Story Tellers from the Coming Generation!
Interactive fighting novel JOJO-CON
叛逆者たちの狂宴・後篇
33．リベンジャーズ・ハンガー
34．意地を張り続けるために
マライアの高笑い。対するグロリアは冷や汗を浮かべて身構えたが……
「フフン……このプール場にも、しっかり『金属製』のモンは用意してあるんだよ……
さっきの『鉄塊』は特注の一品だったけどねえ！」
プール場の周囲には、飛び込み台やビート板、ゴムホースなどがそれとなく配置されていたが……
マライアが指さした先には、クリーム色をしたフェンスがあった。
ギチギチッ、メキィ…………！
「ゲゲッ！」思わず毒づくグロリア。
「ウフフゥ〜……ビニールコーティングされた『金網』ですら……
アンタを『抱きしめたくって』我慢できないよーねェ〜……」
（あのフェンスが引き寄せられてきたら……身動きが取れなくなるッ！ クソッ！）
魔女はマライアに向かって掴みかかろうとしたが、それより金網が引きちぎれる方が早かった。
ブヂブヂブヂィッ！ ドォーンッ！！
グロリアの走るスピードを遥かに上回り、千切れたフェンスは投網のようにグロリアに覆い被さった！
「げぇえェーッ！」
ドガァ！！
金網の勢いになぎ払われ、グロリアの身体は壁に叩きつけられた。
メキメキメキメキ……！
「…………ッ！ がふッ、あ、あァッ……あぐッ……」
それだけでは終わらない。フェンスはなおもグロリアの「磁力」に引き付けられ、彼女の全身を容赦なく締め上げる。
「今度こそ『チェック・メイト』ねェ……その金網はおまえの身体を八つ裂きにするまで止まらない……
その『黒蛇』のスタンドはただの飾りかい？ どうにか急所はそれで守っているようだが……
もう無理だ。我が『バステト女神』の威力は……おまえのスタンドを圧倒的に上回っているッ！」
グロリアは金網の呪縛に必死に抵抗するが、磁力が強すぎて指一本動かせない。
着ていた黒いレザードレスもところどころ悲鳴を上げて破れ、彼女は口から血ヘドを吐いた。
「…………け、けっこー…………気に入ってたのにねェ……この服……
ブルックのヤツに……カードで買わせた……モノだったけど……」
「あんたさァ〜……今にも死にそーなクセに、そんな呑気なセリフほざいてる場合かい？
少しは命乞いとかしたらどーなのさ！ 今なら許してあげてもいいわよ……フフフフ」
「そーしたいのは……ヤマヤマだけど……
相手がアンタでさえなけりゃあね……ヒャハハハッ！」
グロリアの啖呵に、マライアのこめかみがピクピクと震えだした。
「このビチグソが…………そぉぉんなに死に急ぎたいってワケかい？」
「まっぴら、ゴメン……そろそろ、あたしの逆転シーン、ってヤツなのよ……」
「ハンッ！」マライアは鼻で笑い飛ばした。
「少年マンガや映画じゃあないんだ。絶体絶命に陥りゃあ、都合よく逆転できるとでも思ってんのかい？
悲しい妄想だねえ！ 助っ人はさっき一回で打ち止めさッ！ おまえはもう独りなんだよッ！」
「……そうねェ〜……ハァ、ハァ……あたし、独りで……『逆転』しないとねェ……」
「やれるのかい？ そんなナリで！」
「……この部屋の上の廊下に……たくさん、彫刻があったのよねェ〜……」
グロリアの含み笑いに、マライアの態度がわずかに硬化した。
「アンタが……尻尾を巻いて逃げた後……あたしが『何も手をつけなかった』と……思う？」
「まさかッ…………」
「さて……ここで問題。あたしが蘇らせた……『彫刻』はなんでしょう……てかァ？」
35．灰と月の攻防
