26．Life is theater.
老いさらばえた醜い男が、ベッドに横たわっていた。
外は暗く、ひどいどしゃ降りだった。雨によってしたたかに痛めつけられた地面が、茶色い濁流によって埋め尽くされている。その光景を見た者は、さながら地獄の大海原にでも投げ出されたような絶望的な気分になってしまうだろう。
老人のいる暗い部屋の中に、一人の男が入ってきた。黒いローブを纏い、奇妙な形に短く刈り込まれた頭髪。手には分厚い聖書を抱えている。
「……この大雨の中、よく来てくだされた……神父さま」
「何、たまたま昔の『親友』の墓を見舞いに来ていたのです。あなたの懺悔を聞き、聖職者としてお役に立てるのであれば……光栄というものですよ。フォークランド卿」
神父の言葉に、フォークランド卿と呼ばれた老人は弱々しく首を横に振った。
「わしがあなたに聞いてほしいのは……神への『懺悔』ではない……
わしが今抱いている……神への『憎悪』を……『悔恨』を……神に伝えていただきたいのです」
老人は語った。自分はもう余命いくばくもない。なぜ神は自分の命を奪おうとするのか。
自分にはやるべき事がある。孫娘のキャロルを心の底から溺愛している。今日に至るまで、神への祈りを一日たりとも欠かした事はない。
にもかかわらず。
なぜ神は、自分の孫娘に生まれついての不治の病を授けたのか。
なぜ神は、キャロルから暖かい陽の光を奪ったのか。
そしてなぜ、神は自分の命とともに、キャロルの命まで今奪おうとしているのか……
「キャロルは……生まれつき、とても身体が弱い。太陽の光を浴びれば、強いショックを受け死んでしまうだろう。それでなくとも……一月前から原因不明の感染症にかかり命まで危ぶまれているのだ。
できうる事なら、わしが身代わりになりたい。だが神は残酷だ。このわしにまで、重い死病を届けてきおった……」
フォークランド卿はそこまで話すと、苦しげに咳き込んだ。口から微量ながらどす黒い血液が吐き出され、ベッドに汚い染みをつくった。
「このままではわしは、死んでも死にきれん。
神を未来永劫、恨みながら……魂は安息を得る事も叶うまい……」
「お話は分かりました」一部始終を黙って聞いていた神父が、やおら立ち上がり、壁に掛かっていたモノに近づいた。「フォークランド卿……失礼ですがこの『仮面』、どちらで手に入れたので？」
「先月……病にかかる前まで、ちょっとした旅行に出かけておってな。骨董屋で買った安物だよ」
「いえ、わたしはこれを以前見た事がある……」
「？」
「フォークランド卿。『神』に背いてでも……キャロルさんの命、救いたいとお考えですか」
「フン。神なぞアテにはならん……今さら背いたところで……」
「でしたら……あなたとあなたの孫娘の命、この『仮面』で救う事ができますよ」
神父がそれから語った事は、おおよそフォークランド卿の想像力を超えた奇怪な話だった。「石仮面」をかぶった者は、闇の中での生を強要される代償として、永遠の命を授かるというのだ。
「にわかには、信じがたいな……」
「信じる信じないは卿の自由です。そして、決断するのも……あなただ。
わたしにできる事は、あなたに『石仮面』の知識を授ける事と、そして……」
にわかに神父の身体から異形のオーラのようなものが立ち上った。もっとも、フォークランド卿にはそれが何なのか、見る事さえできなかったが。
「あなたの決断を『ほんの少し』後押しするだけ……」
神父の中から飛び出した異形の人影……『スタンド』と呼ばれるもの……は、銀色に輝く円盤のようなものを、フォークランド卿の頭にズブズブと埋め込みはじめた。
「君にハこの『DISC』が良ク似アウだろう……君の物だよ……君ノ『スタンド能力』だ……」
Story Tellers from the Coming Generation!
Interactive fighting novel JOJO-CON
柴犬さんの「ミラション」＆「ナジーブ・マハフーズ」
ＶＳ
蛙男さんの「メッシーナ」＆「レジエ」
| マッチメーカー | ：Ｌ氏ーど |
| バトルステージ | ：白と黒の世界 |
| ストーリーモード | ：Original Joint Match Mode |
双方向対戦小説ジョジョ魂
|
《 これまでのあらすじ 》
|
27．No, it's the money that matters.
| 廊下 | ||
| ミラション | （♀） | ナジーブの秘書。スタンド：取り立て人マリリン・マンソン |
| ナジーブ・マハフーズ | （♂） | 上院議員。与党の最長老。スタンド：セベク神 |
| メッシーナ | （♂） | 波紋法の師範。レジエの師匠 |
| ウィリアム・フィリップス | （♂） | 上院議員。ナジーブのライバル。屍生人 |
メッシーナの目の前に、ミラションのスタンド「取り立て人マリリン・マンソン」が茫洋として立ち塞がる。
「女ッ……まさか貴様までも……スタンド……使いとはッ……！」
「『スタンド』を知っていましたか……」ミラションは邪悪な笑みを浮かべた。
「それはあなたの『心の影』より生じたもの……故に、スタンド能力を持たない者でも見る事はできる」
「取り立て人」の頭部にある料金メーターのようなディスプレイが、カシャカシャとめぐるましく数字を動かしている。
「オ前は『ルール』を破ッタ……『嘘、イカサマは厳禁』トイウ第一の『ルール』に触レタゾ……」
「ミラション君……これがチミのスタンド能力かね？」ナジーブが尋ねた。
「その通りですわ先生……あたしは『取り立て人マリリン・マンソン』と名づけています」
メッシーナはじりじりと後ずさったが、その分「取り立て人」も踏み込んでくる。
「サア……マズは『石仮面』を返シテモラオウカ……」
「ふ、ふざけるなッ貴様ッ！」
メッシーナは「取り立て人」に波紋を見舞おうと攻撃を仕掛けた。ところが……
グニッグニャアッ！！
メッシーナの手はあっさりと「取り立て人」を素通りする。
「！？」
「ワタシはオマエの『心の影』……オマエニワタシを攻撃スル事ハ、デキナイ」
シュバッ！
次の瞬間、「取り立て人」のフックのような手が……メッシーナの持つ石仮面と円筒帽を奪い取った！
「コノ帽子の止め具ノ『黒曜石』……セイゼイ15ポンドってトコロか……」
「ヌ、ウウウウ……！」
見事に禿げ上がった頭に脂汗を浮かべつつ、メッシーナは絶望感に支配されていた。
この「スタンド」には自分の攻撃が一切通用しない。このままでは、どんどん自分の金目の物を根こそぎ奪われていってしまう……！
「どうするツモリだ？ 残り……残り……」
「取り立て人マリリン・マンソン」の口調がそこで止まる。料金メーターは相変わらずひっきりなしに変動している。
「…………？ オイ、どうしたんだ『取り立て人』……」
さしものミラションもこんなトラブルは初めてだったらしい。怪訝そうに尋ねた。
「『石仮面』……この男の価値判断基準デハ、値がツケラレナイ……」
「はあ？ ナニ言ってやがんだてめーッ！」
つい本性を出し、自分のスタンドに罵声を浴びせるミラション。
「ちょっと待てコラ！ 値段つけられないって……それじゃあ『取り立て』できねーじゃねーかッ！」
「勘違いスルナ……『カネ』による価値を計算デキナイだけダ……
コノ男に……『石仮面』ト等価値の品ヲ『思イ浮カベテ』モラエバいい……！」
（な、なんだとッ！ 「思い浮かべた」だけでも取り立てができるのか……このスタンドッ！）
「サア……大切なモノを……思イ浮カベロ……！」
メッシーナの思考が「大切なもの」に行き着いた途端、「取り立て人」はその左手をメッシーナの影の中に潜り込ませていき……そして、中から一掴みの宝石を取り出した！
「バ、バカな……エアサプレーナ島に厳重に保管してあるはずの『赤石』の破片がッ……！」
「『レッド・エイジア』ノ破片……貴様が思イ浮カベタのは、コレで間違いナイな……？」
28．Always.
ナジーブは感じた。胸と腹に、焼けつくような熱さと、風が通り抜けるような冷たさを。同時に。
「ギギハハハハ……ご主人様ッ！」
ナジーブのスタンドから解放され、ありえない方向に首がねじれたゴードンが歓声を上げた。
「キ、貴様は……フォークランド……！」
朦朧となりつつも、ナジーブが振り返ると……そこにはフォークランド卿が立っていた。
パーティー会場で見た時のような、車椅子に乗った弱々しいイメージとはほど遠い。地に足をつけて悠然とその場に立ち構えている。
「貴様、確かに会場で撃たれたはず……」
「わしの『眼』を見れば判るじゃろう？」
フォークランド卿の瞳は……「空裂眼刺驚」を放った衝撃で底の抜けた紙袋のように破れていたが……すぐさま組織が再生し、元に戻る。
「貴様……吸血鬼だったのかッ……！」
ナジーブはガクリと膝をついた。出血が激しい。
「ナジーブ・マハフーズ上院議員」
フォークランド卿は困ったようにかぶりを振った。
「残念ながら、きみのくだらん野望もここまでのようじゃ。その命も、もう尽きようとしておる」
「ふ、ひひひ……これで終わりと思わぬほうがいいぞ……」
ナジーブは凄絶な笑みを浮かべた。
「ワシのスタンド『セベク神』は……ワシを害する者に『呪い』をかけるのじゃ……
ワシを殺せば……貴様らはワシの怨念によって、逃れられぬ苦しみにさいなまれるのじゃ……！」
「それがきみの遺言かね？」
「信じぬならそれでもよい……身を以って……思い知るがいい……！」
ナジーブは最後の力を振り絞って「セベク神」を出現させた。
（吸血鬼だか何だか知らんが、貴様に『スタンド』は見えまいッ！）
「セベク神」がフォークランド卿に向かって拳を繰り出す。しかし……
その攻撃は、あっけなく横にかわされた。
「なッ！？」
「何を驚いている？ ゴードンもスタンド使いだったのだぞ？
わしが『スタンド使い』でないという確証でもあったのかね？ 上院議員」
フォークランド卿は嘲りを含んだ笑みを浮かべ、ナジーブに引導を渡すよう、ゴードンに命じた。
| トイレ | ||
| ポロック | （♂） | SPW財団の理事 |
| ゴードン | （♂） | フォークランド卿の主治医。屍生人。スタンド：グローヴ |
| フォークランド卿 | （♂） | ウィリアムの叔父。吸血鬼。スタンド：〜〜 |
| ナジーブ・マハフーズ | （♂） | 上院議員。与党の最長老。スタンド：セベク神 |
29．We are even, huh.
