昔話.水谷喜一郎の独白



 十年以上経った今でも、あの男の存在はわたしにとって永遠の謎だ。
 そう、十年ほど前……まだわたしが東京にいた頃の話だ。

「水谷……喜一郎さんですね?」

 彼は人懐っこい笑顔を見せつつ、わたしの店にやってきた。
 しばらく表に飾られていた花を眺めていたが、やがてわたしに声をかけてきた。
 その表情とは裏腹に、男の話は唐突かつ、わたしの心に障るものだった。

「大変ですよねえ……妻を亡くされて……娘さんを男手ひとつで育てていかねばならないとは。
 あの病院も、とんだ食わせ物でしたねえ。
 あれだけ法外なカネを、手術に成功しようが失敗しようが、お構いなしにキッチリと、あなたから取り立てた……」

「あんた……何者だ?」

 嫌な記憶を呼び起こされ、わたしは不快感を露にした。
 初対面の男に自分のプライベートを一方的に語られ、気分のいい人間がいるだろうか?
 だが男は、悪びれた様子もなく先を続けた。

「失礼。私も2年ほど前に、妻に先立たれましてね……家には、息子が二人いるんですが。
 あなたの娘さんと同じくらいの……可愛い、盛りなんですよ」
「妻や娘の事は、あんたには何の関係もない。申し訳ないが、冷やかしならお帰り願いたいのだがね」
「いえ、私はただ……あなたに救いの手をさしのべたい、と思っただけですよ。
 聞けば、手術代のために多額の借金をなされ、その返済に追われているとか……」
「あんた、宗教関係者か? それとも『ラクラク儲ける方法教えます』とかいった類の、怪しいセールスマンかい?」
「どちらかといえば後者ですが……どうやら今日のあなたは気が立っておられるようだ。
 出直すとしましょう……そうだ、せっかく来たのだから……この花をいただきたい」

 それからというもの、男は毎日のようにわたしの店へやってきては、花を一輪ずつ買っていった。
 わたしも最初は、毛嫌いしていたが……いつしか、彼が来るのを待ち遠しくなった。
 男の物腰や語りは柔らかなものだったし、最初の日以来、妻や借金の話をしなくなった。
 ある日、わたしはとうとう気になって男に尋ねた。

「最初に店に来た時……言っていただろう? 『楽に儲ける話』があるって……」

「ええ」彼の態度は静かな湖面のように波ひとつ立たず、動揺はみられなかった。「別に、何か商品を買って人に紹介するだとか、そんな面倒な事じゃあない。ただ……この『種』を育てて、花を咲かせればいい」

 男が取り出したのは、そこらの花屋にでも売ってそうな、種子の入った袋だった。
 袋には、太く長い茎にいくつもの小さな乳白色の花のついた、植物の写真があった。

「……? 『チューべローズ』の種?」
「いいえ。カモフラージュのために、チューベローズの袋に入ってますし、咲く花も同じ形ですが……その色だけは違う。血のように紅い、花なのです……」

 男は怪訝そうなわたしに構うこともなく、袋をわたしの手に握らせた。

「差し上げます。これを育てるかどうかは、あなた次第ですが……
 この花弁から抽出される液体は……ある『麻薬』の成分と同質のものとなります。
 それを今からわたしが言う場所へ持っていけば、確実に……大金が転がりこんでくるでしょう」
「なッ……わたしに犯罪の片棒をかつげと? 冗談じゃあない。
 それにもし、わたしがこの種を警察に突き出せば……あんたは逮捕されるぞ?」
「確かにそうですが……あなたが『借金』から逃れるチャンスは、これしかないはずです。
 娘さんが大きくなれば、養育のために何かと費用がかかるでしょう……?
 この『悪の種』を撒く事で……あなたは苦しみから解放されるのですよ……」

 今にして思えば、胡散臭い話だった。だが不思議と、聞いた当時はそんな気にはならなかった。
 それほど男の話術は甘美であり、説得力に溢れるものだった。
 男が一通りの説明を終えると、わたしはもうひとつの疑問を口にした。

「そういえば、まだあんたの名前……聞いてなかったな」

「私の名前?」男は不意を突かれたようにきょとんとしたが、しばらくして言った。
「私は……『虹村』といいます。もしその種を育て、『大金』を得る気があるのなら……
 私の故郷である『杜王町』に来なさい……まったくステキな町ですよ、あそこは……フフ。
 …………明日また、来ます」

 しかしその日以来、「虹村」と名乗る男がわたしの店を訪れる事はなかった…………


 水谷喜一郎自身、知る由もなかったが……
 エジプトのカイロで、ジョースター一行がDIOを打ち倒し、長年の因縁に終止符を打ったのは、ちょうどその翌日であった。


Story Tellers from the Coming Generation! Interactive fighting novel JOJO-CON

たくたくさんの「カメオ」

VS

Rさんの「虹村億泰」

マッチメーカー :L氏ーど
バトルステージ :お花畑
ストーリーモード :Fantastic Mode


双方向対戦小説ジョジョ魂



ROUND3


14.〜逆境に打ち勝つ〜(ウォールフラワー)



「目、閉じてくれる……? 億泰くん…………」
「……………………ああ、分かった」

 億泰は青葉に言われるがまま、目を閉じた。

 それを確認し、青葉……いやニセ青葉は、その顔に最も似つかわしくない邪悪な笑みを浮かべた。

(クヒヒヒ……この不自然な状況だというのに、素直に目を閉じるとはアホな奴よのーッ!
 まあ、コイツも好きな女の姿をしたこのあたしに殺されるのだ……悔いはないわよねェ〜)

 ニセ青葉は、右手を鋭い鉤爪状に変形させ、億泰にゆっくりと迫った。

(その目ン玉えぐり取って!
 間髪入れず、のど笛を噛みちぎってくれるわッ! ウフフゥ〜肉! 肉の味ィ!)

 ニセ青葉が右手の凶刃を振り下ろそうとしたまさにその時、億泰が口を開いた。

「…………おれはバカだけどよぉ〜、やっぱ疲れるわ。
 本物のバカ相手に、さらにバカのフリをするっつーのはよォ〜」

「…………えッ!?」

 億泰の言葉に、ニセ青葉は驚きを隠せなかった。

「ま、てめーがカメオの野郎に似てゲスな奴でよかったがよォ〜〜〜。
 ニセモノとはいえ、青葉さんにそっくりのてめーをけずり取るのは、心が痛むからなぁ〜〜ッ!」
「なッ……貴様、目を閉じているのに、何故…………ハッ!」

 ニセ青葉は横を向き、ようやく真相を悟った。
 すぐ側に、億泰のスタンド「ザ・ハンド」が待機していたのだ!

