銃声。
ミスタが撃ったのだ。そして続けざまに２発、３発！
「行けッ！ セックス・ピストルズ！」
拳銃をおろし、すかさず頭巾からリボルバーに弾丸を補給。
もう片方の手にはしっかりと亀を持っている。
「亀をよこせ……オレが持つ」
承太郎の呼びかけにミスタは振り向きもせず、亀を放ってよこした。
「まずいぜ、承太郎……逃げ道をふさがれたな」
亀の中からポルナレフが顔を出した。
「ポルナレフ、この少女を中に入れてくれ。亀の中なら安全だろう」
「ああ、分かった」
椅子に縛られたまま気絶した少女は、鍵についた水晶の中にある「部屋」に吸い込まれた。
「どうやらプロの傭兵らしい……数は20人以上いるぜ」
偵察のために放ったピストルズたちの報告を受け、ミスタは嘆息した。
特に、最後に戻ってきたNo.6、No.7の言葉が引っかかった。
彼らによれば、傭兵たちの中に『自分たちと目を合わせた』男を、それぞれ発見した、というのだ。
「気をつけろよ、承太郎さん……傭兵どもの中に『二人』、いやそれ以上にスタンド使いが紛れ込んでいる
かもしれねえ……ムッ！」
別の方向から、別の敵の気配がした。
ガアーン！ ガアーン！
ミスタの銃が火を吹く。
「よしとけグイード・ミスタァァァ〜！ ホッ、ホッ……ホーッ！」
敵スタンド使いのあざけり声が響く。次の瞬間、突き進んでいた弾丸が消え去った！
「なッ…………！！」
「俺様のスタンド『逆隠者』は無敵ッ！ お前らは……」
勝ち誇った様子で逆隠者の男が物陰から姿を現す。
「お前らはッ！ ホッ、ホッ……逃げも！ 隠れも！ できないホーッ！」
（何なんだあのヤローは……銃弾をどうやって消しやがったんだッ……！？
それに、無造作にどんどん近づいてきやがる……
軍服なんぞ着てるが、他の傭兵どもとは明らかに違う『自信』みてーなモンを漂わせてやがる……）
「承太郎さん！ ヤツは……只者じゃねえッ！」ミスタは警告を発した。
「確かにマズイな、ポルナレフ、ミスタ……切り抜けるがな」
承太郎はあくまでクールだ。しばし逡巡した後、携帯電話を取り出した。
「どーすんだ？ 承太郎さん……」
「まずは、新たに判明した事実をアヴドゥルに伝える……信頼できる友人だ。
トリッシュはおそらく……『南極』に連れ去られた」
承太郎はそのままアヴドゥルと連絡を取り始めた。
彼の話が終わるまで、逆隠者の男をはじめとした「悪魔」の手先どもの相手は、ミスタが受け持つ必要が
あった。
「やれやれだ……って、承太郎さんの口癖が移っちまった」
毒づきつつ、ミスタは再び銃声をほとばしらせた。
ガァーン！
その軌道は過たず、逆隠者の男の眉間を狙っていた。ところが……
響いたのは、着弾する音ではなく、敵の不気味な笑い声だった。
「ホッ、ホッ……ホーッ！」
ポルナレフは異常に気づいた。
ミスタの全身が、瞬く間に氷に覆われていく！
ビキビキビシィッ！
「うげあッ！」ミスタはたまらず悲鳴を上げた。
間髪入れず、凍った彼の手足に、轟音とともに三つの弾痕が穿たれたッ！
ガーン！ ガーン！ ガーン！
「承太郎！ ミスタが……！」
通話を終えた承太郎は、携帯を胸のポケットにしまうと、ゆっくりと「逆隠者」の男に向かって間合いを
詰めた。
「ホッ、ホッ、抵抗は……よしとけホーッ！」
「やれやれだぜ……」
「時」の能力を封じられた今、承太郎の「スタープラチナ」に残された攻撃手段、それは無論……
オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラーッ！
「逆隠者」のレイジーはほくそ笑んだ。
（ホッホーッ！ 勝った！ 承太郎！ これで貴様の悪運も最期だホーッ！）
「ハア、ハア……ピストルズ、No.5ッ！」
ミスタの呼びかけに応じ、やや頼りなげな顔をしたピストルズが出現する。
「ミスタァ〜……大丈夫カヨォ〜？」
No.5は心配そうに主人を見つめた。だが、先ほどまで彼を覆っていた氷はなくなっており、弾痕のような
３つの負傷だけが残されている。
「オレの事ならよォー……心配はねえ。やっこさん、標的をオレから承太郎さんに変更しやがった。
それより、伝えろNo.5……ヤツの『逆隠者』の能力……ヤバすぎる。
ヤツをこれ以上攻撃しちゃあいけねえ……逃げるんだッ！！」
ミスタの声には鬼気迫る剣幕があった。
中篇につづく
叛逆者たちの狂宴に戻る
この小説は、
Battle08「音石vsマライア」
Battle14「承太郎（四部）vs未起隆」
Battle18「偽テニール船長vs黄の節制の男」
Battle29「トリッシュvsアヴドゥル」
Battle30「仗助vsンドゥール」
の設定を元に、Ｌ氏ーどが好き勝手に（スイマセン）構成しています。
解釈ミスもありますが（あるのか・爆）ご容赦ください。
この小説の掲載を許可してくださったＹＢさんに最大級の謝辞を。
承太郎、ミスタ、ポルナレフ（＋亀）、テニール、マライア、ブラフォード、大友流、逆隠者の男、
グロリアにありがとう！
あと花京院、逆位置の悪魔の男にも。そしてスコリッピの冥福を祈りつつ（笑）
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