| パーティー会場 | ||
| レジエ | （♂） | 波紋使い。奥義「波紋黒死蝶」を使う |
| キャロライン・フィリップス | （♀） | ウィリアムの娘。先天性の奇病を持つ。吸血鬼 |
| ミスター・コパーヘッド | （♂） | 美貌の天才イリュージョニスト。屍生人 |
レジエはいくつかの疑問が氷解すると同時に、新たな難問を抱えてしまった。
キャロラインは……疑うべくもなく吸血鬼だ。
だからこそ、危険を顧みずに自分を助ける事ができたのだ。
だがなぜ？ 邪悪であるはずの吸血鬼が……なぜ不倶戴天の宿敵ともいえる「波紋使い」を助ける？
困惑する彼に、かつて師匠であるメッシーナと交わした会話の記憶が蘇った。
「……レジエよ。吸血鬼と対峙したらいかにする？」
「知れた事。邪悪の禍根を断つべく、そのすべてを撃ち滅ぼすのみッ」
ためらう事なく決然と答えるレジエ。メッシーナは弟子のその態度に、ある種の哀れみを感じた。
彼がメッシーナによって見出されたのは……かつて吸血鬼の巣窟と化したあの孤児院の、唯一の生き残りが、他ならぬ幼いレジエだったという経緯があったからだ。
レジエはあの事件によって、吸血鬼にすべてを奪われた。友人も、安らぐ場所も……何もかも。
だからメッシーナには、レジエが吸血鬼を憎む理由が痛いくらいに理解できた。
彼が傑出した波紋使いとなったのも、その才能だけでなく、恨みをバネに一心不乱に修行に打ち込んできた証だといってもいい。
しかし……だからこそ、メッシーナはレジエに知ってもらいたかった。
憎しみに駆られ、振るう拳は憎しみしか生まない事を。
たとえ自ら石仮面をかぶり、怪物に身を貶めた者であろうと、彼らもまた同じ仮面による「犠牲者」であるという事を。
吸血鬼の咆哮が、彼らの哀しみの慟哭に他ならないという事を……
「キャロライン……きみは本当に……」
戸惑いつつも問い質そうとするレジエ。
キャロルは呆然としたまま、その場にへたり込んでいた。
「『本当に』？ 何？ わたしが吸血鬼かって？」
キャロルは自棄になったように声のトーンを上げた。
「『その通り』って言ったら？ どうするんですか？ わたしを消滅させる？ その『波紋』とやらで」
「な、何もそこまでは言ってないッ」
咄嗟に反駁してしまったレジエだったが、すぐに疑問が沸き上がる。
じゃあ、いったい彼女をどうするというのだ？ 彼女は吸血鬼。本人もそう認めている。
助けるのか？ どうやって？ 見逃すのか？ そんな真似はとても……
心の中の葛藤に悩まされたレジエは、キャロルに対して質問した。
「じゃあこっちからも訊こう。なぜわたしを助けた？
キャロラインさん……あなたはわたし達『波紋使い』についても知識はあるようだ。わたしを助けるなど、罠にかかったライオンを助けようとするネズミのようなもの……いったい何故なんだ？」
「それは……あなたなら……『大叔父』様の暴走を止められると、思ったから……」
「大叔父様……フォークランド卿の事か？ どういう事なんだい？」
「大叔父様も『吸血鬼』……そして、停電した時に彼を撃ったのは……わたしなんです」
キャロルの告白に、レジエは自然と彼女に気を許す自分に気づいていた。
彼女に敵意はない。たとえ吸血鬼であったとしても……少なくとも邪悪な存在ではない。
レジエは幼い頃の孤児院の事件のため、吸血鬼には強い敵愾心を抱いていたはずだった。
今までの屍生人に対する攻撃の非情ぶりからも、もし出会えば、メッシーナに言ったように即座に殺そうと考えていた。
だが今は……
「詳しく、聞かせてくれないか……事の真相と、この館でフォークランド卿が何をしようとしているのかを」
レジエの声は穏やかだった。キャロルも意を決し、彼の申し出に頷いた。
30．You'll be wasting your time trying to get her to work as a team.
「……………………はあ？」
ミラションは唖然となった。メッシーナにとって「天井知らず」の価値を持つ石仮面だ。それと等価値のモノとなれば、どんなすごいお宝が出てくるか……彼女は大きな期待を寄せていた。
しかし「取り立て人」が持ってきたモノは、ちっぽけな赤い宝石の……しかも破片ではないか！
（チクショー、なめてんのかッ！ あんな割れた石ッコロが『石仮面』と同じ価値だとォ？
『波紋使い』っつーのは変人の集まりなのかァ？ どーゆー価値観してやがんだよックソッ！）
「コノ『レッド・エイジア』ノ破片ヲ売レバ、『石仮面』ト等価値の借金の代ワリニハナルナ……
コレハ『メッシーナ』オマエ自身が思イ浮カベタ事ダ。
ワタシハオマエの考えで金の場所を知り、必ズ取リ立テル……ソレがワタシノ能力。
貴様は自分タチデ作った『ルール』デ『ルール』ヲ破リ、自分で賭ケニ負ケタノダ」
ミラションの失望とは裏腹に、「取り立て人マリリン・マンソン」は満足げに宣言した。彼女のスタンドの頭部の料金メーター表示は『０ポンド』になっている。
「他ニ何カ……大切なモノの在処ハ思イ浮カバナイカ？ 『赤石』ト取リ替エテヤッテモイイゾ」
「くそ……か、返せ……それを、返せ……！」
「ミスター・メッシーナ……『賭け』を続行しませんこと？」
思い直したのか、ミラションは上機嫌で提案した。
「まだフォークランド卿を狙撃した『犯人』は見つかっていない……こちらは『石仮面』と『赤石の破片』を賭けますわ。あなたが勝てば、この２つをあなたにお返しする……しかし、あなたが負けた場合は……クククク」
ミラションの傍らでは、なぜかナジーブがショックを受けたようにうずくまっていたが、彼女にとって今はそんな事はどうでもいい。
メッシーナは思った。彼女の目的は明らかだ。大方、賭けのレートをつり上げて巨額の利益を上げようと画策しているのであろう。
「賭けに乗れば……この『取り立て人』とやらは消えるのか？」
「ええ、もちろん」
「判った……その『賭け』に乗ろう」
『グッド！！』
「取り立て人マリリン・マンソン」とミラションの声が重なった。
「賭けハ再ビ成立シタ……マタ会オウ諸君ッ！」
そう言いつつ、「取り立て人」はメッシーナの影の中へと沈んでいった。
「さて……これで邪魔な『取り立て人』は消えた……」
メッシーナは不敵な笑みを浮かべつつ、ミラションににじり寄った。
「ミラションとやら……お前のスタンドが出現するのは、賭けに関する時だけのようだな？」
「……バレてしまったからには仕方ないけど、その通りですわ」
「わしは弟子に『スタンド使い』がいてな……多少なら知識はあるぞ。
聞くところによれば、ほとんどのスタンドは……『本体』が気絶すれば、解除されるそうだな」
「何がおっしゃりたいのかしら」憮然とした表情を浮かべるミラション。
「つまりだ……無敵の『取り立て人』さえいなければ、あんたはタダのお嬢さんだって事だ。
気絶すればスタンドも解除され、『赤石』も『石仮面』も戻ってくるッ！
心配するな。殺したりはせん……だがあんたの性格は危険だ。しばらく波紋で眠っていてもらうッ！」
言うが早いか、メッシーナは素早い動作でミラションとの間合いを詰める！
「メッシーナァァァァ〜〜〜〜あんた、頭脳がマヌケか？」
さもおかしげに、ミラションは口元を吊り上げた。
メッシーナがこういう行動に出るだろう事は、とっくに予測していたからだ。
「『賭けのルールその２』を忘れたのかい？
『あたし達４人は、お互いに危害を加えてはならない』ってヤツをよォ〜」
「そんなルール……知らんなッ！」
「たとえ知らなくとも……あなたから何の自衛手段も持たないあたしに攻撃を加える事……ほんの少しでも『良心の呵責』ってヤツを感じない？ 『ちょっとズルイかな〜』とか」
「ふざけるなッ！ そんなもの……ハッ！」
ズキュウウウウム！！
「……フフフン。感じていたようね……」
メッシーナの跳躍は、彼の影の中から伸びてきた両腕によって阻まれた。
31．I was put off by that woman.
（フウ〜〜〜〜ヒヤリとしたが……このジジイは今、完全にあたしの術中にハマったッ！）
ミラションは、ここ久しく感じた事のない満足感に酔いしれていた。
すべては策略だった。あのウィリアムとかいう屍生人を倒した後に石仮面を見せたのも、賭けのルールの提案も、さらなる賭けも……いずれも、メッシーナたちが次に起こすであろう行動を見越しての彼女なりの「仕込み」だった。
まだ館内には怪物どもが巣食っているかもしれないが……その時は借金のカタとして、こいつらに自分を護衛してもらえばいい（もちろん無償で）。もっともメッシーナは、このまま行くと再起不能になるかもしれないが……その時はレジエがいる。ヤツを抱き込めば事足りる。
ミラション自身、こうした「イカサマ」とまではいかなくとも、相手を引っ掛けるためのトリックには、スズメの涙くらいの罪悪感は芽生える事もある（意外に思われるかもしれないが）。
しかし、そんなものは問題ではない。
何故なら……「取り立て人マリリン・マンソン」を使った賭けをする事じたいが、彼女にとって最大のイカサマであるからだ。
様々なルールを取り決め、賭けを実行する。ルールを破った者には、「取り立て人」が容赦なく裁定を下す。しかし……「本体」であるミラションにはそれはない。
ウソをつこうが、イカサマをしようが、「取り立て人」は絶対にミラション自身には危害を及ぼす事はないのだ。それこそが「賭け」に関した能力を持つスタンドの中で「取り立て人」の持つ最大の特徴であり、同時にミラションの狡猾さを象徴するものであった。
再び出現した「取り立て人」が、メッシーナを羽交い絞めにしつつ囁く。
「貴様は再ビ『ルール』を破ッタ……『然るべき報い』を受ケテモラウッ！」
「くッ……もうわしに『金目』のモノなどないぞッ！」
「イヤだねえ。あるじゃあないか……」
底意地の悪い声を上げるミラション。
「メッシーナさんあんた……『エア・サプレーナ島』の最高責任者なんでしょ？ そこの土地と建物の利権とか……いくらでも。ウフフフ」
「！……き、貴様ァァァ〜〜〜〜ッ」
歯噛みするメッシーナ。すると、それまでうずくまっていたナジーブが不意に口を挟んできた。
「ミラション君……もうその辺にしてやってはどうだね」
「ナジーブ先生。おそれながら……あなたとは関係のない事ですわ」
「そうはいかん。この館には……まだ『吸血鬼』が巣食っておる。彼のような優秀な『波紋使い』抜きでは脱出は厳しいぞ」
「心配ありません。再起不能にするつもりはありませんから」
「たとえそうであっても……お主に何もかも奪われ、意気消沈してしまった状態では、本来の実力を発揮できずに不覚を取るやもしれんぞ？」
「うるせーなァ〜くそジジイッ！ つべこべ抜かすんじゃねーッ！」
ミラションは声を荒げた。無論これも作戦だ。
「そんなに止めたけりゃ……腕ずくでやってみなよッ！」
ナジーブの「セベク神」といえど、「取り立て人」を攻撃する事など不可能だ。
たとえミラション自身に攻撃を加えようとしたところで、ナジーブもまた賭けに乗っている。メッシーナの二の舞になる事は火を見るより明らかだろう。
「ホウ、ミラション君……お主……『雇われ秘書』の分際で、このワシに逆らうというのじゃな？」
ナジーブの声が低くなった。心なしか、老人の纏うオーラのようなものが垣間見えた気がした。
90近い老人とは思えぬほどの威圧感である。
「無駄よ……あんたも『賭け』の対象者なんだ……あたしを攻撃しようとすれば、アンタにも『取り立て人』が出現するんだよッ！」
「やってみなければわからんじゃろう……このボンクラめがッ！」
『待ったッ！』
不意に、パーティー会場に通じる廊下から、２人の男女の鋭い声が響いた。
驚いて振り返るナジーブ、ミラション、そして……
「……レジエッ！ それにあんたは確か、キャロライン……？」
思わぬ来訪者の出現に、訝った声を上げるメッシーナ。
レジエは声高に宣告した。
「『賭け』はわたしと師範の勝ちだ。何故なら『フォークランド卿を狙撃した犯人』は……彼女、キャロルに他ならないのだからッ！」
『なッ…………！？』
レジエの意外な発言に、三人の驚愕の声が重なった。
32．Give a come-hither look.