(しまったッ……億泰のマヌケ面に近づきすぎて気がつかなかったッ……!)

 失策に気づいた時にはもう遅い。

 ガオンッ!!

 ザ・ハンドのすべてをけずり取る「右手」が、ニセ青葉の変形した右腕を一掻きで消し去った!

「あぎィうぎえぁぁぁアアああーッ!?」

 人間離れした絶叫を上げ、ニセ青葉はバランスを崩して転倒する。

「その『断面』……てめー『土』かなんかでできた人形かァ〜?」
「バカなァ〜〜……いつから、いつから気づいていた!?」
「わりと前からだぜ……最初にてめーに、上に『スタンドがいる』って説明した時によォ〜……
 てめー『スタンド』についてスッとぼけやがったよなぁ〜〜?
 おれはよォ、『カフェ・ドゥ・マゴ』の事件後、青葉さんにスタンドについては説明済みなんだよッ!」

(……なんたる事ッ! 一般人の『演技』に固執しすぎて、記憶を調べきれていなかった……ッ!
 マズイ、もうあたしでは勝てない……カメオ様に知らせなければッ……)

 ニセ青葉はくるりと踵を返し、億泰から離れようとした。

「無駄だァーッ!……『ザ・ハンド』! 空間をけずり取るッ!」

 ギャオォン!

 逃げる軌道を「ザ・ハンド」の右手が薙ぐと、ニセ青葉の身体はたちまち億泰に引き寄せられた!

「な、何だとォ〜〜! このックサレへナチン野郎がァーッ!」

「やれやれ、それ以上……青葉さんの顔で下品なセリフはくんじゃねーぜ……『消えな』ッ!!」

 ガオン! ギャオン! ガオオォォンッ!!

 三閃!
 それで終わりだった。ゲスな土人形の哀れな最期だった。

15.〜美しく変身〜(アスター)



「心から…………歓迎しますよ。美しいお嬢さん」

 水谷喜一郎は、青葉たちに恭しく会釈をしたが……
 そのみすぼらしい格好が、どうしようもなくアンバランスであった。

(この人……失踪したっていう、春香のお父さん……?
 まさか彼が、この『花畑』の主だったなんて…………)

 まじまじと青葉に観察され、喜一郎はようやく思いついたように、

「あ……こんな見苦しい服装で申し訳ない。
 永い事、人に会ってなかったもので……つい外見が無頓着になってしまった」
「……いえ、その……」
「ちょっと待っててくれたまえ。着替えるから」

 喜一郎はほぼ一方的に二人に申し渡し、パチンと指を鳴らした。

 ビュルビュルビュルッ!

 喜一郎の周囲の花の茎が超絶的なスピードで生長し、彼の姿を一瞬で覆い隠した!

「ひッ!」傍らにいた胴間もこれにはビクついた。

 次の瞬間、花は急速に元に戻り……喜一郎は変貌した。
 伸び放題だった髪や髭もきれいに整い、ボロボロだった服も一変した。ただ……

 青葉と胴間の抱いた感想は一致していた。

(……この人、服のセンスないわ……)

 中世ヨーロッパの男爵あたりが着こなしそうな、古風な黒いタキシードに身を包んでいた。
 花畑に全く似合わないが……

「さて、これでオッケーかな?
 わたしは自己紹介した。あなた方の名前も伺いたいが?」
「あ、はい……あたしは長嶺青葉……」
「胴間……ドラ美よ……」

 呆気にとられた二人は手短に紹介を終え、さっそく本題に入る事にした。
 まず胴間が切り出した。

「アンタが……この『花畑』を生み出してンのは分かってんだッ!
 頼むから、さっさと解除してアタイたちと……億泰くんも脱出させてちょーだい!」
「拒否するッ!」
「そう、わかってくれればそれで……って、あっさり断ってんじゃねーッ!
 アンタの花畑のせいで、何人もの犠牲者がミイラ化してんのよッ!
 責任取んなさいよ……ハア、ハア……」

 ただでさえ弱っているところに、気持ちを昂ぶらせたのが祟ったか……小康状態だった胴間は、再び息を切らしてしまった。

「胴間さん、ムチャしないで」胴間の背中を必死にさする青葉。

「心配はいらない……」喜一郎はかぶりを振った。「あなた方も含めて、この『花畑』にいる人間全員は、決して死ぬ事はない……殺生はこのわたしの……何よりも『花』たちの望むところではないからね」

「どういう事……ですか?」動けない胴間に代わって、青葉が訊いた。

「花たちは『温厚』だ……その人がどうにか生き長らえるだけの力は残してくれる。
 この空間では肉体的に老いる事も、餓死する事もないから……自然に回復していくからね。
 それがわたしの持つ能力……『ザ・ガーデン』なのだよ」

 喜一郎は「温厚」と表現したが、青葉はとてもそうは思えなかった。
 生かさず殺さずで永久利用など、まるでヘビの生殺しではないか。

「喜一郎さん、あなたの目的はいったい……?」
「……あなた方には、ここにある花を維持するための『養分』を提供してもらいたい。
 あの男を……『カメオ』を倒すためにッ!」

 喜一郎の眼光が鋭くなった。

16.〜失意〜(ムスカリ)



 億泰はガラにもなく、沈思黙考していた。

(カッコつけてニセモノをブッ倒したのはいーが……
 問題はどーやってカメオの野郎を追うかだよなぁ〜〜〜〜……)

 相も変わらず平坦かつ広大な花畑。
 いくら眺めたところで、今まで大した閃きもなかったのだ。まさしく「ナントカの考え休むに似たり」といったところか。
 そこで億泰は、花の謎解きは諦めて、もう少し単純に考えてみる事にした。

(あのカメオの『スタンド』……あんだけのパワーを持って、しかもそれなりに考えて行動してやがったよなァ〜……承太郎さんが言ってたっけ。スタンドには『ルール』があって、オレみてーに近距離パワー型のスタンド使いは、スタンドの近くにいねーと十分なパワーが発揮できねーって。
 『本体』の姿は見えなかった……てことは、どっかものすごく近くに隠れてたりすんのかな……)

 適当に花畑の周囲を散策してみる。すると……あからさまに不自然なモノが見つかった。
 引っこ抜かれた草花が一定の間隔で散乱しており、ご丁寧に足跡まで残している。

「コレってまさか……カメオの『本体』のモンかぁ〜?」

 随分と不注意極まりない気もしたが、カメオは先刻「主を見つけた」と言っていた。
 すなわち、この足跡をたどっていけば……カメオにも、『主』にも会えて一石二鳥!