「そいつァ悪かったなァーーー……おにいちゃん。いや、流くんよォ〜」
テニールの顔は、相変わらず笑みがへばりついたままだ。自分の優位を微塵も疑っていない。
「でもなぁ……強がった口を利いたところで、このピンチをどぉーやって切り抜けるね？
オレはおめーさんの能力についちゃあ、よぉーく知ってるつもりだぜ……
お前の『灰』は、触れたものすべてを焼き尽くす……そうだろ？
たとえ水中でもその能力は……弱まりはするだろーが、まったく使えねーワケじゃあねえ。
さすがのオレも、くらったらタダじゃあ済まねーだろう。これ以上火傷も増やしたくねーしな。
だから……オレはお前を……『近づけない』」
「！」
テニールのスタンド「ダークブルー・ムーン」の両腕が、小刻みな動作によって次々と渦を生み出す！
（くッ…………身動きが取れないッ！？）
「オレのスタンドが今作り出している渦は……お前をそこに固定するためのモノだ。
そして……てめーの全身はオレの放つ『ウロコのカッター』や『フジツボ』に切り刻まれ、エネルギーを吸収され……最期にはプールのゴミと化すわけだ……ククク！ ヒヒヒ！」
プッ！ シュッ！ パシュッ！ ザグゥッ！
流の身体は……少しずつではあるが、着実に……その傷を増やしていった。
「おとくいのスタンドで焼くかい？ クク……好きなだけ焼くがいいさ。オレは痛くも痒くもねえ。
だがおめーさんのスタンドは違う。能力を使えば使うほど……自分の身体も焼いちまうっつー弱点がある……どのみち苦しみながら死ぬ事になるよなァ〜〜〜〜……」
（何から何まで計算づく、ってわけか……やれやれだね）
流は考えた。このままでは、じわじわと攻め立てられ、細切れになってしまうだろう。
反撃は至難の業だ。ヤツの言う通り、水中ではアッシュのパワーも半減する。
度重なる「能力」の使用で、流の肉体もまた、限界が近づきつつあった。
（ヤツを仕留められるほどのパワーを出せるのは……せいぜいあと一、二回が限度……
そのチャンスが訪れるまで……俺の身体がもつかどうか……）
目の前の敵を倒す。地上にいるグロリアも助ける。
両方やらなくちゃあならないのが「ヒーロー」のつらいところだ。
覚悟はできてるか？ ま、しなくちゃあいけないんだがね……
36．灰色絨毯
魔女グロリアは歪みきった笑みを浮かべていた。
フェンスの網によって窒息寸前だというのに、この余裕！
人をこき下ろすためなら、死ぬ間際まで相手を罵り続ける「意地悪婆さん」タイプだッ！
「いろいろ……あったわよォ〜〜。熊とかライオンとかさァ〜〜〜〜……」
「フ、フン！ 一体何を蘇らせたっていうのさ！？」
「それは、ねェ…………」
マライアは悪い予感がして、先ほどアッシュによってくり抜かれた天井の穴を見上げた。
そこから、バラバラと小さな無数の物体が舞い降りてくる。
それらは次々と床に着地すると、チューチューと耳障りな鳴き声を上げつつ、我先にとマライアへ向かって突進してくる。
ドブネズミの大群だ！
「ヒャハッ……なぜか『ネズミの群れ』なんつー都合のいい彫刻があったから……利用しやすかったわ。
何しろ『宝玉』１個で全部生き返ったからねェ！
そいつらは知性が低いから、あたしの命令どーりに動くのよッ！
アンタのノドブエ掻っ切ってくるよーに……ってねッ！ ヒャ〜ハハッ！」
ネズミの群れは、凶暴そうな形相を見せつつマライアに殺到していく！
それは灰色の絨毯が不気味に蠢いているかのようでもあった。
「くうッ…………！ このビチグソがァ……」
「さ〜マライアちゃん！ お得意の『コンセント』でそいつらを磁石にしてみなッ！