「レジエ……キャロラインが、フォークランド卿狙撃の犯人だと？ 本当なのかッ」
愛弟子の言葉とはいえ、さしものメッシーナにも即座には受け容れがたい事実ではある。
しかし、キャロル自身の証言が、レジエの勝利宣言を確かなものとした。
「レジエさんの言う通りですッ……大叔父様を撃ったのはわたしなんです！」
「バカな……という事はあんたが……」絶句するメッシーナ。
「はい……わたしは『吸血鬼』です」躊躇いながらも、キャロルは自分の素性を明かした。
「キャロル……すまない」
「いいんです、レジエさん……いつまでも隠し通せるような事ではありませんから。
それにッ！ 今はお仲間どうしでいがみ合っている場合ではありませんッ！
『危険』がすぐそこまで迫っているんです！ 大叔父様の目的はあなた達なんですからッ！」
唐突といえば、唐突すぎる急展開に……ミラションは（今度は本気で）声を荒げた。
「コラちょっと待てェーッ！ あたしを無視して何勝手に話を進めてやがんだッ！
てめーらそんなのイカサマだろォーッ！ あたしをハメよーったってそうはいかねーぞッ！
第一、そんなおとなしそーな小娘捕まえて『吸血鬼でござい』なんて信じられ……」
シュゴオオッ！ ドガドガッ！！
ミラションの言葉は、前触れもなく発射されたキャロルの「空裂眼刺驚」によって断ち切られた。
彼女の頭上の壁に、２つの大きな風穴が空いた。
「ひうッ…………！」
「……これで、信じていただけました？」呆れたように問うキャロル。
「ミラション君……いい加減、空気を読みたまえ」ナジーブが諭すように言った。
「彼女の言う通りじゃ。今は皆で力を合わせる時じゃろう。
『賭け』も終わった。メッシーナさん達の勝ちじゃ」
ナジーブの言う通り……メッシーナを抑えつけていた「取り立て人」もいつの間にかいなくなっていた。
「これ以上波風立てる気なら……ワシの『セベクの呪い』で、お主の身体をどんどんハーフサイズに小さくしてやってもいいんじゃぞ？」
「ヒイイイ寸胴はイヤァ！！……分かりました、従いますゥゥゥ〜〜〜……」
キャロル、ナジーブに立て続けに脅され、さすがのミラションもとうとう観念した。
33．You're brutally frank.
降参し、平謝りに謝るミラションと話をつけた後、メッシーナにはひとつの疑問が持ち上がった。
「ナジーブ上院議員……あんたは言った。『この館にはまだ吸血鬼が巣食っている』と」
「ン？ そんな事言ったかのう〜〜〜〜。おるかもしれんかったじゃろ、あの状況では……
現にそこのキャロルちゃんは吸血鬼じゃ」
臆面もなく言ってのけるナジーブ。キャロルの顔が少しこわばった。
「いや。『いるかもしれない』じゃあない。確かに『いる』と……あんたは断定した。
しかも、キャロルがレジエと現れ、自分とフォークランド卿が吸血鬼であると告白する前に、だ。
どういう事なのか……ご説明いただきたい」
有無を言わせぬ剣幕のメッシーナに、ナジーブもやれやれと肩をすくめた。
「お主も耳ざといのォ〜〜〜〜将来探偵にでも転向したらどうじゃ？
確かに、メッシーナさんの言うとおり……ワシはあの時点で吸血鬼がおる事を知っておった。
何故なら……ワシの『大事な分身』が……たった今殺されたからじゃよ……」
ナジーブが涙声になると……彼の胸と胴に10円玉ほどの穴が空き、そこから血が吹き出す。
いきなりの光景にミラションが「ヒッ」と身をたじろいだ。
「ワシのスタンド『セベク神』は……自分自身を分裂させる事もできる……ワシはもうひとりの分身に別行動を取らせ、この館を探っておったのじゃ。
じゃが運悪く、捕らえられ殺された……身体にこんなキズを負ってのゥ〜〜〜〜」
「その『分身』は……あなたに直接情報を伝える事ができるのか？」
レジエの問いに、ナジーブは平静に戻ってから答えた。
「『死んだ』感覚は伝わる……望むなら、このように『聖痕』を残して状況を再現する事も可能じゃ。
じゃが詳しい情報は、死ぬ間際まで取得していたモノまでしか判らぬ。
そのために『セベクの呪い』があるのじゃがな」
「セベクの呪いって……何ですか？」キャロルが疑問を口にした。
「ワシを殺した不届き者に自動（オート）で呪いをかける、我がスタンド独特のシステムじゃよ、お嬢ちゃん……いや、吸血鬼ならそれらしく女吸血鬼（ドラキュリーナ）と呼んだほうがえーか？」
「やめろ」レジエがきっぱりと断った。「彼女を怪物扱いするな」
不機嫌なレジエに対し、ナジーブは鼻を鳴らして「すまんね」と詫びた。
「具体的な『呪い』の内容じゃが……ワシを殺した相手を一日で１／２サイズ、二日で１／４サイズ……と、徐々に徐々に身体を分裂させていくのじゃ」
「悪趣味だな」とレジエ。
「分かっとらんのゥお若いの。じゃからこそ『呪い』なのじゃよ」
ナジーブは歯を見せてニカッと笑った。
「ともかく……これで分かってもらえたかの？ ワシもスタンド使いのはしくれ、おいそれと自分の能力をバラすわけにはいかんかったのじゃ。メッシーナさんも、そこのところは理解してくれるじゃろ？」
「…………ああ」メッシーナも頷くしかすべがない。
「さて、そんな事よりも……問題は、いかに力を合わせ、フォークランド卿を倒すかじゃな」
しかし、ナジーブの取り上げた問題に、キャロルが異を唱えた。
「だ、ダメですッ……大叔父様と戦うなんて……それより、この館から逃げたほうがいいです」
「なんじゃ、お嬢ちゃん……ワシらに協力してくれるというのはウソじゃったのか？
吸血鬼とはいえ、やっぱり血の繋がった大叔父さんを殺すのは忍びないと見えるの」
「そ……そんなんじゃあありませんッ」真っ赤になって否定するキャロル。
「そーじゃったの……確か大叔父さんを狙撃したのは、他ならぬキャロルちゃんじゃった……そーじゃったな、若いの？」
ナジーブが話を振るが、レジエは答えない。
「そーなってくると疑問が湧いてくる……同じ『吸血鬼』のお主とフォークランド卿が、なぜ仲間割れをしたんじゃ？ おそらく、石仮面を手に入れた５年間、いっしょに暮らしておったのじゃろう？」
「それは……」
キャロルがナジーブの問いに答えようとした矢先、レジエが不意に叫んだ。
「メッシーナ師範ッ！……何かが来ますッ」
見れば、いつの間に撒いたのか……レジエの辞書のページの破片が、メッシーナたち５人の周囲に漂っている。レジエお得意の「生命探知」の波紋だ。
「ナジーブ・マハフーズ上院議員……あなたはとてもいい質問をしてくれた……
わしも是非聞きたい……なぜなんだい？ 愛しのキャァァーーーーロル…………」
不意に轟いた……フォークランド卿の不気味な声。
戦慄という名の冷たい舌が、メッシーナ達の背筋をいやらしく舐めていった……
34．What's done is done. It's water under the bridge.
パアーン！ バリーン！
いきなり廊下の照明が全て割れ、周囲は暗闇に覆われた。
「なぜ……わたしを撃ったりしたんだい？ キャロル」
フォークランド卿の声が問い続ける。
「もう……こんな事、イヤよ……終わりにしたいの！」
キャロルは悲鳴を上げるように叫んだ。
「この生活に飽きたのかね？ 悪い子だ……
我らにはもう、この闇の中に生きるすべしか残されていないというのに……」
赤子をあやすように、優しく声をかけるフォークランド。
「あまりのショックに動転したんだろうキャロル？ なんとなく判るぞ。
まさか、ウィリアムのヤツが石仮面を持ち出そうとするなんてな……
しかもその目的が……自ら吸血鬼になるためではなく、キャロル。お前を助けるためだったとは……」
「？ それはどういう事だ……？」メッシーナが訝った。
「お父様は……わたしがもうすぐ死ぬと思って……『石仮面』をかぶって生き永らえるように説得してきたんです。わたしを失うのは耐えられないって……」
「ゴードンが偽って書いたニセの診断書とも知らずにな」とフォークランド。
「ウィリアムは何ひとつ知らなかった……わしも、キャロルも……とっくの昔に永遠の命を授かっていた事を。滑稽だったよ。吸血鬼相手に石仮面をかぶるように勧めるなんてなあ……ヒヒヒハハ……！！」
「まさか、それでウィリアムをッ……！」
憤激するメッシーナに、フォークランド卿は得意げに語った。
「その通り……しつこくキャロルに迫るものだから、お仕置きしてやったのさ。
そして、わしの忠実な下僕とするために、屍生人にしてやった……
しかし……あの後、キャロルの取った行動は意外だったなぁ〜〜。
石仮面をひったくったかと思えば、一目散に逃げ出していった……」
「石仮面は……危険すぎます。レジエさん達に渡したほうがいいと思って……」
「余計な真似をッ！」
フォークランド卿の一喝に、キャロルは稲妻に打たれたように立ちすくんだ。
「……キャロル。今から起こる『惨劇』は、お前が招いたものだ……
お前が余計な知恵を働かせて、石仮面を持ち逃げしなければ、わしはウィリアムに石仮面の捜索を命じる事はなかったし、ヤツ自身もムザムザ『波紋使い』ごときの手にかかる事もなかった。
わしが『始末』するのは、そこにおる『波紋使い二人だけでよかった』のだ。
ナジーブ上院議員やその秘書は、本来なら見逃すはずだったのだ……
なのにお前がわしを撃ったりするから、一時的に屍生人どもは指揮系統を失い、無秩序に暴れ出して騒ぎは大きくなってしまった……」
ビシッ！ バキィ！！
「ムッ！」
突如廊下の左右の壁が崩れ落ちた。そして中から……無数の屍生人たちが姿を現した！
『MOBAAAAAHHHHHHHHH!!!!』
「この数、この絶叫……！ まさか、財界人たちにまでッ……！」
レジエは唇を噛んだ。
「気をつけろ、レジエ……もしそうなら、屍生人どもの数はこんなものではないッ」
メッシーナも呼びかけ、弟子と共に警戒を強める。
（真っ暗闇だってのに、よく周囲の状況把握できるわねぇ……）
ピンチだというのに、ミラションの考えは緊張感に欠けていた。
「言ったじゃろう？ 『この館のＳＰは皆、わしの信頼する者たち』だと。
ヤツらが見張っている限り……この館を生きて脱出する事など不可能なのだよ……ククククッ」
「となれば……フォークランド卿。やはりお主を倒して出るしかないようじゃな……」
ナジーブも静かにスタンドを出現させ、「セベク神」の目で暗闇を見通す。
「何しろ、お主には『ワシ』を殺された恨みがあるでのゥ……覚悟はできておろうな？」
「フハハハハッ！ 上院議員。そんな陳腐な文句でわしを脅しているつもりかね？」
フォークランド卿の哄笑が響いた。
「おおかた、そこの『波紋使い』どもの能力をアテにしているんだろうが……だとしたら、お前たちは正真正銘の大マヌケという事になる。脱出は『絶望的』どころか『不可能』と言わざるを得ないなァ……
もっとも、わしももはや『フォークランド卿であり続ける』事は不可能だろう。
済んだ事は仕方がない。となれば手はひとつ……
目撃者全員を抹殺しッ！ わしはキャロルと共に地に潜るッ！！」
吸血鬼の号令一下、亡者の群れがメッシーナ達に襲い掛かった！
35．I'll screw him.