「オレって頭イイ〜」

 喜び勇んで億泰は、足跡の続く方向へと歩みを進めていった。


 一方のカメオは…………
 自らのスタンド「ジャッジメント」に担がれて、空を飛んでいた!
 「ジャッジメント」は短時間ならば浮遊能力がある上、人ひとり運ぶ事など造作もないのである。

(……今ごろ億泰のヤツ、ニセモノとも知らずに青葉にとどめを刺されてる頃かな……ククク。
 まァ〜万一仕留め損なったとしても……単純なヤツの事だ。おれがワザと残していった足跡を、目の前に竿でぶら下げられたニンジンを追うボケ馬のよーにたどっていくだろうなァ〜〜〜〜ヒヒ。
 主の居場所は、足跡つけた方角のちょーど反対側なんだよーん!
 途中で途切れた足跡を発見した時……億泰! キサマは失意の淵に立たされるのさァ〜!
 己のマヌケさを呪うがいい! ギャーッハハハハッ!!)

 カメオは、年月を経てさらに生え際の後退した頭をなでさすりつつ、だらしない表情で愉悦に浸っていた……

17.〜幸運がくる〜(杜若)



 数分後……カメオが想像していた通りの億泰がそこにいた。

「『足跡』がねえッ! チクショーだまされたッ!」

 誰かが言った。『だまされた、思った時にゃ手遅れだ』と。
 今度こそ万策尽きてしまい、しゃがみこんで悔しがる億泰だったが……

「キャーッちょっと、ストップ! どいてェーッ!」

 ガヅンッ!!

「ウガッ!!」

 上空から女の声がしたと思った刹那、凄まじい衝撃が億泰を襲った。
 セーラー服の少女が一人、降ってきたのだ。受け止めた背中にひどい鈍痛が走った。

「っ痛ェ〜……何なんだよ……って、水谷じゃあねーか」
「お、億泰くん……(覚えててくれたんだ……)」

 少女は水谷春香だった。

「どうしてお前までこの『花畑』に……どうした? 顔赤いぞ?」
「あッいえ……そんな事、今はどーでもいーじゃない。
 億泰くん、今日あたしの店に来たでしょ?」
「ああ〜そっか。お前も帰宅したら、あのワケわかんねー花びらに巻き込まれて、ここに来ちまったワケだな」
「ちょっと違うわ……あたしは自分の意志で来たのよ!
 状況を一から説明する必要があるみたいね……」

 春香は億泰に、懇切丁寧に説明を始めた。
 杜王町で未だに失踪事件が起こっている事。それが彼女の店である「フラワーショップ・ミズタニ」を中心としている事。自分の父親も、おそらくこの空間に飲み込まれた事……
 もっとも春香は、この『花畑』に入った事はなかったので、断片的な情報にならざるを得なかったが。
 いっぽう億泰も、今まで起こった事すべてを春香に語って聞かせた。

「つまり、そのカメオって人が、花畑の主の居場所を突き止め、今殺しに向かっている最中ってワケね……」
「ああ……やっぱり本物の青葉さんも、この空間のどっかにいるのか……」歯噛みする億泰。
「その可能性は高いわ……」
「一刻も早くカメオの野郎を追わねーと……この空間つくったヤツってのがどーもいけ好かねーけどよォ〜……それでもやっぱり、むざむざ殺させるワケにはいかねーしなァ……
 そうだ。水谷、お前……花にはけっこー詳しいよな?」
「そんなアテにされても困るけど……まあ、一通りは」

 春香は周囲に咲き乱れている花々を見渡して言った。

「例えば、今ここに咲いてる花は……赤がストロベリーキャンドル、黄色がタイガーリリー、紫色のものはブローディア、ピンク色のゼフィランサス、白いのはインパチェンス……」
「ああ〜分かった分かった。十分すぎるほど詳しいぜ……」

 放っておくと、とめどなく花の名前が飛び出してきそうだったので、慌てて制止する億泰。
 「花といえば春香」の呼称は伊達ではない。大いに期待できそうだった。

「カメオの話じゃあ、ここにある花は『主』の居所の手がかりになってるらしいんだよ。
 『花言葉』がキーワードなんだがよォ〜……」

「花言葉…………」

 しばらく春香は、ぼーっとした表情のまま花を眺めていた。
 まるで花畑に魅入られてしまったかのように、微動だにしない。

「どうしたんだァ〜水谷?」
「……この『花畑』……見た事ないはずなのに……
 どうしてかな……何か『懐かしい』って感じる……」
「?」
「花たちが導いてくれる……お父さんの下へ……」

 何かに取り憑かれたように、夢遊病者のように……春香は進んでいく。
 億泰は目を疑った。春香の進もうとする場所の花々が…………次々と割れていく!

(な、何なんだァこりゃあよォ〜〜〜〜ッ!?)

 その光景は、かつてエジプトから逃れるために海を割って道を作ったというモーゼのようであった。
 花が作り出した「道」は、一直線上に億泰のたどった反対側の方向へと続いていた。

「行きましょう、億泰くん……『花』たちはあたし達の味方よ」
「……何かよくわかんねーけど……行ってみるしかねーか……」

 半ば強引に引きずられるように、億泰たちは歩き出した。

18.〜変わらない心〜(レプトシフォン)



 青葉は、聞き慣れない人名が出てきたのでさらに質問を重ねた。

「誰なんですか、その『カメオ』って……?」
「何だと? 君たちは出会っていないのか……珍しい事もあるもんだな。
 奴……カメオこそは、わたしを脅かす宿敵ッ! わたしの幸福のためにも、ここにある花たちを使って、奴を精神的に発狂に追い込んでやらねばらないッ!
 そもそもこんな空間が生まれたのも、半分は奴のせいなのだ……!」

 喜一郎はこれまでに自分の身に起こった出来事を語り始めた。
 妻を病気で失い、その手術代として多額の借金を背負ってしまった事。ある日「虹村」と名乗る男が麻薬を生み出す「花の種」を自分にくれた事。その後、店を東京から杜王町へと移転した事。

(……『虹村』って、億泰くんの姓と一緒じゃない……億泰くんの家族も、昔は東京に住んでいたって言ってた……ひょっとして……)

「……あの男が言った事は、何もかもが現実になった。
 杜王町は確かに素晴らしい町だったし、今までうまくいかなかった商売も……着々とではあるが、軌道に乗りつつあった……だがどうしても、借金を返済するところまでは至らなかった……『悪の種』に手を出す前まではな」

 娘の学費を捻出するためには……借金の重荷を消し去るしかない。
 喜一郎はとうとう、今まで我慢していたが、どうしても捨てる事のできなかった……『種』を育て始めたのだった。

「育成法はチューベローズと同様だったが……かなりの精密さが要求された。
 種のほとんどは実を結ばなかったが……それでもついに、6本が花を咲かせたのだよ……」

 その後は思いのほか、事はうまく運んだ……かに見えた。
 男が言っていた横流しのルートは、十年以上経った今でもしっかり生きており……今までの苦しみが嘘のように、借金を返しても倍以上の大金が喜一郎の下に残った。

「『警察』もまるで動かなかった……成功したと思ったんだよ……
 あの時、横流しの便宜を図ってくれたカメオが裏切ったりしなければッ!」

「そこから先は……おれが話そうじゃあないか? あ〜ん?」

『!?』

 突如として聞こえた全く別の男の声に、青葉、胴間、喜一郎の三人は思わず振り返った。
 カメオのスタンド「ジャッジメント」の圧倒的な姿が、上空に鎮座していた!