たとえ20個コンセントがあったところで、おっつかねーだろーけどなァッ！」
今度はグロリアが勝ち誇った。だが……マライアの表情はすぐに一変した。
「なァ〜んてね。フフ……」
「！」
「この程度の攻撃で、このマライア様がビビり上がるとでも思ってんのかいッ！
予想してたわよ……あんたが上にある彫像を利用してくる事くらいねえ！」
マライアは言うが早いか、傍らのゴムホースを手に取って床に向けて放水した。
かなり広範囲に噴射されたが、ネズミたちは機敏な動作で直撃を避け続ける。
「……何かと思えば……そんな水撒きくらいで……しかもハズれてんじゃない……」
「確かに……てめーのネズミどもは水くらいモノともせずに向かってくる……でもそこが狙いッ！」
バッヂィィィッ！！
回線がショートしたような轟音とともに、水溜りを走っていたネズミたちは皆、ひっくり返って痙攣してしまった。
「なッ…………一体何がッ！」驚愕するグロリア。
「簡単な事……撒いた水に直接『バステト女神』を発動させたのさッ！
あたしのスタンドの磁力発生ショックは、人間相手ならシビれるだけだが……ネズミ程度なら十分気絶させられるんだよ！」
「ア、アンタは何で平気なのよッ！ 水溜りに足浸けてんじゃない……」
「ハンッ！……『備えあれば憂いナシ』って言葉を知らないのかいッ！
こーゆー事もあろーかと、あたしのブーツは特殊ゴム製の絶縁体なのさァ！」
「くゥッ……なんて事……あたしのカワイーネズミちゃんたちがッ……」
「畜生なんぞよりてめーの心配をしなよッ！ あれを見てみなッ！」
今度のマライアが示した先は、フェンスのあった場所の正反対にある……飛び込み台があった。
ガタン！ ガタガタガタガタッ……！
足元から不吉な音を立てて揺れ動いている。グロリアの磁力に反応し、床の止め具が壊れかかっているようだ。
「さっきの甲冑ほどじゃあないけど……あんたの磁力が強力になった分、状況は絶望的ッ！
今度こそゲームオーバー……覚悟するんだねえ！ アーッハッハッハッハッハ！！」
37．以心伝心
流は懸命にアッシュを操り、襲いくるウロコやフジツボを辛抱強く焼き払っていたが……
その度に、彼の肉体は黒鉛のような色に染まっていく。
「ククク……それ以上スタンドを使っちゃあよォーー……
二度と身体は使い物にならなくなるんじゃねーのか？」
テニールの小馬鹿にしたような言葉に、流も……力尽きたか、観念したか……抵抗をやめた。
「ヒヒ、いい子だ……それでいい。
勝手に自滅されちゃあ、オレの怒りは収まりがつかねー。
せめて、このオレの手で……苦しんで、苦しんで、苦しみ抜いてくれねーとなァ！」
「まったく……あんたの話を聞いてると、とことん胸クソ悪くなるな。
どうしてそう、自分に都合のいい解釈ができるんだか」
「何ィ？」訝しむテニール。
「俺が抵抗をやめたのは、諦めたからなんかじゃあない……
『機』は熟した、って事さ。あとは……合図を待つばかり、ってヤツだね」
「……どういう事だ？」
「俺のアッシュは、灰のスタンドってだけあって……その姿は不安定。殴る蹴るといった直接的なパワーはないに等しい。自分の身体をキズつけて生み出す『熱』だけが唯一の攻撃手段だ……
だが、欠点ばかりでもない。『灰』のビジョンってのは、それなりにメリットがあるのさ」
テニールはようやく気づいた。
流の腕から、アッシュの断片が……静かに、少しずつ……水中を泳いでいる事に。
「おまえ…………何をしているッ」
テニールの詰問に、流はキズだらけになりつつもニイッと凄絶に笑ってみせた。
「あんたの生み出した『渦』……抜け道があったな。