『UUUUUUVOOOOOOOHHHHHHH!!!!』
殺到する屍生人の群れ。レジエはいささかもひるまない。
「……大口を叩いた割には、単なる屍生人による『人海戦術』か？」
「ヒいいいいい！ 来る！ 来るゥ！ 屍生人たちがあたしたちを襲うゥゥゥゥ！！」
思考回路が現実に切り替わったか、ミラションが今ごろパニックを起こしている。
「くぉらキザヤロー！ スカして余裕ぶっこいてねーで化けモンどもを掃討しろォォォ！」
「心配いらん」代わりにメッシーナが応じた。「連中ならすでに、レジエに『始末されている』」
「…………へ？」
ミラションが疑問符を浮かべ、事態を理解する暇もあらばこそ。
暗闇の中でも、群れをなしていた屍生人たちの動きが止まっているのが見て取れる。
「……ガ、ガガァ〜……」屍生人たちは動かない。いや、動けないのだ。
「奥義……『波紋黒死蝶』（ワーズ・パピヨン）」
「生命探知」に利用したケナフの辞書を、そのまま攻撃に転じたのだ。
屍生人たちの全身には、無数の不気味な黒い破片がまとわりつき、光を発して蒸発していく！
『ギャアアアアアアーッ！！』
一瞬にして、殺到していた亡者たちは蜃気楼のように消え失せてしまった。
「我が『辞書』に……不可能の文字はない。
さあ、フォークランド卿……貴様の手下は全滅だぞ。姿を見せたらどうだ？」
「なるほどなァ……『紙片』に波紋を込め、索敵＆広範囲攻撃手段とする、か……素晴らしい」
響くフォークランド卿の声。その口調にはまだ余裕が感じられる。
「レジエさん……気をつけてください。大叔父様はただの吸血鬼じゃあないんです」
キャロルがレジエに寄り添おうとしつつ口を開く。その表情は不安の色を隠せない。
「キャロル……それはどういう事だ？」
自信過剰なレジエも、先刻の不覚が身に染みてか、幾分慎重になっているようだ。素直に彼女の言い分を聞こうとする。
「はい。大叔父様には、わたしも理解の及ばない能力が……」
ズパッ！
空を切る音とともに、キャロルの言葉は途絶えた。
闇に目の慣れ始めたレジエにも、その光景は見えた。
彼女の背後に忍び寄った『手』が、人差し指の爪を刃に変形させ首を刎ねたのだ！
「…………ガはッ…………！」
首を切断されたショックで、大きく目を見開き、口から鮮血をほとばしらせるキャロル。
「キャロォォォルッ！？」絶叫するレジエ。
「ギッヒヒヒヒ……わたしも『屍生人』になってから……こーゆー『離れワザ』ができるよーになったっつーワケよォ〜」
二人の遥か後方で悦に浸っているのは、痩せぎすの老人……ゴードンだった。
見れば、彼の左手から先が切断されている。
「我がスタンド『グローヴ』はッ！ 『右手』になるだけじゃーなく鋭利な刃物にもなるのさァ！
この能力のお陰で凶器のアシもつくことがねえしよォォォ〜〜〜〜ウヒヒヒヒヒ！」
ゴードンの『左手』は、そのままキャロルの首を鷲づかみすると、凄まじいスピードでゴードンの下へと戻っていった。
レジエの瞳は憤怒の炎に彩られた。
「ゴードンッ……！ 貴様もまた屍生人かッ……」
「いかんレジエッ！ ヤツはあからさまに誘っているッ！ 挑発に乗るなッ！」
普段はクールなはずのレジエがこれほどまでに激昂するとは。メッシーナも内心驚いていた。
「さあ〜波紋使いの兄ちゃん……知っての通り、この女は吸血鬼……この程度では死なねえ。
この首が欲しければ……腕ずくでオレから取り返すんだなァ〜〜〜〜ケケケケケケケッ！」
レジエの理性はスパークした。メッシーナの制止も聞かず、恐ろしい形相でゴードンへ疾走する。
「レジエーッ！」
やむなく後を追おうとしたメッシーナだったが、すぐさま床下から新手の屍生人が雲霞のように出現し、彼の行く手を阻んだ。
（しまったッ……！ 完全に分断された…………クソッ！）
焦燥に駆られるメッシーナに、フォークランド卿の喜悦の声が追い討ちをかけた。
「夜はまだまだこれからだ……楽しもうじゃないか、諸君」
36．You're still green.
ただでさえ恐慌していたミラションは、頼みにしていたメッシーナらが分断され、しかも彼女の護衛をする余裕までなくなってしまった事に困惑していた。とばっちりで死にたくはない。
「……ミラション君」
不意に暗闇から声がした。先刻より幾分、闇に目が慣れた彼女には、小柄な輪郭と聞き覚えのあるしわがれ声を認識する事ができた。
「せ、先生……」
「チミも進歩がないのぅ。人の弱みにつけこんで、自分が危うくなったらスグに他人に助けを求める。人間として最低の部類に入るとは思わんかね」
「あたしにはスタンドによる『自衛』の手段も、波紋なんて『反撃』の手段もない……
他人にすがる事。それがいけない事なの？」
「必ずしも悪いとは言い切れん……じゃが」老人はツカツカと彼女に歩み寄った。
「じゃが今は……命に関わる選択ミスじゃ」
ガボォッ！！
突然の衝撃。ミラションの左腕の肉が……ナジーブによって噛み千切られている！
ブシュウウ……！
「うぐえええええええ！ うおおおおおなんだああああああ……！？」
ミラションは耐えがたい恐怖と、おびただしい出血の激痛に絶叫した。
「お主の『骨』……モロイの〜。ちとカルシウム不足と違うかの」
ナジーブ……の屍生人は、つまようじを使ってシーハーと歯カスを取っている。
怪力によって何本かが歯茎から離れてボロボロと床にこぼれ落ちるが、意に介している様子はない。
「チクショオオオオあたしの腕があああああ」
噛み傷は骨まで達しており、残った肉と皮でどうにかぶら下がっている状態だった。
腕の感覚が麻痺すると同時に、意識も朦朧となってしまう。
「90過ぎたとはいえ、ワシの『歯』はまだまだ健在のようじゃなァ〜〜〜〜ほひひひッ！
上院議員は歯が命ィィィィ！ URRRYYYYYYYY！！」
ドギュン！
次の瞬間、口から血と肉をほとばしらせているナジーブの身体が縮み……二つに分裂した。
セベク神の能力によって二人になったのだ。
『ウシャアアアアアーッ！！』
コンビネーションもへったくれもない。ただ屍生人の本能の赴くままに、ミラションの血をすすろうと大口を開けて飛び掛ってくるナジーブ達！
今のミラションに、これをかわす術など……あるはずがなかった。
37．I hope I'm not too late.
新手の屍生人どもを駆逐しつつも、メッシーナの焦燥は消えない。
レジエはゴードンの挑発に乗り、彼の視界からすぐさま見えなくなっていく。
先刻のレジエの形相。まさしく死相だった。限りない「危うさ」を感じた。
かの偉大なるトンペティ師には遠く及ばないが、波紋を究め、約一世紀の時を駆け抜けてきたメッシーナには、その者の辿る未来を漠然と見る事ができた。
「レジエーッ！」
最後の屍生人を手刀で打ち倒し、メッシーナはレジエを追おうとした。
だが、背後からの突き刺すような視線を感じ、思わず立ち止まった。
「貴様……フォークランドか？」
「ご名答……よく分かったな」
振り返ると……20代半ばほどの紳士が悠然と立っていた。服装が同じでなければ、メッシーナには判別がつかなかっただろう。
「普段は半病人のフリをし……それが真の姿、というわけか……」
「我が『年齢』はたった今、ゴードンに渡してきた……」
「…………何を言っている？」
「きみが知る必要はない。メッシーナ君……」
フォークランドの発した言葉は、メッシーナの理解の及ぶところではなかったが……「不可解」は次の彼の言葉でさらに膨れ上がった。
「ときにメッシーナ君。『人間』と『吸血鬼』の違いは、何かわかるかね？」
「…………どういう意味だ？」
「『波紋使い』として……数多くの吸血鬼を倒してきたきみなら、答えられるだろう。何かね？」
「……時間稼ぎの問答に構っているヒマはない。レジエを助けに行かねばならんのでな」
フォークランド卿は近づいてくる。両手を広げ……無造作に。無防備に。
「ならば代わりにわしが答えよう……正解は『強さ』だ。
きみら人間は……たとえ波紋使いであっても……腕を切られれば痛みを感じるし、首を刎ねられれば死ぬ。実に脆く……弱々しい生き物だ。
だが、わしら吸血鬼にそれはない……それこそが、わしときみの絶望的なまでの『差』だ」
「……いったい何が言いたいのだッ！ オレは貴様を一刻も早く倒さねばならんのだぞッ！」
「ほう。まだわしに勝つつもりでいるのかね？
ならばいい事を教えてやろう。わしは『スタンド使い』だ」
「…………何だと？」
「いっその事、『能力』をバラしてやってもいいのだがね……それではつまらない。
『恐怖』とは……『知る』事よりも『感じる』事が大切ッ！
特にわしのような……絶対的な恐怖はなァ〜〜〜〜〜ククククク……」
「不可解」の正体が判った。フォークランド卿の尊大なまでの「自信」だ。
どのようなスタンド能力かは伺い知る由もないが……この男は「波紋」をまったく恐れていない。波紋のエネルギーが「太陽」の流れを汲み、黒い「負」の吸血鬼の対極に位置する白き「正」の力である事を知っていながら。
（ジョセフが言っていたな……『スタンド』には、大別して『近距離型』と『遠距離型』の２種類があると）
これはとどのつまり、スタンド能力は『射程距離』に左右されるというルールを意味している。
フォークランド卿のスタンドは、どちらか？……ズバリ、『近距離型』の可能性が高い。
なぜなら遠距離型であれば、とっくの昔に攻撃を仕掛けているはずだからだ。
（……結論。『波紋による遠隔攻撃』が最良の手段ッ！）
意を決し、メッシーナは波紋を練り始めた。
| LAST BATTLE 1 メッシーナ vs フォークランド卿 |
38．You, idiot.
ゴードンは廊下の向こうに立ち、追ってきたレジエに高笑いを上げた。
「ギャハハハハ！ こんな露骨な挑発に乗ってくる大馬鹿野郎は初めて見たぜ！」
「後悔するんだな……このような卑劣な手で、このレジエを誘い込んだ事を」
声を押し殺し、にじり寄るレジエ。
「後悔？ ンなモンするかっつーのボゲッ！ 状況をキチッと理解しよーなァ〜兄ちゃんよ！
今！ お前の愛しのキャロルの命はオレ様が握ってるんだぜェ！」
気絶したキャロルの首を高々と掲げ、ゴードンは得意げに言い放った。
「いくら吸血鬼っつってもよォ〜今、オレ様が手に力を込めて『頭』を破壊すれば死んじまうんだぜァ！
つまァり！ オレ様がこーやってキャロルの頭を人質に取ってる限りッ！
てめーはオレ様に傷ひとつつける事も許可されてねーんだっつーのッ！ ギギハーハハハァ！！」
「ゲス野郎めがッ」怒りに顔を歪め、レジエはギリギリと歯を軋ませた。
「ありがとよォー兄ちゃん！ サイコーの褒め言葉だぜェ！」
ゴードンは有頂天で……右手のすべての指先に埋め込んでいたメスを出現させた。
と同時に、『左手』を再び切り離し、キャロルの首を掴んだまま血管針を伸ばして天井にぶら下がる。
「ギギハハ……これよりオタノシミの拷問タァ〜〜〜〜イムッ！
いいかァ、余計な真似するんじゃあねーぞ……あの小娘のドタマ、カチ割られたくなかったらなァ。
いちおうご主人様からは『殺さない』よう言われてるが……
その約束が果たせるかどーかは、今からのてめーの心がけ次第ってワケさァーッ！」
| LAST BATTLE 2 レジエ vs ゴードン |
39．Don't kid yourself.