「クヒヒヒ……出血大サービスだ。スタンドの見えない一般人にも分かるよう、『強く』具現化してやったぞ……そして! ついに会えたなァ〜水谷喜一郎ッ! フハハハハーッ!!」

「バ、馬鹿なッ! カメオの『ジャッジメント』だとッ!
 どうしてここが分かったんだ!?」
「あれが……あのロボットみたいなのが、カメオなんですか……?」
「正確にはカメオのスタンドだ……マズイ、非常にマズイぞ……」

 喜一郎は「ジャッジメント」に面識があったらしく、一瞬にして顔面蒼白になった。

(……億泰くんも言ってた……自分は『スタンド使い』だって……
 あれが……『スタンド』……)

 青葉は巨大な「ジャッジメント」の容貌に戦慄を覚えた。

「……ついにこの時が来たのだ……
 あの日の屈辱を晴らす事……それだけを考え、変わらず思い続け……おれは貴様を捜し求めてきた……
 『矢』が貴様に突き刺さり、このクソッタレな花畑が出現したあの日からなあ〜〜〜〜」

 「ジャッジメント」の両目が、爛々たる輝きを発した。

19.〜悪夢〜(ユウガオ)



「ところで、そこの女!……確か『長嶺青葉』とかいったな」

 名指しされ、青葉はビクリと身を震わせた。

「…………な、何よッ」毅然と睨み返したものの、彼女の両脚は小刻みに不快な音を立てていた。

「礼を言うぞ……おれが喜一郎を見つけ出す事ができたのは、お前のお陰だ……
 お前が親切にも『道案内』してくれたお陰でなあ〜〜〜〜ヒヒヒヒ。
 そこでだ……この花畑から脱出する手伝いをしてくれたお前に、礼をしたい。
 死ぬ前に試しに言ってみろ。『3つの願い』を……かなえてやるぞ……クククハハハハ!」

「……3つの……『願い』……?」

「そうだ……言ってみるがいい。願いを聞き、かなえるのがこのおれの……『ジャッジメント』の能力なのだよ……」

 青葉は戸惑いを覚えた。
 3つの願いを言えという割には、カメオの態度はお世辞にも友好的とはいえない。
 カメオは喜一郎を殺す気だろう。助命を嘆願したところで、にべもなく断られてしまうに決まっている。

(そんな事になったら、春香が悲しむ……なんとか、なんとかしなくちゃ……)

 平凡な女子高生にしては芯の強い青葉ではあったが、本物のスタンド使いと渡り合えるほどの精神力の強さは持ち合わせてはいなかった。
 苦悩する青葉。ふと、傍らの胴間がぐったりと花畑に倒れ込んでいるのに気づいた。

「ど、胴間さんッ!」

 顔から血の気が失せ、ほとんど土気色であった。かなり危険な状態のようだ。
 喜一郎は「死ぬ事はない」と言っていたが……そんな事は問題ではなった。

「お願い! 胴間さんを……元気にしてあげてッ!」
「それが『ひとつめの願い』か?」
「できるの? だったらお願いッ!」
「いいだろう、かなえよう…………Hail 2 U!

 カメオの呪文と共に、青葉の足元から薄い緑色の液体の入ったガラス瓶が出現した。

「その中に魔法の薬が入っている。飲ませてやるといい……ククク」

 青葉は無言で瓶を拾い上げ、胴間の口元へ薬を流し込んだ。

(もしかしたら『毒』かもしれない……いいえ、そんなハズはないわ。
 カメオは『願いを聞く』のが能力だと言った……あたしは胴間さんを助けたい。
 その気持ちは、本物だもの…………!)

 薬を飲ませ終えると、胴間はうっすらと目を開けた。

「よかった…………胴間さん、持ち直したのねッ!」
「青葉……ひょっとしてアタイのために……『願い』を?」
「いいのよ、そんな事…………?」

 青葉の心の中に、ふと疑問符が浮かんだ。

「ごめんね、青葉……アタイはいつも助けられてばっかり……お礼、しなくちゃね……
 アタイの事、気遣ってくれて……とても、とても嬉しかった……だから……」

 今まで意識を失っていたはずの胴間が、なぜ「3つの願い」の事を知っているのか?
 そもそもカメオは、青葉が「道案内」してくれたお陰でここまで来たと言った。あの場には、青葉と胴間しかいなかったはずだ。どうしてカメオがそれを知る事ができたのか?

「だから、お礼に…………アンタを殺しちゃう

 ドガァ。

 胴間ドラ美……だったものの右腕が変形し、青葉の胸を貫いた。
 胸元と口から鮮血をほとばしらせつつ……青葉はうつ伏せに倒れこんだ。

「クヒヒヒヒ…………引っかかったなァ〜!
 その『胴間ドラ美』は……本物の胴間の『ここから脱出したい』という願いが生み出した土人形さ。
 もっともその本人は……今ごろラベンダーに食い尽くされてオダブツだろーがねェ〜。
 不自然だとは思わなかったかね? 彼女があれだけ『花』に詳しかった事に!
 何より、このおれの存在を知らなかった事によォ〜!」

 得意げに語るカメオの声も、もはや青葉には届いていなかった。

「この哀れな娘に、死後の世界にて幸あれ……Hail 2 U!」

20.〜切実な思い〜(トリトマ)



「おのれッカメオ……この、外道がッ!」

 それまで微動だにしなかった喜一郎だったが、不意に我に返って罵声を浴びせた。

「黙れッ! このアホが……貴様のスタンドは花によるみみっちい精神攻撃しかできねーって、ネタは上がってんだよ……ククク。
 それに、こーなったのもすべて貴様が悪いのだぞ、水谷喜一郎……
 胸に手を当てて……よーく考えてみやがれッ!」

「な、何だと……」喜一郎の顔に動揺が走る。

「確かにおれはこの女を殺した……
 だが元はと言えば、てめーがこんな『花畑』におれやこいつらを引きずり込んだりしたからだ……
 お前があの時、犯罪と知りつつも『種』を育ててカネを手に入れたりしたからなんだぜェ〜。
 貴様に全く責任がないとでも……言い切れるのかね?」