俺を渦の中に閉じ込めるのが目的だけあって、上下はけっこースカスカだ。
それでも、これだけ深いプールだ。素直に潜ったり水面に向かおうとすれば、水圧差で容易にダメージを受けてしまう……
だが俺の『アッシュ』なら……そんな事、関係ないんだよな」
テニールは狼狽した。
（まさかアッシュの灰を……気づかれないよう、プールの底に落としていたのかッ！ そんな……）
38．奥の『手』！
「さあ……祈るんだねェ『神サマ』にでもッ！ 『天国に行けますよーに』ってさァ！
所詮、あんたみたいなカス能力のスタンド使いは……
あたしには敵わないって事を思い知りやがれーッ！！」
ネズミが全滅し、ショックを受けたグロリアは……絶望のあまり泣き出しそうな顔になり……
「なーんてね、フフ……」
「！？（あたしのセリフをパクりやがったッ）」
魔女は息も絶え絶えになりながらも……なお虚勢を張るのをやめなかった。
「ネズミは……最初っからオトリよ……あたし、宝玉は『３つ』持ってたんだから。
残りの２つは……今、あたしの手元にはない……どうしたと、思う？」
「な、何だとォ〜〜〜〜」
マライアはキョロキョロと周囲を見渡した。すぐには怪しいモノは発見できなかったが……
パラパラパラ……
どこからか……粉を撒いたような微かな音が聞こえてきた。
瓦礫の砂か？ マライアは再び天井を見上げた。
「んなッ…………」マライアは硬直した。
奇妙な光景だった。マライアの頭上に「手」が……左右一本ずつ、計二本の手が、天井のパイプにぶら下がっていたのだ。
（何だっけ、アレ……確か、昔テレビでやってた『アダムス・ファミリー』とかいうドラマに……
『手』だけで動き回る召使いなんてキャラがいたっけか……？）
放心するあまり、全く関係のない事を連想してしまう。
そんな彼女に、グロリアは言い放った。
「『人の手』の彫刻にも、魂を吹き込んでおいたのよ……おかげで、宝玉は使い切ったけどねェ〜」
「ハ、ハン……何かと思えば、あんなちっぽけな手に、一体何ができるってのさ……」
「『手』をバカにしちゃ〜いけないわ……人体でも一番器用な芸当ができる箇所なんだから……
まだ分からない？ 今、『手』が何をバラ撒いているのか……」
マライアは異常に気づいた。
手から振り撒かれている『黒い粉』は……不思議な事に、ホコリのようにフワフワと空中に浮かんで、地面に落ちる事がない。
「まッ、まさか……バカな……」
「流ちゃんがプールに引きずり込まれる前に置いていってくれた、アッシュの『灰』よ……
理解できた？ これが……一体どういう事か」
完全に恐慌し、マライアはあたふたとその場を離れようとした。
「今だよッ！ 『スティール・ユア・ハート』ッ！！」
グロリアは防御のために用いていた己のスタンドを引っ込め、そして自分から離れた位置に再び出現させた。
グワッシィッ！！
フェンスの金網は意思を持ったように、ガードを失った彼女の身体をすかさず拘束し、さらに強い力でねじり上げようとする！
さらに、飛び込み台の金具も砕け散り、支えを失った物体はまっすぐグロリアに飛びかかってきた！
「がフッ！ がッ…………！！」
金網の束縛と苦痛だけでも悶絶しそうになる。だが、グロリアは耐えた。
あと二秒と経たない内に、飛び込み台と激突してしまう。そうなれば……彼女には死あるのみ。
（ま……まだ、気ィ失っちゃあいけないッ……流に『合図』を送るまではッ……！
行け、スティール・ユア・ハート……！ 伝えるのよッ！ 急いでッ！）
紅い眼をした黒蛇は、意外に俊敏な動きで床を這い進んだ。