『ウシャアアアアアアーッ！！』
ナジーブたちが乱杭歯を剥き出しにして飛びかかってくる。
ミラションは死を覚悟した。
（あの役立たずの波紋使いどもも屍生人にかかりっきりで、しかもナジーブまで屍生人にされちまったんじゃあ……もうあたしに成す術はない……こんなのが、あたしの人生の幕切れだなんてッ……！）
絶望と諦めが彼女の脳裏をよぎる。そして……
ドゴォ！
「うげッ…………！」
ミラションは下腹部に鋭い一撃を浴びてのけぞった。
（痛ッつ……って……？）
鈍痛を覚えつつも、状況の不自然さに首をかしげるミラション。
ナジーブの屍生人たちは、自分の頭を狙って噛みついてきたのではなかったか？
見上げれば、空中でナジーブたちがお互いの顔を食いちぎろうともがいている。
さながらワニの共食いだ。
「…………？？ ゲッ」
我に返り、横を振り返ると……小柄になったもう一人のミラションが尻餅をついている。
『ギャアアア寸胴チビィィィィ！？』
お互い同時に悲鳴を上げ、チョコチョコと後ずさる。
「やれやれじゃ……せっかく助けてやったというのにのゥ……」
ハーフサイズになったミラション×２の頓狂な叫び声に、呆れながら姿を現したのは……やはりナジーブ・マハフーズ上院議員だった。
「って、せ、先生……？ 屍生人になったんじゃ……」
「人の話聞いとったんかボンクラめが！ ヤツらはフォークランドに殺されたワシの『分身』のなれの果てじゃわい！……しかしまさか、『自分自身』と戦うハメになるとはのォ。ちと厄介じゃ」
「そ、そんな事より先生！ あたしを元に戻してくださいッ！」
「そーですッ！ こんなチビのままなんてひどすぎですゥゥゥ〜〜〜」
過去によっぽどイヤな思い出でもあったのか、涙ながらに懇願するミラション２人。
「えーいステレオでウルウルしながら迫るんじゃあないッ！
そーでなくとも『セベク神』どうしで戦うなんて難儀な仕事が残っておるにッ……」
言い争いをしつつナジーブが向き直ると……失策に気づいた。
先刻の屍生人ナジーブたちの姿が消えている。
「しまったッ……最も恐れていた事が起こったぞい」
「お、恐れをなして逃げ出したとか？」
「ンなワケあるかいッ！ 塵サイズに分裂して姿をくらましたんじゃよッ！
どうやら屍生人になった奴らには、ワシの遠隔感応も効果が及ばぬらしい……
どこから襲い掛かってくるのか……このままでは予測がつかぬ……」
それだけならまだしも、こちらはお荷物（ミラション）つき。
厳しい戦いになりそうだ。ナジーブは心の中で嘆息した。
| LAST BATTLE 3 ナジーブ vs ナジーブ（屍生人） |
40．Don't you ever let it all hang out.
「ギギヒヒヒ……さて、まずはその武器っつーか辞書を捨ててもらおうかね」
愉快そうに笑みを浮かべ強要するゴードン。レジエはおとなしくケナフの辞書を床に放った。
「ウヒャハハ……い〜子だぁぁぁ……ＳＹＡァッ！」
屍生人は右手に仕込んだ５本のメスをレジエに向かって投げつけた。
それらはレジエの青い法衣や頬をかすめ、小さな傷を作る。
「ククク……気丈だねえ……だがその鉄面皮も、すぐさま恐怖の表情に変わるだろうよ。
想像しただけで、たまんねえーッ！ ギギヒャハハハハハァ！！」
今度はゴードンの切断された左手首から……巨大な斧が肉を切り裂きつつせり出してくる。
「喉は潰さねーぜ……テメーの悲鳴を聞けなくなるからなァ。だが波紋を練ろうだなんて考えるなよ。
オレ様の機嫌を損ねて……キャロルの頭をスイカにされたくなかったらなァ」
振りかぶって投擲された斧は、回転しながらレジエの脇腹をえぐった。
「うぐッ」
「ヒヒヒ……ご主人様も粋な『趣向』を考えてくださるぜ！
このオレ様にナイスなオモチャを２つもくれたんだからなァ……しかもキャロルは吸血鬼！ いくら首を刎ねてもまたスグに元通りッ！ 何度でも楽しめる『リサイクル商品』ときたもんだァ！」
「……貴様は、最低のクズだ……」
レジエはきしむような声で苦しげに呟いた。
「そのゲスな性格が仇となるだろうよ」
「ほざきやがれ！ テメーだってこんな化けモンの小娘ひとり見捨てられねーばっかりにくたばりかけてんじゃあねーかッ！ 仇となってんのはテメーの方だぜッ！」
しかし……ゴードンは奇妙な感覚に囚われていた。
自分は人質も取り、圧倒的に優位に立っているはずだ。しかし目の前のレジエは、絶望せずにあくまでこちらを睨み据えている。これからなぶり殺しにされる運命しか待ち受けてはいないというのに。
そして、直接手を出せないでいる自分自身にも、少なからず苛立ちを覚えはじめていた。
（やっぱ投げナイフやオノなんかじゃあ物足りねーな……生きた肉を切り刻む『手ごたえ』っつーモンが欲しいぜ）
しかし、今直接攻撃を仕掛けては、それを介して波紋を流されてしまうかもしれない。
ゴードンが今一歩のところで手をこまねいている理由だった。
ところが、そんな膠着を打ち破る転機が訪れた。
レジエ自身、出血が激しく意識が朦朧としているのか気づいていないようだが……彼の背後から、もう一体の執事の屍生人が姿を現したのだ。
（チャ〜〜〜〜ンス！）
ゴードンはほくそ笑んだ。執事の屍生人が襲い掛かっているスキに、レジエの喉をえぐって殺す。
卑劣かつ残忍な処刑プランが彼の頭の中で構築された。
41．So what ?
闇の空間は静まり返り、ナジーブの屍生人が実体化する気配はない。
恐らくはナジーブ、ミラションの２人の隙と出方を伺っているのだろう。
分断されている以上、にらみ合いを続ける事は相手を有利にするだけだ。それでなくとも、屍生人は疲れを知らない。長時間の緊張には生身の人間は耐えられるものではない。
「せ、先生〜〜〜〜……あたし達、いつまでチビのままなんですか〜〜〜」
不安げに尋ねるミラション。
「そうじゃな……」ナジーブはとうとう、意を決した。「逃げるぞい！」
「な、何ですかそりゃッ！」いきなりの撤退宣言に、唖然とするミラション２人。
「今のままじゃあラチがあかんのじゃ！ メッシーナ達と合流した方がいいんじゃよッ！」
腑に落ちなかったが、チビミラション２人は、一目散に逃げていくナジーブを追った。
静寂に包まれた暗闇に、屍生人ナジーブが実体化した。分裂を解除したのだ。
「……逃げおったか……」
そして「セベク神」を発現させ、再度分裂する。今度は２人ではなく、４人に。
「じゃがあの古狸、油断がならぬ……」
「古狸というか古鰐じゃがな」
「メッシーナ達と合流すると抜かしつつ、まったく別方向へ逃げていきおった」
「ワシの事じゃ。何か考えがあっての事じゃろう……」
屍生人ナジーブ達は、前後左右をそれぞれ担当し注意を配りつつ、慎重にミラション達の逃げていった足跡を追った。屍生人になったといえど、その用心深さは生前の性格の賜物だ。
「……さて、いかがする？」
「ヤツらの逃げた先など、目で見ずとも手に取るように判るがのゥ」
「あの、衣装部屋の中じゃな……中から快い血のニオイがプンプンじゃ」
「単に隠れておるのか、何かの罠を張っておるのか……？ どうする……」
屍生人ナジーブ達が決めあぐねていると……
ギィ…………
衣装部屋の扉が、ひとりでに開いた。
42．I'd feel guilty.
キャロルは意識を取り戻した時……自分の首から下が失われている事に気づいた。
ゴードンのスタンド「グローヴ」に囚われた彼女に、レジエがいたぶられている光景が目に映る。
（また……わたしのせいで……）
キャロルは、生まれながらにして囚われ人だった。
病魔に。暗黒に。フォークランドの狂気に。そして今は殺人鬼の魔手に。
あらゆるものが彼女を躍起になって束縛し……自由というものを感じた事がなかった。
自ら死を選ぶ「自由」すら、キャロルには許されていなかった。５年前のあの日から……
（石仮面をかぶったあの日から……大叔父様は変わってしまった……）
恐ろしかった。自分もまた吸血鬼となり、フォークランドと共に人間を貪った。どんなに必死に理性を保とうとしても、「血の渇き」は狂おしいほどに衝動を突き動かす。気がつけば……血まみれになっているキャロルと、冷たくなった犠牲者の骸が横たわっていた。
たとえ、自ら望み吸血鬼と化した者でも、その現実に耐えられる者などいるだろうか？
闇に生き、血をすすり……「光」など望むべくもなくただ存在し続ける。
そんな呪われた営みを、何年も何十年も……未来永劫、繰り返すのだ。
フォークランドはそんな希望のない未来を、本当に望んでいたのだろうか？
欲望と衝動に身を委ねる余り、狂気に取り憑かれてしまったのかもしれない。
いや、彼女自身もすでに…………
キャロルもまた気づいた。ゴードンの歪んだ笑み。立っているのもやっとのレジエの背後に……新手の屍生人が忍び寄っている。
（あれはッ…………！）
ゴードンは勝利を確信した。武器もなく、意識も薄らいでいるレジエは、背後からの屍生人の接近にまるで気づいていない。ゴードン自身が引導を渡すまでもないだろう……！
「ギギヒヒヒヒ……次で楽にしてやるぜェレジエッ！ くたばりやが……」
「レジエッ！ 伏せてーッ！」
キャロルの叫びがこだまし……レジエとゴードンは不意を突かれた。
「なッ…………てめェいつの間に意識をッ…………！」
しかも驚いた事に、背後の屍生人は伏せたレジエを飛び越え、キャロルの元へと跳躍した！
「バ……バカなッ……！」
ゴードンが呆気に取られている間に、キャロルを戒めていた「グローヴ」の左手は、執事の屍生人の怪力の前にあっけなく引き剥がされてしまう。予想外の事態に、ゴードンは完全に混乱した。
「なんでだ……なんでだァッ！？ 屍生人がなぜ『波紋使い』に協力なんてしやがるんだッ！？」
「ゴードン……あなたは肝心な事に気づいていない……」
執事の屍生人に救出され、不敵に微笑んでみせるキャロル。
「わたしが大叔父様を撃った時……『偶然にもたまたま』停電したと思う？」
「ンなッ……まさか……！」
「そう。彼に『協力』してもらったの。ウィリアムお父様が……わたしに『石仮面』を発動させようとして、殺めたもう一人の執事よ」
形勢は一瞬にして逆転した。スタンドも、人質も失ったゴードンの選択肢はただひとつ。
「三十六計逃ぐるに如かずギギッ！」
ところが……踵を返そうとして、足を取られて転倒してしまう。
「ぐげッ」
見れば……いつの間にか、ケナフの辞書のページが彼の足に巻きついている！
「……そんなものにも気づかないとは、よっぽど焦っているようだな」
地べたに這いつくばっているゴードンの耳元に……レジエの低く押し殺した声が響いた。
「ひ……ひいいいいい……待て！ 待ってくれッ！」
「言ったはずだ……お前のそのゲスな性格が仇になるだろうと。
わたしをいたぶったりせず、さっさと喉を切り裂きとどめを刺しておくべきだったな」
冷たく、容赦ない……若き天才の眼差しが、屍生人と化した殺人鬼の血走った両眼を射抜く。
静止する空間。訪れる沈黙。そして…………
「チクショオオオオオてめェェェェェなめんじゃねエエエエエッ！！」
半ば恐怖に駆られるように……全身から血管針を伸ばしレジエに飛びかかるゴードン！
「貴様を『断罪』する事に……一片の迷いすらなしッ！」
二人の繰り出した触手と手刀が交錯し、刹那……
真の意味で「邪悪なる意思」を秘めた怪物は、跡形もなく消滅した。
ゴードン（屍生人）……死亡
43．What if the plan goes to hell ?