「あれは……仕方なかったのだ。わたしにはカネが必要だった……娘の将来のためにも。
 脅迫してくる貴様も邪魔だった……だから『ザ・ガーデン』を使って廃人にしてやろうと……」
 反論するも、その口調は弱々しい。

「フン……理由はどうあれ、この惨劇を招いたのは貴様だ!
 何の関係もない人間を巻き込んでまで、このおれを脅かそうとしたのも貴様だ!
 貴様は許されざる罪を犯したのだよ……クハハハハハハハ!!」

「ぐっ…………」言葉に詰まり、喜一郎はガックリとうなだれた。

「おれのスタンドは『審判』のカードの暗示……その名において、すべての罪びとに平等に訪れる『死』の判決(ジャッジ)を今から貴様に下すワケだが……
 その前にひとつ聞いておきたい。そのバカでかい『木』は一体なんなんだ?」

「!」喜一郎の眼に焦燥の色が宿った。「やめろ……わたしはどうなってもいい。その木には……手を出すなッ」

「ほほぉ〜〜〜〜」途端にカメオは邪悪な喜色を見せた。「よくは分からんが、どうやら貴様にとってかけがえのないモノらしいなあ〜そいつは」

「わたしにもよく分からない……思い出せないんだ。だが……『大切な何か』だと感じる……
 それを失ったら、わたしがわたしでなくなるような……そんな気がするんだ……」

 必死に懇願する喜一郎。だがカメオの返答は冷酷だった。

「バカかてめェ〜は。
 自分を恨んでる人間に、弱みを見せたらつけこまれるに決まってるだろォーがッ!
 つまりはそういう事だ……決定した。今からこのうっとーしい『木』を排除するッ!」

「や、やめろォォォォォォォォ!!」

 喜一郎はカメオを寄せ付けまいと必死に立ちはだかったが、所詮生身の人間が「ジャッジメント」にかなうはずもなく、一撃でなぎ払われてしまった。

「ぐ…………が…………」
「うぜーんだよォ……クソオヤジが。胴間、そいつを抑えてろ」

 吹き飛ばされ重傷を負った喜一郎に、ニセ胴間が飛びかかってはがい締めにした。
 それを見届けたカメオは、木を粉微塵にすべく悠々と一撃を繰り出した!

 ところが……

 スカッ。

 大木に風穴を空けるはずの「ジャッジメント」の拳は、むなしく虚空を掴んでいた。

「んな…………!? 『木』が移動しやがったのか…………?」

「違うぜバ〜カ……てめーを『瞬間移動』させたのさ……このオレがなァ!」

 声の主は無論、虹村億泰!
 彼の出現は全くの予想外だったらしく、カメオは狼狽しつつ飛び退った。

「バカなーッ! お前のド低脳でここまでたどり着けるはずがないッ!
 一体どうやってここが分かったのだッ!?」

「答える必要はねーぜ……ウダラァッ!」

 「ザ・ハンド」の右手が再び唸る。今度は喜一郎を引き寄せた!

「アギ!?」当然、組み付いていたニセ胴間も一緒である。

「ご丁寧に胴間のニセモンまでこしらえやがって……
 だが、いくらこんなモンけしかけたところでよォ……オレの『ザ・ハンド』の前には無力だッ!」

 ガオオンッ!

 さらに繰り出された一撃で、ニセ胴間の頭が消し飛ぶ!
 たちまち土人形は力を失い、元の色に戻って崩れ落ちた。

「お父さん……しっかりしてッ」

 今まで物陰に隠れていた春香が、横たわる父親にすがりついた。

(アイツは確か、喜一郎の娘ッ……そうか、あの女の手引きか……ウヌヌヌ……!)

「もう、てめーにゃあ後はねーぜ……オレにブチのめされる『バッドエンド』しかよォ〜!
 覚悟を決めなァーッ!」

21.〜闘い〜(アキレア)



「……『覚悟を決める』だと……? このおれが……?」

 カメオの声色はドス黒い呪詛に満ち、本体がいれば歯軋りの音が聞こえてきそうだった。

「フン……『バッドエンド』だとッ! 笑わせやがって!
 確かにお前がここに来れたのは誤算だったが、この物語の結末はこう変更される……
 『審判のカメオはアホの億泰とついでにザコどもも皆殺しにし、大金をせしめて末永く幸せに暮らしました』と……
 OH! HAPPY END! に変更されるのだ!」

 億泰も一歩も退かない。

「してみやがれよ……できるもんならなァーッ!」

 ドギューン!
 億泰の「ザ・ハンド」は、果敢にも「ジャッジメント」に挑みかかった!

(ヤツの『けずり取る』能力は厄介だが……単純なスタンドパワーではおれの方が上だッ!
 まずはヤツのスタンドの右手を封じ…………)

 ギャオン!

「…………え?」

 空間をけずる轟音が聞こえたかと思うと、目の前の億泰と「ザ・ハンド」が消えていた。

「なッ……どこに行ったッ!?」

 慌てて後ろを振り返ると、億泰は頭上に瞬間移動していた!

「ここだぜ……くらいやがれッダボ野郎ッ!」

 ドゴォッ!

 「ザ・ハンド」の強烈な回し蹴りがカメオの左肩を直撃!
 外骨格のような「ジャッジメント」の装甲も、耐え切れず砕け散った!

「ムギャアアアアアア!!」

 衝撃に吹っ飛びつつも、どうにか空中で態勢を整えるカメオ。

「バ……バカな、強い! さ……さっきよりだんぜん強いぞ!」
「当たり前だァーッスッタコ! パンチよりキックのほうが威力が高いに決まってンだろッ!」
「そ、そーゆー問題じゃねえ!」
「ウダウダ言ってんじゃねーぜッボゲッ! 今更詫び入れたって許さねーぞコラァーッ!」

 勢いに乗る億泰は、カメオにさらに肉迫した!

(ヤッべェェーッドジこいたーッ! こーなったら、あそこにいる喜一郎の娘を人質にッ……!)

 ボワンッ!

 爆発音と共に「ジャッジメント」が消えた。

「何ッ……あの野郎、どこに逃げやがった……ハッ!」

 悪い予感と共に振り向けば、水谷親娘の頭上に「ジャッジメント」が!

「…………うム…………」
「よかった! お父さん、気がついたのねッ」

 春香の必死の介抱に、ちょうど喜一郎が目覚めた矢先の事であった。

22.〜無限の悲しみ〜(アリウム)



 億泰もそうだったが、喜一郎の覚醒を見てカメオもまた動揺していた。

(何ィーッまずいッ! 喜一郎が目を覚ましやがった……!)