そして、近くにあった大きな瓦礫を口にくわえ、勢いよくプールの中へと放り込む！
ドブンッ！
一方プールの中では……
気泡を上げて沈んでいくコンクリートの塊を確認し、流は『覚悟』を決めた。
「『合図』が来た……こいつをやると、俺もただじゃあ済まないんだが……
『命』には代えられないな…………『アッシュ』！ はじけろォォォォッ！！」
刹那。
プールの水底。そして地下室の中空……二箇所で同時に爆音が響き渡った！
39．果てるとき
マライアは『粉塵爆発』について、多少なりとも知識があった。
そして『手』がバラ撒いたアッシュの灰の量はそれほど多くはなく、むしろ微量だった。
この２つの要素は、マライアにとって不幸中の幸いだった。
すでに逃げ腰で爆発の中心に背を向けていた事と、灰の爆発はごく小規模であったお陰で、彼女は全身を焼かれて即死する事なく、爆風に吹っ飛ばされただけで済んだ。
マライアは壁に勢いよく激突し、後頭部を強打して気絶した。
と同時に、バステト女神の磁力は解け、絡み付いていたフェンスの縛めも解かれた。空中を疾走していた飛び込み台も失速し、プールの中に沈んだ。
そしてグロリアだが……彼女もまた、気絶していた。
ネズミや手も、今はもう元の彫刻の残骸へと戻ってしまっている。
流へのメッセージを送った時点で力尽き、気を失ってしまったのだろう。
だが彼女の顔は、満足そうに微笑んでいた。
グロリア（スタンド：スティール・ユア・ハート）……気絶
マライア（スタンド：バステト女神）……気絶
RESULT:DRAW（痛み分け）
マライアとグロリアは……テニールに比べれば、まだ幸運と言えた。
テニールのプールは、底の排水栓をアッシュの灰で塵にされ……中の水は万有引力の法則に従い、怒涛の勢いで穴の中へと吸い込まれていく！
「ぐ……がッががががッガボッ……！！」
こうなってしまっては、テニールの作り出した渦など無意味である。
何しろ向こうはプール全体を支配する竜巻！
「ダークブルー・ムーン」の能力を以ってしても、水の猛威の抱擁から逃れる事はできなかった。
「キ……貴様ァ……！ 最初から、これを狙ってッ……！！」
（『渦』に流され続ければ……やがて２つの点は『ひとつ』となるッ！）
流がテニールに近づくために仕掛ける事ができた、唯一の……そして危険な賭けであった。
凄まじいスピードで２人の身体が急接近する！
「いいだろうッ……グボボッ！ 積年の恨み、今晴らしてくれるッ！
くらえ！ 我がダークブルー・ムーンのスクリューよりもシャープなカッターをッ……」
テニールは意を決し、スタンドによって直接、流を切り刻もうとした……
だが、水流に逆らったダークブルー・ムーンの腕より、勢いに乗った流のスタンドの動きの方が速い！
アッシュの灰が……テニールに触れ、高熱を発する！
「うぐおおおおおおッ！！ お、おのれェ流ッ……！
何故だ！ 何故ここまでのパワーが出せるッ！？ 貴様の身体……もう限界を越えているはずッ！
貴様……命が惜しくないのかッ！？」
「さあね……なんでだろう。ここまで必死になれるのは……
正直、俺も不思議なんだ」
気の狂いそうな痛みを堪え、テニールは腕を流の脳天に振り下ろそうとした。
「まだ……まだだッ！ オレの身体が焼き尽くされる前に、キサマをッ…………！」
だが彼の自慢のカッターは、１秒ともたずに消し炭と化した！
「な、何だとぉぉぉぉッ！？」
「もう無駄だ……決着はついてる。
あんたは勘違いしているようだが……俺のアッシュの能力は『炎』じゃあない。
灰に触れたものを、問答無用で灰燼に帰す……それが本領だッ！」