「で、先生……同じ『スタンド能力』を持つ者どうしで戦って、勝てる見込みは？」
「ンなモンはない」
「……へ？」
「考えてもみい。相手は屍生人じゃ。『セベク神』で塵サイズに分裂させてやったとしても、殺虫スプレーでの『消毒』も効果はない。相手がタダの屍生人ならそれでもよいが……何しろワシの屍生人。分裂してから攻撃を仕掛けてくる事は目に見えておる」
「じゃあ、こっちも分裂して……」
「分裂戦は不利じゃ。屍生人である分、向こうは腕力も耐久力もこちらより上。戦力を分散させるのは愚の骨頂というヤツじゃな」
「それじゃどーすんですかッ！ こっちに逃げたんじゃメッシーナ達と合流なんてできっこありませんよッ」
衣裳部屋の扉がひとりでに開いた……だが、見える範囲には誰もいない。
「どーするかね……いかにも罠くさいが」
「じゃが……２人の血のニオイは間違いなくここからじゃ……」
「一体何を企んでおるんじゃ？」
「この短い時間で、大掛かりなトラップなんぞ仕掛ける余裕はないはずじゃ……」
４人の屍生人ナジーブたちのうち２人が、慎重に中を見回しつつ部屋に入る。
扉の左右にはロッカーがあり、右ロッカーの上には錆びたバケツが置いてあるが、人の姿はない。
部屋の中央には、暗がりの中でストーブがひっそりと佇んでいる。
「そこに誰か隠れておるな……おとなしく姿を見せい」
屍生人ナジーブの一人が看破する。すると、ストーブの影からハーフサイズのミラションが一人、ビクビクしながら頭を出した。屍生人ナジーブたちの姿を認めるや、ガタガタと震え出してしまう。
どうやらストーブに縛られているらしい。
「お願いしますゥ〜〜〜助けて下さいィィーーーーあたしだけは見逃してくださいィィィ」
「ミラション君……『ワシ』はどこへ行ったんじゃ」
「ひイイイーー来ないでェーッ！ あたしの血を吸わないでェーーーッ！！」
ミラションは冷えきったストーブにすがって哀願した。逃げ出そうともがくが、きつい荒縄の抱擁には成す術もないようだった。
「質問に答えたまえチミィ」屍生人のひとりが苛立った声を上げる。
「あ、あたしだけを置いて……逃げちゃったんですゥゥゥ……
あたしをオトリにして……先生と『あたし』が、半分ずついれば復活できるからって……
あたしを気絶させて、ストーブに縛りつけたやがったんだッ！ ひどい話だと思わない！？」
ミラションは涙ながらに訴え、屍生人ナジーブたちの同情を買おうとした。
だが、吸血鬼に魂と血を売り渡した彼らは冷静だった。いや、冷淡というべきか。
「お主がワシらに抱いている恐怖……それは本物のようじゃな」
「お主はこの苦境に置かれ、理不尽に感じておる……それも認めよう」
「じゃが、お主の言葉をすべて鵜呑みにするほど……ワシらはマヌケじゃあない」
「ズバリ。お主『ひとりだけ置いて逃げていった』というのは……ウソなのじゃろう？」
ミラションの怯えきった表情が……わずかに強張った。
「ほひひ……一瞬だけ反応したのゥお主」
「舌先三寸でワシらを分断するつもりだったのかの？」
残った２人の屍生人ナジーブも、部屋の入り口付近に陣取り、退路を断つ。
「そして、お主が『オトリ』としてワシらの注意を引きつけ、その隙を突いて……」
「この部屋のどこかに隠れた『ワシ』がワシらを仕留める……そんなとこかの」
最初に入った屍生人ナジーブ２人の視線は……居並ぶロッカーの中のひとつに集中していた。
「……この、中かのゥ〜？」屍生人のひとりが、からかうようにコンコンとノックする。
「や、やめて開けないでッ！ そんなトコにいるワケないじゃない……」
「隠しても無駄じゃ。血のニオイで丸分かりじゃからのゥ〜」
バァーンッ！
進退窮まり、一か八かの特攻に賭けたか……ロッカーの中からナジーブが飛び出した！
「くらえじゃッ！」
「今更出てきてももォ〜遅い……」
「見抜かれた奇襲ほど、ミジメなモノはないわな」
せせら笑う屍生人ナジーブたち。彼らの両眼がギラリと輝いた。
「バカモノめがッ！ 胴がガラ空きじゃぞッ！」
「塵と化せじゃああああッ！！」
ドボドボドボォッ！！
屍生人たちの繰り出した「セベク神」のラッシュが……ナジーブの腹を深々と捉えた！
44．It won't.
ナジーブの肉体は２つに割れ……下半身がドサリと床に落ちた。
しかしその光景は……屍生人たちが想像していたものとは違った。
「痛たたた…………フゥ〜〜〜〜暑かったァ……」
下半身は……なんと１／４サイズのミラションだったのだ！
『ンなッ…………！？』
「分身……これぞ……『猿（マシラ）の術』ッ！」
上半身のナジーブ（１／４サイズ）が、驚愕する屍生人ナジーブたち（１／８サイズ×２）を見下ろし、ニンマリと笑った。
「アハハハッ騙されてやんのバ〜〜〜〜〜〜〜〜カッ！」
ストーブに縛られていた方のミラション（１／４サイズ）が歓声を上げた。
彼女の下半身がモゾモゾと動き、中からもう一人のナジーブ（１／４サイズ）が顔を出す。
「な、何がマシラの術じゃッ！」
「タダの肩車じゃあねーかッ！ こ、こんなくだらねー事……！」
「やれやれじゃ……こんな『くだらねー』手にまんまと引っかかった分際でよく言うわい」
ナジーブは屍生人たちの隙を見逃さず……「セベク神」の拳を彼らの脳天に放つ！
ドゴグシャ！！
「『塵にする』……必要はないのゥ。頭を潰せば、お前さんたち屍生人は死ぬ……」
ナジーブの言葉どおり、屍生人ナジーブ２人は頭部を大破してあっけなく動かなくなった。
これを見て、入り口付近に陣取っていた屍生人２人（１／８サイズ×２）は浮き足立った。
「ギヒッ……やばいぞい……」
「ワシら２人を合わせてもわずか１／４。とうてい勝ち目はないッ……！」
「逃げよーとしても無駄じゃ」
ナジーブに釘を刺され、屍生人ナジーブたちはビクリと硬直した。
「考えてもみい。ここにおるミラション君は、足しても１／２にしかならんぞ。
あとの１／２……さぁ〜て、どこに行ったんじゃろーなァ？」
意地悪く問い掛けるナジーブに惑わされ、キョロキョロと周囲を見回す屍生人たち。
「まだ分からんのかボンクラめッ！ 上を見るがええ！」
ハッとして屍生人ナジーブたちが真上に目を向けた途端……
ロッカーの上にあったバケツがひっくり返り、中に入っていた液体が２人の顔面に降りかかった。
『ギニャアアアアッ目がッ！ 目がァァァァ！？』
「やりィ〜ビンゴ！ 大命中ッ！」
バケツが乗っていた右ロッカーの上では……ミラション２人（１／４サイズ×２）がガッツポーズを取っていた。
「そ、そんなバカなッ……さっき見た時は上には誰も……」
「お主ら……屍生人とはいえ脳ミソ腐りすぎと違うか？ 我ながら情けない……」ナジーブは嘆息した。
「あらかじめミラション君を塵サイズに分裂させ、ロッカーの上に漂わせておき……たった今、分裂を解除したんじゃよッボンクラどもがッ！」
先刻ミラションは左腕に深手を負ったので、１／４サイズ２人で力を合わせ、バケツを落としたのだ。
「確かに……『大掛かり』なトラップを仕掛けるのは無理だったわ。でも『バケツ落とし』ならＯＫ！」
「思い出すわァ〜小学校時代、気に食わねー先公にチョークの粉とガラス破片のブレンド入りバケツをひっかけてやった時の事を……」
鼻歌交じりでロクでもない自分の過去を解説しつつ、彼女らは恐ろしく悦に浸り、歪みまくった顔でマッチをすっていた。
「で、今ぶち撒けたバケツに入ってたのは……ニオイからも判るとーり。そこのストーブの中の灯油よ」
「この火のついたマッチを投げれば……クククク、あんた達、終わりね……」
灯油を拭い、目が見えるようになった屍生人ナジーブたちは、ミラションの顔を見て、思わず呟いた。
『な、なんて汚い笑顔ッ…………！！』
『よけーなお世話だッ！』
この瞬間……屍生人ナジーブたちの火葬の運命が決定された。
ナジーブ（屍生人。スタンド：セベク神）……死亡
45．Your face is finished.
ゴードンの肉体を消滅させ、レジエはわずかに膝をついた。
「レジエさんッ！」執事の屍生人に首を支えられ、レジエに駆け寄るキャロル。
「心配……するな……これしきのキズ、波紋の呼吸を整えれば……すぐに塞がる……」
確かにレジエの波紋による回復力は、常人の比ではなかったが……それでも吸血鬼の圧倒的な再生力には到底及ばない。それに失った血液は、同時に彼の体力をも奪ってしまっている。
「師範に無断で、勝手すぎる真似をしてしまった……早く合流しなくては」
「そ、そうですッ！ なんでわたしなんかのために……メッシーナさんと離れてしまったんですかッ！」
キャロルはむしろ非難するような口調で、レジエに詰問した。
「わたしは吸血鬼……あなたと一緒に朝を見る事さえできない……
わたしは……レジエさんの足を引っ張る事だけは、したくなかった……」
「今更……きみを見捨てるなんて事ができると思うかッ！
きみは誓ったはずだ……自分自身の手で、この館の呪われた歴史に終止符を打つと。
きみの望みも、命も……もうきみ一人のものではないんだ」
レジエの言葉に、キャロルはショックを受けたように押し黙った。
「自分ですべてを背負い込もうなんて考えるな。このレジエは……きみの味方だ」
レジエの力強い言葉に納得したのか、キャロルは小さな声で「はい」と答えた。
「そういえばキャロル……気になっていたんだが、フォークランドはどんな『能力』を持っているんだ？」
元来た道を戻っていく間に、レジエはキャロルに尋ねた。
「それが……よく分からないんです。
わたしは今まで、大叔父様が戦っている所を一度も見た事がない……
ただ、大叔父様は戦いには必ず勝つ。刃向かった者は……皆、首を切り落とされて死んだ……」
執事に抱えられながら、キャロルは怯えたように俯いた。
（首を落とされて死ぬ……？ 一体どういう事だ……？）
「心配するな。メッシーナ師範はわたしに波紋法を叩き込んだお人だ。
今まで色々と衝突した事はあったが、師範の優れた波紋力は、弟子であるわたしが一番よく知っている……むざむざとやられたりはしないはずだ」
２人は元の廊下に到達した。暗がりの中で、メッシーナとフォークランドが対峙している。
見れば、フォークランドの右腕が……蒸気を吹いてジュウジュウと焼けただれていた。
「さすがメッシーナ師範……やはりヤツも吸血鬼。師範の波紋がダメージを与えているッ」
しかし……レジエたちに背を向け、油断なく構えているメッシーナは……額に大きな脂汗を浮かべていた。希望が湧きかけていたレジエは凍りついた。
メッシーナの右腕もまた……「波紋傷」を負っている！
「なッ…………！？ メッシーナ師範、これはッ…………！」
「レジエ……来るんじゃあない。ヤツのスタンド能力……危険すぎるッ！
いいか、逃げるんだ…………！」
「クックックックッ……『恐怖』を……存分に味わっていただけたかね？」
重傷を負わされているにも関わらず、フォークランドの表情は絶対の優位を確信していた。
「これがわしのスタンド能力……『ハイウェイ・トゥ・ヘル』と名づけて呼んでいるがね……
５年前、突然目覚めたのだよ……わしの負った『苦痛』を、自動的に他人に移し変える事のできるこの能力がッ！」
突如フォークランドは、自分の右腕を手刀で斬り落とした！
同時にメッシーナの右腕も……すっぱりと切断されてしまう！
「うぐああああああああッ！？」
「し、師範ーッ！」
「さて、メッシーナ君……今こそ、きみとわしの『絶望的な差』を証明してみせよう」
フォークランドはニヤリと笑い、手刀を自らの首筋に当てた。
「果たしてきみは……首を刎ねられても……生きていられるかね？」
吸血鬼の意図は明白すぎた。レジエは悲壮な絶叫を上げた。
「やめろォォォォォッ！！」
46．Take a risk.