 カメオにとって最大の恐怖は、億泰が生きているうちに花畑を解除される事だった。
 もはや喜一郎に、この「ザ・ガーデン」を維持する理由などない。
 娘の春香が呼びかければ、簡単に解除に踏み切ってしまってもおかしくはないだろう。今、現実の世界に引き戻されてしまっては、水谷家のカネをせしめて杜王町を脱出する計画が困難になる。
 この『花畑』が消滅する時……その時は、カメオ以外の全員が死んでいなければならないのだ。

「お父さん……あたしよ、春香よッ」
「……君が……わたしを助けてくれたのか……『春香くん』……というのかね?」
「!? な、何言ってんのよお父さん! 娘のあたしを忘れたのッ!」
「わたしには……娘がいた……のか?」
「……………………!」

 奇妙な親娘の再会シーンに、カメオも億泰も茫然自失となった。
 しばらくして、呪縛から解かれたカメオが哄笑した。

「クハハハハハハハハッ! こいつは傑作だぜッ!
 どーやら……『花』に精神を奪われていたのは、おれたちだけではなかったよーだなァ!」

「何だとォ〜……どういう事だッ!」詰問する億泰。

「知らなかったのか〜億泰ッ! まあ無理もないか……
 『スタンド使い』であるおれやお前にとっては、蚊が刺した程度の精神攻撃だったからなあ〜。
 ここに咲いている花はなあ……引きずり込んだ人間の精神を少しずつ奪い、動けなくなった者の肉体を糧として、生長しているのだよ……
 とはいえおれ自身も、幾度も発狂の憂き目を見た……この責め苦が、あと一体どれだけ続くのかと……この空間の中で脅えていたからな。
 だがタネがバレちまえば何の事ァないッ!
 『主』の方はとっくにイカれてやがったんだからなあ〜フハハハハ!」

 余裕の高笑いをひとしきり終えたカメオは、さらに『ある事』を思いついた。

「ところで億泰……『長嶺青葉』がどこに行ったか……知りたくはないかね?」

 カメオの言葉に、億泰はあからさまに反応した。

「てめェー……青葉さんに何しやがった!?」
「何だ、気がついてなかったのか? つくづくおめでたい野郎だなァ〜クヒヒヒ。
 お前の足元……ホラ、すぐ側に転がってるだろォ〜が」
「なッ…………!?」

 億泰は足元の花畑を見やった。そして……発見してしまった。

「そ、そんな…………青葉さん…………ウソだッ…………」

 倒れ伏したまま動かない青葉を前にして……億泰は魂が抜け落ちたかのように、ガクリと膝をついてうずくまった。

「すごいショックだろうなあ〜〜〜〜!
 『白馬の王子様が駆けつけた時にはもう、お姫様は殺されていました』なんてなあ〜!
 ……『バッドエンド』はお前にこそふさわしいものだったな……ククククこの勝負……
 このおれの勝ちだ!

 カメオの勝利宣言にも、抜け殻のようになった億泰は無反応だった。
 「ジャッジメント」は即座に億泰の頭上へ瞬間移動し、とどめの一撃を見舞うべく腕を振りかぶった。

「悲しむ必要はない……すぐにお前も送ってやるぞ……その女の待つ『あの世』へな……ヒヒ。
 来世で結ばれる事を祈ってやるぞ……
 Hail! 2! Uッッ!!!!」

23.〜打てば響く〜(ボロニア)



 これがカメオの「切り札」であった。
 「守るべきもの」を失った時。裏切られた時。愛する者と死別した時。
 人の精神エネルギーは限りなくゼロに近くなる。

 「ジャッジメント」の本領とはッ!
 「人の心からの願い」をかなえ、悲劇的な結末をもたらし、「生きる力」を喪失させる所にあるッ!

 この悲劇を招いたのは自分自身の「願い」なのだ……己の身勝手な。
 それに気づき、己を責めた人間は……「審判」の術中に落ちた事には気づかない。

 これこそが「ジャッジメント」の能力の真の恐ろしさであった!




 しかしながら、である。
 絶望の淵に陥った時、どうなるか……相対的にみて、世の中には二種類の人間が存在する。
 失意のどん底に突き落とされ、何もする事ができなくなる者と。
 ショックのあまり自棄を起こし、何かに当たり散らす者と。

 虹村億泰が、いったいどちらのタイプの人間かは…………

 ドグシャ!!

「…………………………………………あぎ!? ?……………………」

 改めて、この場で述べるまでもないであろう。

 「ザ・ハンド」の乾坤一擲の裏拳が、「ジャッジメント」のみぞおちを捉えていた。

「てめーは…………越えちゃあならねー一線を越えやがった…………」

 億泰の声は、いつにも増して静かだった。
 猛り狂う胸の内を、力づくで無理矢理抑えこんでいる……誰の目から見てもそれが分かった。

「ゆるさねえぜ…………もうゆるさねえ!」

 ドバァーンッ!

 裏拳の衝撃によって、カメオの全装甲が弾け飛んだ!

「なにィうぎゃああああああーッ!!」

 カメオのスタンドの内部が露になり、骨組みだけの貧弱な様相となってしまった。

「マジで誰かをブッ殺そうと思ったのはよォ〜〜〜〜これで二度目だぜ…………
 だがな……『自分をコントロールできねえ奴は本物のバカだ』と死んだ兄貴も言っていた……
 だからよォ〜オレは『けずり取る能力』を使わねえ……
 てめーみてーな最低のダボ野郎はよォ〜……この拳だけで十分だぜッ!!」

「ギヒィィィィやめて助けてェーッ!」

「ウダララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララァァーッ!!!!」

 ドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴァッ!!