バガアァァンッ！！
アッシュに晒されたテニールの肉体は……一瞬にして燃え尽き、その灰はすぐさま渦に飲み込まれて見えなくなった。
「……とりあえず……やっと、終わった……
ムチャ、しすぎたなァ……もう、指一本動かせないや……ハハ……」
限界まで黒ずんだ全身を見て、流はぼんやりと考えていた。
テニールのあの『目』……最期の最期まで憎悪に歪んでいた。復讐を諦めようとはしなかった。
見ているだけで、呪い殺されかねないほどの『凶眼』であった。
（人間ってヤツは……狂気に取り憑かれてまでも、何かに執着し、成し遂げたいと思うものなんだろうか……いや、案外俺も……ヤツと同類なのかもな……）
流がグロリアを命がけで守った理由。彼が今まで、見ず知らずの弱者を守り続けてきた理由。
それは、過去に守り抜く事のできなかった……一人の女性のためであった。
（今までも俺は……『あいつ』の幻影ばかりを追って、生きてきた……
これからもずっと、そうなのか？ そうしなければ……生きていけないのか？）
流の答えなき自問は……その意識が途絶える事によって中断された。
キャプテン・テニール（スタンド：ダークブルー・ムーン）……死亡
大友 流（スタンド：アッシュ）……勝利！
40．逃亡の条件
虚しく一定の機械音を繰り返す受話器を見据え、ブルックはアンドリューに告げた。
「マライアさんとの連絡が、途絶えました」
「彼女とテニールは……敗北を喫したと？」
「どうやら、そのようですねえ……ハハハ」
ブルックは特に残念そうな様子もなく、乾いた笑い声を上げた。
「カール・ハイゼンハンガーは『トリッシュ』を連れ南極へ航行中。
レイジーらの報告に拠れば、ブラフォードとエリスは『特に異常もなく』作戦に同行しているとの事。
すべては予定通り……今のところ問題はない」
アンドリューは淡々と状況を述べ、椅子から立ち上がった。
「だがこの『別荘』は……ＳＰＷ財団に雇われた男が来ている事からも分かる通り、いずれ徹底的に捜索の手が伸びてしまうだろう。
奴の増援が来るまでに、ここは離れねばならんな」
「……その必要はありませんよ」突如、ブルックが冷ややかに言った。
「？ どういう意味だ、それは……」
「ここを脱出するのは、僕一人です。あなたには……ここに残ってもらわねばなりません。
『死体』となって、ね」
ドスッ！
ブルックは軽薄な笑みを浮かべたまま……「逆法皇」の切っ先を繰り出した。
呆気に取られたアンドリューは抵抗する暇もなく……眉間を貫かれた！
「うぐッ……！ ブルック、貴様ァ…………！！」
ビクビクと痙攣するアンドリュー。ブルックは耳元まで近寄り、小声で何事かを囁いた。
彼の言葉が終わる頃には……
「……さあ、あなたはもう用済みです」
「わたしは……ようずみ……」
「この拳銃を持ってください」
「けんじゅう……もって……」
アンドリューは退行催眠をかけられてしまったように……ブルックの言葉に従うのみ。
「こめかみを撃ち、自殺するのです。それで、あなたの役目は終わり……」
「こめかみ……うつ……やくめ……おわる…………ヒヒ、ヒヒヒホホヒヒ…………！」
数分後、乾いた銃声が部屋から響く頃には……そこにブルックの姿はなかった。
41．報酬
グロリアは、激しい嘔吐感と苦痛で目を覚ました。
「うっく……ゲホッ！ ゲホッゲボォォ……」
口の中の異物を吐き出し、瓦礫やフェンスの残骸を押しのけ……どうにか立ち上がる。
（う〜痛ててて……アバラが何本か折れてるかもしれない……クソッ！
でも生きてる……なんとか、生き残った……助かったんだ、あたし……）