ガシィ！
フォークランドの手刀を止めた者がいた。キャロル……の胴体だ！
気づかれないよう背後から忍び寄り……彼の腕を振り下ろさせまいと必死で組み付いている。
「キャ〜〜〜〜ロル……どうあってもわしの邪魔をするというのか？」
「もう、これ以上……わたしや、大叔父様に人を殺めさせたりはしないッ……！」
首のない肉体を必死で操るキャロル。純粋なパワー比べでは劣るらしく、苦しそうにしている。
「愚か者めが……そんなにわしが憎くば、ひと思いに脳天を砕けッ！」
大喝するフォークランド。キャロルに大叔父は殺せない。もし殺せば、メッシーナも道連れになってしまうのは確実だ。
「くぅッ…………」キャロルは鎮痛な面持ちでうめくのみだった。
「そのくらいの覚悟もなく……わしを止めようなどと笑止千万ッ！」
レジエは、思わぬチャンスの到来に……最後の賭けに出るべく懐の「赤石」の破片を握り締めた。
ミラションとの「賭け」に勝った後、彼女に言って赤石をエアサプレーナ島に返さずにこの場に留めておくよう、メッシーナが頼んだのである。
「レジエ。お前が持っていろ……ただし、『所有権』はオレにある事を忘れるな」
ミラションと話をつけたメッシーナはそう言って、レジエに赤石を投げて寄越した。
（感謝します、師範……これさえあれば、我が波紋を増幅し……ヤツを殺せるッ！）
レジエは死を覚悟した。全身全霊の波紋によって……自分の命と引き換えに、フォークランドを倒すつもりなのだ。
「考えてもみろ、キャロル……人間たちに味方したところで、お前は連中と一緒に真昼間を堂々と歩けるか？ いくら陽の光を浴びたいと願おうが……わしらは闇に生きる宿命を背負った存在。
未来永劫……人間どもと立場を同じくする事はあるまい」
「…………」
「お前にはわししかいないのだ。同朋として忠告する。わしの下へ戻ってこい」
「それだけは……できません……」
「何故だ？ お前はヤツらと共に生きる事など不可能なのだッ！ なのに何故……！」
「たとえ生きられなくても構わない……レジエさん達は、わたしを『人間』として見てくれた……
せめて最後くらい……人としての『誇り』を持っていたい！ それが、わたしの望みよッ！」
キャロルの毅然とした態度に、フォークランドは一瞬言葉を失ったが……憤怒の形相に変わった。
「おのれェェ……いったいそこの波紋使いに何を吹き込まれたか知らぬが……
そうまでして連中と馴れ合いたいのだな！ ならば望みどおりにするがいいッ！」
キャロルの胴体に、フォークランドが切断した右腕から放った血管針の束が巻きつき……圧倒的な力で引き剥がそうとする！
「あァ…………ッ！」
「『身体』は返してやる……貴様を殺すのは最後だ。
人間どもが成す術もなくわしに殺されるさまを、じっくりと見物するんだなッ！」
「貴様ァッ！ キャロルを離せッ！！」
溜まりかねたのか、レジエがフォークランドに向かって飛びかかった！
「愚かな……師範の二の舞になりたいのかッ！」
「元より覚悟の上だッ！」
レジエは跳躍しつつ、赤石の破片をフォークランドに向けて掲げた。
「赤光斬空波紋疾走（レッドラインスラッシュ・オーバードライブ）ッ！！」
ゴオオオアアアッ！
レジエが赤石に波紋を打ち込むと同時に……一筋の奔流が吸血鬼へと繰り出される！
「何ッ…………！」
波紋はフォークランドの脳天を貫くかに見えた。ところが……
バシュッ！
フォークランドは……ためらう事なく自らの首を刎ねた！
そのために波紋の軌道はすり抜け……床上に着弾してしまう。
「！…………しまったッ…………！」
レジエは失敗を悟った。フォークランドの反応の素早さを……測り違えていた。
「…………ククク…………ヒヤリとしたぞ。そんなモノまで持っていたとは…………
そろそろ『相打ち覚悟』の攻撃を仕掛けてくる頃だとは予想していたがな……
しかし、貴様の先走りのせいで……大事な師匠は、あの通りだぞ？」
吸血鬼の指さした先では……メッシーナの首が切断されて転がっていた。
「う、ああああ…………！」
覚悟していたとはいえ、己の師範を殺す結果となってしまい……レジエは慟哭した。
彼の動揺の隙を逃さず、フォークランドの切断された首の傷口から……凄まじいスピードで血管針が伸びていき、レジエの持つ「赤石」の破片を奪い取った。
「その『破片』か。パワーの正体は……そんな危険な代物をいつまでも握らせておくわけにはいかん」
奪った「赤石」を遥か遠くに放り捨て……さらに「空裂眼刺驚」を使って天井を切り崩す。
赤石の破片は大量の瓦礫の中に埋まってしまった。
「…………！」
「クククク……貴様等の『希望』はあの中に沈んだ。二度と……浮かび上がる事はないッ！」
フォークランドは傲然と宣告した。続けざま、捕縛したキャロルの胴体を執事の屍生人の方へ勢い良く投げつける。執事は受け止めようとしたが……その凄まじいパワーとまともに衝突して、肉体を四散させてしまった。
「後は貴様だけだ、レジエッ！」
ジャンプの頂点に滞空し、後はフォークランドへ向かって緩慢に下降するであろうレジエ。そのとどめを刺すのはたやすい。フォークランドは再び「空裂眼刺驚」のためのエネルギーを溜めようとして……
ドギュンッ！！
フォークランドは度肝を抜かれた。レジエの落下スピードが予想外に速い！
（何ッ…………！？ なんだこのスピードはッ……まるで『天井でも蹴った』かのようにッ……！）
迫り来るレジエの背後に、空中に漂う辞書のページをフォークランドは見た。
ケナフに波紋を帯びさせて硬質化し、足場にしたのだ！
「く…………っらぇぃッ！！」
ボギョアッ！
レジエの放った蹴りが、フォークランドの横っ面にめり込む！
「DEMIGOOOOHHHHHッッ！？」
怪異な絶叫を上げ、元々切り離されていたフォークランドの首は壁に叩きつけられた。
と同時に、レジエの顔面にも凄まじい激痛が走り、同じく吹っ飛んでしまう。
「ぐあッ…………！」
「ハイウェイ・トゥ・ヘル」によってフィードバックされた衝撃で、地面に転がるレジエ。頭をもろに揺さぶられ、脳震盪を起こしたのかすぐには立ち上がれない。
「クククク……驚いた！ やるなァ…………」
ドクン、ドクン……
フォークランドは首だけになりつつも、笑みを絶やさなかった。
「だがやはり、自分にも激痛が走ると知れば、無意識のうちに手加減してしまうようだな……
この程度の波紋では、わしは殺せぬぞ……」
ドクン、ドクン……
「それに、貴様も少なからずダメージを負ったようだ……
やはりわしの『ハイウェイ・トゥ・ヘル』は無敵ッ！
吸血鬼のパワーと耐久力があれば、このわしに弱点などないのだッ！ フハハハ……」
「いいや、違うね！……弱点ならあるぜッ！！」
勝ち誇るフォークランドの哄笑を遮ったのは……なんとミラションだった。
47．Oh, my God !
屍生人ナジーブにえぐられた左腕を苦しげに押さえ、呼吸を荒くしながらも……ミラションはレジエに向かって叫び続けた。
「今……確かに見えたッ！ レジエに蹴られた時、ヤツの頭から『DISC』が飛び出しかかったッ！」
「『DISC』？…………」
聞きなれない単語が飛び出し、首をかしげるレジエ。
「『波紋使い』のアンタに説明してもイマイチ分からないだろーけど……
ヤツの……フォークランドのスタンド能力は、生まれついてのものじゃあないッ！
おそらくは『DISC』によって……かりそめに与えられたモノだったんだ！
だから、ヤツの頭にもっと強い衝撃を与えれば……『DISC』も飛び出すッ！
そうなれば、ヤツはスタンド使いじゃあなくなるッ…………！」
「何ィッ…………！？」
フォークランドの表情に、初めて焦りの色が浮かんだ。彼自身「DISC」の存在など知らなかったのだ。
しかもさらに、彼を驚愕させる出来事が起こった。
どうにか立ち上がろうとしているレジエの背後に……メッシーナが起き上がっている。
切断されたはずの首と右腕も元通りにくっついて、復活している！
しかもただ蘇ったのではない。肉体的な年齢も……30代ぐらいにまで若返っていた！
（なッ…………！ どういう事なのだッ…………！？）
謎はすぐに解けた。全身を縛られていたキャロルが……自分の腕を傷つけて血を流している。
吸血鬼の血には強い再生能力がある。それを利用して……死んだメッシーナを復活させたのだ。
「メ、メッシーナ師範…………？」
レジエも気づき、首を切断されたはずの師匠の復活に、狐につままれたような顔を浮かべた。
「レジエさん、わたしの血で……メッシーナさんを蘇らせたの……」
困惑するレジエに、縛られたままのキャロルが説明を始めた。ところが……
ドゴ！
「…………げウッ」
倒れているキャロルのみぞおちに、メッシーナが蹴りを入れて黙らせた。
「なッ…………師範、何を…………！？」
状況を把握できず、レジエは呆然となった。
「……………………渇く……………………」
メッシーナは……虚ろな表情のまま、ぽつりと呟いた。
「何かわからんが……渇いて渇いてしょうがねえんだ……」
舌なめずりをしつつ……メッシーナはレジエに対して狙いを定めるように近づいていく。
「そ、そんなッ師範…………！ まさか『吸血鬼』の邪悪な意思にッ…………」
レジエは信じられなかった。いや、信じたくはなかった。
メッシーナほどの波紋の達人が、吸血鬼の「血の渇き」に屈してしまうなど…………！
「どうやらオレは吸血鬼になったようだな……となれば、このままフォークランドを倒したところで、オレが生き残る術などないという事だ……それに見ろッ！
オレは若返ったのだッ！ 『波紋法』なぞ問題にならんほどにッ！
素晴らしい……ストレイツォが憧れるハズだ。フハハハハハハッ！！」
「……………………ッ！」
メッシーナの酷薄な言動に、レジエは絶句した。
「レジエよ…………師匠として命令するぅぅぅぅ！ 貴様の血をよこせッ！
URRRRRYYYYYYYYYYYY！！」
「メッシーナ師範ッ……目を覚ましてくださいッ！！」
レジエは動けなかった。いくら信じまいとしても、目の前のメッシーナの殺気は本物だ。本当に自分の血を吸おうとしている。本当に自分を殺そうとしている！
48．How am I doing ?