 「ザ・ハンド」による渾身のラッシュ!
 「ジャッジメント」は100メートル以上吹き飛ばされ……近くの岩肌に激突した。
 もはやスタンド能力を解除する事すらできなかった。原型が残っていたのは奇跡に近い。

「仗助のやつの見よう見真似だけどよォ〜……叩き込んでやったぜ」

 だが億泰の胸には……虚しさだけが残った。


対戦の結果発表!
虹村億泰    :勝利! だが、失ったものはあまりにも大きい……
「審判」のカメオ:三流悪役にふさわしいやられっぷり! アーメン。


24.〜悲しみは続かない〜(ヒペリカム)



「青葉…………さん…………」

 戦いが終わり……億泰は燃え尽きてしまったように、青葉の前にひざまずいた。

「チクショオ……オレがもっと早く、駆けつけてさえいればッ……」

 億泰の眼から、大粒の涙がこぼれた。兄・形兆が殺された時ですら……流さなかった涙が。
 どうして……どうして、こんな事に……

「君が……あの虹村さんの息子だったとはな……」
「!」

 声に振り返ると、春香に支えられた喜一郎が立っていた。

「春香のオヤジさん……まさか、オレのおやじを知っているのか?」
「昔……何度か会った事がある。元気かね、虹村さんは……?」
「おやじはまァ〜……元気だけど……」
「それはよかった」

 水谷喜一郎は、青葉の側まで駆け寄って、まじまじと彼女を観察した。

「億泰くん……だったね? 彼女は……まだかろうじて、生きているよ」
「な…………本当かッ!?」
「ああ……わたしの『ザ・ガーデン』は、死んだ人間を自動的に外の世界に排除する機能を備えている……
 だから、この『花畑』にいる限り……彼女は死んだ事にはならない」

 しかし喜一郎の言葉には、どこか曇ったような響きがあった。

「よ、よかった……青葉さんは助かるんだなッ!」
「話は最後まで聞いてほしい……わたしは『かろうじて生きている』と言っただけで、『助かる』とは言ってないよ」
「な、何だよそりゃあオイッ!」
「放っておけば彼女はいずれ死んでしまう……胸のキズは思った以上に深い」
「じゃあよォ、急いで手当てしねーとッ!」
「無理だよ……これだけの出血だ。今から病院に連れて行ったところで、手遅れになるのは必定……」
「…………そ、そんな…………」

 喜一郎の無情な宣告に、億泰は再びヘナヘナと力尽きた。

「何とかならないの……お父さん」春香もまた、今にも泣き出しそうであった。

「こればかりは、わたしにもどうしようもない……申し訳ない。力になれなくて……」

 鎮痛極まる面持ちで、喜一郎は詫びた。
 悲嘆にくれる三人…………異変に最初に気づいたのは、春香だった。

 ザワザワザワ…………

「お父さん…………『花』が…………!」

 周囲の花たちが、次々と動き出し……青葉の身体にまとわりついていた!

「な……何なんだコイツらはッ……!」億泰は信じられないといった表情を浮かべた。「てめーらッ! もーすぐ死んじまう青葉さんに群がってまで『養分』が欲しいのかよッ! ドチクショウッ! 青葉さんから離れろッ!」

 怒りに任せ、青葉を覆い隠そうとする花々を引きちぎろうとする億泰を、喜一郎が制した。

「待てッ億泰くん…………何か、様子がおかしい」

 言われて億泰も気づいた。『花』たちが……矢継ぎ早にどんどん枯れていく!
 蒼白だった青葉の身体に、血色が戻っていく。胸のキズも急速に塞がりつつあった。

「まさかよォ〜……これって……」
「し、信じられん……奇跡だ。『花』たちが、自分たちの命を投げうってまで……自発的に助けようとするとはッ!」

 驚愕する億泰と喜一郎。だが春香だけは、すべてを理解したようなしたり顔だった。

「これは奇跡なんかじゃあないわ……お父さん」

「な……どういう事かね、春香くん?」

 きょとんとする喜一郎を見て、億泰は思わず春香に尋ねた。

「おい、春香……お前のオヤジさん、まだ記憶が戻ってねーのかよ?」
「大丈夫……すぐに思い出すわ、きっと」
「?」

 春香は喜一郎を連れて、例の巨木の前までやって来た。

「この『木』……あまりにも大きくって、最初は分からなかったけど……枝についてる『つぼみ』を見て気づいた。これは……お父さんがいつも大事に育てていたあの花……そしてあたしに言ったわ。
 『これは死んだお母さんが好きだった花』だって…………」

 春香の一言が、きっかけだった。

「あ…………ああああ…………ああああああああッ…………!」

 喜一郎は溢れんばかりの涙を流し、つぼみのままの巨木にすがりついた。

「思い…………出した…………春香…………わたしの娘ッ…………!」

 だが、まるで霞の中に映った蜃気楼のように……喜一郎の記憶は再び薄らいでいく。

「ああああ…………イヤだ! それだけは…………忘れたくないッ!
 た、頼むッ! 『ザ・ガーデン』! わたしの命も、精神も……何もかもお前にくれてやってもいい!
 だが……春香だけはッ! 忘れさせないでくれッ!
 わたしの大事な娘の『記憶』だけはッ…………! わたしから奪わないでくれッ…………!」


 一人の父親としての……魂からの叫びだった。
 その刹那。

 パァッ!!

 巨木の無数のつぼみが芽吹き、金色にも似た美しい花々が喜一郎の視界を埋め尽くした!
 その輝きは、鎖に繋がれた天使たちが、一斉に呪縛から解き放たれたようでもあった。

「ああ、この花は…………忘れるはずもない。妻が……園子が好きだった花だッ……」


「調子はどうだい、園子…………最近、顔色がよくなったようだが」
「ええ……喜一郎さん。お陰様で、前と比べるとだいぶ楽になった気がするわ」

 ベッドに横たわったまま、園子は微笑んでみせた。
 喜一郎はいたたまれぬ気持ちだった。先日行った手術の結果は…………失敗。
 医師の話では、もう余命いくばくもないという。
 病院側からの宣告を伝えるために……喜一郎は今日、見舞いに来たのだった。

「どうしたの喜一郎さん……落ち着かないようだけど?」
「え……そうかな、ハハ。思ったよりお前が元気そうだったから……嬉しさを隠せない、といった所かなあ……早く退院しろよ。いつまでもわたし一人では、春香の世話をしきれん……」
「訊いたんでしょ?……手術の結果」
「え……どうして、それを……?」
「喜一郎さんは……嘘が下手だから、昔っから。いつもすぐ顔に出るのよね」

 喜一郎は意を決して、真実を妻に打ち明けた。

「すまない…………園子ッ。すまない…………!」

「喜一郎さんは……悪くないわ。誰も……悪くなんかない」

 園子の笑顔が……喜一郎には痛々しかった。
 もう元気になれない……春香や喜一郎と一緒に暮らす事ができない……その絶望と病気の苦痛に、内心押しつぶされそうだというのに……無理して微笑んでくれている。喜一郎はそう感じてしまった。

「春香のこと……大事にしてね……」
「園子…………わたしは、わたしはッ…………!」
「喜一郎さん……私、後悔してないわ。あなたと知り合えた事……
 あそこに飾られてる花……あれがきっかけで、私たちは出会ったのよね……」