彼女はふと思い出し……キョロキョロと辺りを見回した。
「あれ…………流のヤツは…………？」
水のすっかり抜けた巨大プールの底を覗くと……瓦礫に埋もれ、巨大な排水口の淵に奇跡的に引っかかって気絶している、瀕死の流の姿が見えた。
「ンなッ……何やってんのよアイツッ……！」
グロリアは大慌てで近くにあったロープを引っぱり出し、輪を作って手すりに結びつけてから「スティール・ユア・ハート」を使って底まで運んだ。
大の男ひとりの体重を、プールの上まで引き上げるのは、彼女にとって相当な重労働であった。
「はあっ、はあっ、はあっ……」
着ていた赤いジャンパーすら、見る影もなく黒ずんでしまっている。
「……いつまで寝てンのよ……せっかく助けてやったんだから……
あたしをSPW財団へ連れ戻すんじゃなかったの？ 生き返りなさいよッ……！」
どうしてだろう。グロリアは感情を抑えられなかった。
こんな、出会って数分も経っていない……キザったらしい男なんかのために。
彼女の内に熱いものが込み上げてきた時……僅かに流の指が動いた。
「！」
「…………はは。そう簡単に……くたばらせちゃあ……くれないみたいだ…………」
流は蚊の鳴くようなか細い声で……皮肉げに笑ってみせた。
「……助けるつもりが……逆に、助けられたってワケか……」
「フン、勘違いしないでよ……あたしは『借り』を返しただけ。
あたしのために身体張ってくれた人間見捨てるほど、落ちぶれちゃあいないわ」
「……ありがとう……」
流の口から自然にこぼれた言葉に、グロリアは少し驚いた顔をした。
「全身、焼いちゃったせいで……傷口はふさがったし、火傷は水がある程度まで抑えてくれた……
でも……限界だ……こーやって、呼吸するだけで……精一杯のようだ……」
「……そんだけ喋れれば、命に別状ないみたいねェ」
グロリアはそっぽを向いた。流に悟られたくなかったのだろう。
「悪いけど……あたしはもう行く事にするわ。
アンタと一緒にいたら、またあの辛気臭い牢獄の生活に逆戻りだし。
幸いアンタは動けない……トンズラするには絶好のチャンスよねェ〜」
「…………そうか…………」流は無感動に呟いた。
「あら……随分と諦めがいいのねェ？」
「戻りたくないのなら……無理矢理『強要』するつもりなんてない……できもしないしね」
その言葉には、悲しげな響きがあった。目の前のグロリアではなく、何か別の……遥か昔に失ってしまったものに語りかけているような、切なさが感じられた。
「ゴメンなさいね……アンタの仕事だったんでしょ？」
「はは……これも成り行きだ……時には失敗だってするさ……」
「でも、財団からの成功報酬は望めないわね……死ぬような目にまで遭ったってのに……」
「……それも仕方ないね……」
「その、お詫びと言っちゃあなんだけど……」
「？」
怪訝そうな流に……グロリアはそっと、唇を重ねた。
一瞬のような、数分間のような……奇妙な時間。
グロリアはくちづけを終えると、二マーッと顔をほころばせた。
「ヒャハッ……こっから先ができないのが残念だけどォ〜」
「……おいおい……」
「じゃーね、流ちゃん……アンタ、なかなかステキだったわよ。
縁があったらまた会いましょ。今度は……プライベートでねェ〜」
足取りも軽やかに立ち去っていく魔女。流はどっと疲れが増したような気がした。
（……グロリア、か……妙ちきりんで、やけにタフな女だったな……
頼んでおいたSPW財団の応援……早く来ないかな……）
あらゆる意味で疲弊してしまった流だったが……この時彼は、自分が「生きている」事の幸運を改めて実感し、その運命に……感謝していた。