師弟どうしでの殺し合い。それはフォークランドの敵にとって最悪のシナリオであり、最高の見世物でもあるはずだった。しかし……フォークランドは訝っていた。
（妙だ……吸血鬼にとっての波紋の恐ろしさは、波紋使いであるヤツ自身が一番よく知っているはず。
わしがヤツならば、放心した若僧など『空裂眼刺驚』で即座にトドメを刺すッ！
なのに何故、ヤツは間合いを詰める？ なぜ直接血を吸おうと襲いかかろうとしておるのだ？）
「死ねぇぇぇぇぇぇッ！！」
メッシーナが牙を剥いて飛びかかってくる。
防御しなければ。波紋を使って反撃しなければ。
たとえ親兄弟が吸血鬼となって自分に向かって来ようとも、自分の手で滅ぼさねば。
頭では分かっていても、どうしても身体が動かない。現実を受け容れる事ができない。
（ダメだ……わたしにはできないッ！ 師範を殺めるなどッ…………！）
氷のような冷徹さを誇りとしていたレジエにとって……それは思いもかけない感情だった。
「ワシャアアアアーッ！」
「待てメッシーナッ！ レジエを攻撃するなッ！ 貴様、何かを企んでいるなッ！」
不審に思ったフォークランドが鋭い声で制しようとする。しかし……
「フン。見抜くだろうとは思っていたが……少し遅かったようだな」
メッシーナの呟きは落ち着いていた。
「『結果』は重要ではない……オレがレジエを『害しようとした』という、事実さえあれば十分ッ！」
メッシーナの影がレジエに覆い被さった。
そして…………！
ズギュゥゥウゥウ……ギャン！
怪異は再び起こった。
レジエの中から……異形の人影が盛り上がって出現した。
それは紛れもなく……「取り立て人マリリン・マンソン」！
ガシガシガシィッ！！
レジエから……いや正確には、レジエに被さったメッシーナ自身の影の中から姿を現した「取り立て人」は、メッシーナを瞬く間に羽交い絞めにして動きを封じる！
「な…………」フォークランドは我を失った。「何なんだァーーあのスタンドはァァァァーッ！？」
「この……ミラション様のスタンドさァ！ アハハハハッ！」
ミラションが勝ち誇って高笑いを上げる。
「貴様ハ自分デ『ルール』ヲ破ッタ…………！
ルールその２『４人は、お互いに危害を加えてはならない』ニ触レタゾ…………
『違約金』ヲ取リ立テルッ！！」
「取り立て人」の宣告を聞き……身動きが取れないメッシーナは、ニヤリと笑った。
「最初から……これが狙いだった……
オレに万一の事があった時の『保険』として、ミラションともう一度『賭け』をしたのだ……
だが、偶然にも……それ以上の効果が期待できそうだッ！」
「サア……お前ノ『大切なもの』ヲ思イ浮カベロ……！」
「喜んで思い浮かべてやるともッ！ オレの大事な『赤石の破片』を持っていけッ！！」
「バカな…………まさか…………！」フォークランドの目が大きく見開かれた。
「あたしのスタンド『取り立て人マリリン・マンソン』は……賭けの対象者の所有物なら、どこにあろうとも必ず見つけ出す……瓦礫に埋もれていようが、海の底に沈んでいようがッ！」
ドボァアアアッ！
ミラションの言葉を証明するように、「取り立て人」の手には赤石の破片が出現した！
「さあ、今だレジエッ…………！ 『取り立て人』が赤石をしまう前に、波紋を流してフォークランドを……倒せッ！」
「は…………はいッ！」
「クッ……バカめ……！ いずれにせよ、わしを殺せば貴様らも全員死ぬのだッ！」
「ほひひひ……そいつはどうかのう？」
聞き覚えのある笑い声とともに……フォークランドの目の前に、突如として出現したのは！
「ナ、ナジーブ・マハフーズッ…………いつの間にッ！」
「『油断大敵』とはお主にピッタリの言葉じゃの……くらえじゃッ！ 『セベク神』！」
ドゴガッ！
塵サイズに分裂し、すぐ側まで近寄っていたナジーブに完全に不意を突かれ……「セベク神」の拳を頭部に食らうフォークランド。そのショックで……彼の『スタンドDISC』は勢い良く飛び出していった！
「お主のスタンドは失われた……もはやお主はだたの吸血鬼に過ぎぬ」
「ぐうううう…………！ かくなる上は、ヤツを道連れにしてやるッ！」
フォークランドは胴体を動かし、レジエに向かって突進させた。
「赤石の破片はひとつッ！ わしの頭を撃ち抜けば、わしの肉体が貴様を八つ裂きにするぞッ！」
「ほひひひ……お主、まだ気づかぬか？」
「な、なに……？」
「このワシは……今は１／４サイズなのじゃ」
「！」
レジエが「取り立て人」の持つ赤石に波紋を流し込もうと拳を叩きつけると……レジエの背後に隠れていたもう一人のナジーブが姿を現す！
「ワシの『セベク神』の拳と同時に……波紋を流し込めッ！」
ドゴォンッ！！
レジエが波紋を赤石に送り込むと同時に、セベク神の拳によって……「赤石」の破片は２つに分裂し、波紋の奔流も２つになったッ！
「二重赤光斬空波紋疾走（ダブルラインスラッシュ・オーバードライブ）ッ！！」
ギュオオオオオム！！
２つの奔流のうちひとつは、フォークランドの胴体を一瞬にして消し炭と化した。
そしてもうひとつは……正確にフォークランドの頭を貫通しようと迫るッ！
「ぐうううッ……『空裂眼刺驚』（スペースリパー・スティンギーアイズ）ッ！！」
苦し紛れに目から高圧の体液を発射するも……レジエの波紋の勢いは止まらない！
ボゴッ！
今度こそ……赤石に増幅された波紋のエネルギーは、フォークランドの眉間を貫いた！
49．But I'll sober up tomorrow.
真っ白な世界。大理石を惜しげもなく使い、真夜中でも真昼のような明るさを誇る館。
「キャロル……お前のために建てたんだよ。お前が暗闇に怯えないように」
優しく微笑みかける老人……フォークランド卿。幸せそうに娘と遊ぶ父親……ウィリアム。
無邪気にはしゃぎ回る少女……キャロル。
「あたしもいつか……お日様いっぱいの公園で……お父さまたちと一緒に遊んでみたいなぁ」
キャロルは屈託のない、天使のような笑顔を二人に見せて言った。
「ああ、そうだな……いつか必ず」ウィリアムは娘を抱きしめた。
「約束よ、お父さま！ フォークランド大叔父さまも！」
「わしとも遊んでくれるのかい？ そいつは嬉しいなあ」
「もっちろん！ お父さまも、大叔父さまも……あたし、大好きだもん！」
フォークランドも、ウィリアムも……知っていた。そんな日は訪れないだろうという事を。
医師の話によれば、キャロルの病弱な身体では一生、太陽の下に出る事は許されない。
そしてその「一生」は……ごく普通の人間から見れば、恐ろしく短いものであった。
暗闇にうずくまり……成長したキャロルは怯えていた。
「さあ、キャロル……この『石仮面』をかぶるのだ。わしの血をお前に捧げる。
わしもお前も、もはや長くはない……共に生きよう……永遠にッ！」
血走った眼をぎらつかせ、石仮面を片手に迫るフォークランドは……尋常ではなかった。
「い、いや…………来ないでッ！」
キャロルは狂った大叔父の手から逃れようとして……階段から足を滑らせた。
フォークランドが慌てて降りていった時には遅かった。キャロルは首の骨を折り……血を流して息絶えてしまっていたのだ。
「な、なぜだ…………なぜ、わしを置いていく…………」
フォークランドは抜け殻のようになって、その場にへたり込んだ。
完全に生気を失い……「石仮面」の放つ誘惑に抗する力を失っていた。
気がつけば、実の孫娘の血によって、石仮面を発動させ……自ら吸血鬼と化していた。
「頼む……キャロル……生き返ってくれッ……頼むッ……！」
フォークランドは自らの血をキャロルに捧げた。その行為は、望んでもいない者に対してまで、呪われた闇での生を強要するという、鬼畜にも劣る所業であった。
「……フォー……クランド……大叔父様……」
その瞬間から……血と悲しみに染まった二人の日々が始まった。
「はッ……………………！ い、今のはッ…………」
レジエはやっとの事で我に返った。
彼自身は気づかなかったが……波紋の一撃によってフォークランドの「記憶DISC」も射出され……偶然にもレジエの頭に突き刺さったのである。
「覗き見おったのか……わしの『過去』を……」
呪詛のように声を紡ぐフォークランド。眉間を貫かれてはいるが、「空裂眼刺驚」によって多少中和されたらしく、どうにか消滅せずに生き残っていた。
「貴様も……わしのした事は、間違っておるとでも言いたいのか……？」
「それは……」
「貴様らごときには分かるまいッ！ 『神』に見捨てられ、望みを達するためには『闇の力』にすがるしかなかったわしの気持ちなどッ！ わしはただ……キャロルと生きたかったのだ……一分でも、一秒でも、長く……」
フォークランドの目には……うっすらと涙が浮かんでいた。
「大叔父様…………」キャロルも身を震わせていた。
「だが、これで何もかもが終わった……わしの心残りは、キャロル……お前だけだ……」
「……心配はいらない」
フォークランドの首に、メッシーナがそっと触れた。
ボゴッ……ボゴボゴッ！
「なッ…………師範！？」
メッシーナの肉体が急速に崩壊していく。レジエは目を見張った。
「メッシーナ、貴様……波紋の呼吸をしているなッ……！」
「オレの命は……お前に首を刎ねられた時、すでに終わっていたのだ……
あの時……お前に見えた『死相』は……どうやらオレのものだったようだな、フフ……
だから悔いはない。レジエも立派な波紋使いに育った……まだまだ甘ちゃんなところはあるがな」
「メッシーナ師範ッ……ダメですッ……！」悲痛に叫ぶレジエ。
「レジエよ。お前が吸血鬼と化したオレに対して抱いた感情は……正直嬉しかった。
その気持ちは否定してはいけない。否定すれば……お前の波紋は『憎しみ』に支配される。
その気持ちを忘れるな。だが、ここぞという時は……非情と蔑まれようとも、決断せねばならん。
さもなくば、お前はこれから先、生き延びる事はできんぞ……」
メッシーナの言葉は、力強く、優しく……まるで父親が息子を励ましているかのようでもあった。
「フォークランド卿。オレには、あんたの行動が正しかったかどうかは分からない。
だがこれだけは言える。キャロルなら大丈夫だ……
彼女はあんたが思っているより……芯の強い娘だ。自らの道は、自ら選ぼうとするだろう。
たとえどんなにその道が苦しく、はかないものであったとしても」
メッシーナの練った波紋が、フォークランド自身にも到達した時……彼もまた、微笑みを浮かべていた。相変わらず、その笑顔はぎこちないものではあったが。
「そうか……わしは、とんでもない思い違いをしていたようだな……
わしの存在が……キャロルを……縛りつけてしまっていたとは……」
「フォークランド大叔父様……」キャロルの頬に、一筋の涙が伝った。
「キャロル……すまなかった……心弱き愚かな大叔父を……どうか、許して……」
シュウウウウウッ…………！
メッシーナと、フォークランドの肉体は……この地上から完全に消え去った。
「メッシーナ……師範……」
わずか一晩の間に……多くのものが通り過ぎ、そして失われていった。
だがそれらは決して無駄ではない。
彼らは死んだのではない。残された者に託すべきものを託し、旅立ったのだ。
託すべきもの。未来を願う……「黄金の意志」を。
つーワケで。決着です。大変長らくお待たせいたしました。
両者とも勝者！（笑）うーん、白黒つけたかったのですが……ケチのつけようがない。残念。
YBさん、柴犬さん、蛙男さんには、ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした！
お暇でしたら、エピローグの方もお楽しみくださりませ。
以上、邪悪なMMＬ氏ーどの４回目でした〜。
この対戦小説は、柴犬さんと蛙男さんの対戦ソースを元に、Ｌ氏ーどが構成しています。
解釈ミスもあるかもしれませんがご容赦ください。
柴犬さんと蛙男さん及び、ミラションとメッシーナ、そしてナジーブとレジエにもありがとう！