 園子が見やった先には、喜一郎が持ってきた、鉢植えにされた黄色い梅の花があった。

「ああ……前にもこんな事があった……入院していたのはわたしで……お前が毎日のようにお見舞いに来てくれて……お前の持ってくる『花』が、入院中の楽しみだった。明日は、明後日は……どんな花を持ってきてくれるんだろうって……ワクワクしたのを覚えているよ」
「そう……私があの花を持ってきた日、あなたは退院できたのよね……私の一番好きな花。
 喜一郎さん……これだけは忘れないで。
 どんな絶望も……どんな悲しみも……心に負ったどんな傷も……いつか必ず、癒される日が来るわ。
 永遠に朝日の昇らない夜がこの世にないように……『闇』には終わりがある。『光』が差し込んできてくれるから……
 この花が、そして喜一郎さんと春香が……それを私に教えてくれたわ」
「園子…………」
「覚えてる?……この花のこと……」
「もちろんだよ…………忘れたりするもんか。
 この花は『ヒペリカム』…………『花言葉』は…………」


「『花言葉』は…………『悲しみは続かない』

 喜一郎の言葉が終わるや否や、『花畑』のすべての花びらが舞い始めた。
 億泰を、青葉を、春香を、そして喜一郎自身も……安らぎを込めて包み込んでいく。

「すべて…………思い出した。そして理解したよ…………
 『ザ・ガーデン』…………お前は…………園子だったんだな…………?」

 意識を失う直前、喜一郎は花の中に園子の笑顔を見た気がした。

25.〜あなたに従います〜(ケマンソウ)



 億泰たちは「フラワーショップ・ミズタニ」の店の前にいた。
 いつもと変わらない……昼下がりの杜王町の風景だった。

「…………戻ってきたァ〜…………やったァァァァ〜…………」

 緊張が一気に解けた億泰は……気が緩んで今度こそ、その場にへたり込んだ。
 周囲を見渡せば……青葉、春香、喜一郎のほか……胴間ドラ美ほか、数人の見慣れない人物もその場に倒れていた。

「ありゃーきっと、今まで『花畑』に閉じ込められてたっつー人たちか……おっ」

 倒れている人々の中に、一人だけ尻餅をついている小さな高校生がいた。
 億泰も見覚えのある……

「康一じゃあねーか……丁度いいトコに来たぜ」
「お……お……億泰くんッ……この人たちは……?」
「どーしたんだよ康一……何ビビってんだァ〜?」
「だ、だってさあ……何もないところから、イキナリ何人もの人が降って湧いてきたんだよッ!?
 そりゃあ驚くよォ〜」
「あー……そいつはまた、おいおい説明するからよォ〜。
 病院に電話してくれよ。青葉さんや、他のみんな……たぶんまだ衰弱しきってるはずだぜ」
「う、うん…………」

 康一はさっそく、近くにあった公衆電話に向かおうとした。

「あ、億泰くん……あそこにいるのは……?」
「ン?」

 偶然、康一の視界に入った店の中で、コソコソと動いている人影があった。

「オイコラてめェーッ待ちなッ!」
「ギクゥ!」

 ご丁寧にも擬音つきで、その男は飛び上がった。
 ゴキブリのようにガサガサと這いずり回り、後ろの壁に逃げてぶつかってしまう。

「てめーひょっとして……カメオか?」

「ヒイイイイイーッわたたた……」カメオは情けない悲鳴を上げ、ガタガタと震えていた。

「億泰くん…………『カメオ』って誰?」訝る康一。
「ぶっちゃけた話、コイツが今回の事件の黒幕なんだよ……」
「ちょ、ちょっと待てッ……その言い方は正確じゃあ……」
「うるせェーッタコ! 青葉さんにあんな真似しやがった事……忘れたとは言わせねーぞッ!」

 カメオのか細い抗議の声も、億泰の怒号にかき消された。

「ヒイイイイイイイイイイイイイイイイ!! ゆるしてくださああイイイイーッ!!」

「そういやあよォー……まだ約束の『3つめの願い』……かなえてもらってねーよなぁー……」

 億泰はグフフフと不気味な笑みを浮かべた。それが余計にカメオの恐怖心を煽った。

「は……はい……」
「今から言うぜ……3つめの願いは……『てめーを一発ブン殴らせろ』だ。
 青葉さんはどーにか無事だったみてーだし……みんなも助かった。
 だが、てめーの犯した罪は消えたワケじゃねえ……これは『ケジメ』ってやつだ」
「そ、その願いをかなえれば……ゆ、許してくださるので……?」
「もちろん、ムショに突き出すけどな」
「……そ、そんなぁ〜……」
「不服かァ〜おい? 何なら今この場で……けずり取ってやってもいーんだぜ」
「ヒイイイイ分かりましたッ! 一発ですねッ! どうぞ殴ってくださいッ!」
「分かりゃーいーんだよ……行くぜ。歯ァ食いしばれよォーッ!」

 億泰は固く握り締めた拳骨に、ハァーッと熱い息を吐きかけた。
 カメオもついに観念し……目をつぶったまま衝撃を待った。

 ドボォッ!!

「うわぁ…………」康一が思わず目を背けたのも、無理はなかった。

 億泰が放った一撃は、パンチではなく蹴り。しかも金的だった。

「…………『鉄脚制裁』ッ!」

「●×△〒Ω…………ッッッッ!!
 さ、さっぎ……『歯ァ食いじばれ』っで……言っだ……グゼにィィィ〜〜〜〜……」
「そんなオイシイ話がよォ〜あると思うかぁ? てめーみてーな人間によォ……」
「なんで……ひどい……野……」

 痛恨の一撃を受け、カメオは悶絶して果てた。

「思い知ったか、ダボ野郎が…………ゲッ」

 ケジメをつけた事で、いい気分だった億泰は……自分の靴からの異臭に気づいて毒づいた。

「ヤロウ…………『失禁』してやがったのか…………チクショー」

 最後の最後で、イマイチ決まらなかった億泰であった。


END



その後の展開一覧:

虹村億泰&長嶺青葉…………………エピローグ1へ
カメオと水谷春香・水谷喜一郎……エピローグ2へ

広瀬康一&山岸由花子……後日、康一は億泰からの情報を得て由花子に『花』をプレゼントしたが、なぜか彼女の怒りを買ってしまう(MM註:どーも由花子は花じたいではなく、億泰があまり聞いていなかった話の後半部分で言っていたプレゼントが欲しかったらしい。合掌)

胴間ドラ美……青葉と友情をはぐくんだのはニセモノだったため、当然二人の仲は相変わらず険悪である
空条承太郎……フンニョーの恨みを晴らすべく、あの後仗助を一発殴りに行った(笑)

鋼田一豊広……相変わらず
小林玉美………相変わらず
虹村父…………相変わらず



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この対戦小説はたくたくさんとRさんの対戦ソースをもとにL氏ーどが構成しています。
解釈ミスなどあるかもしれませんがご容赦ください。
たくたくさんとRさん及びカメオ、億泰にありがとう!