Story Tellers from the Coming Generation!
Interactive fighting novel JOJO-CON
| マッチメーカー | ：Ｌ氏ーど |
| バトルステージ | ：お花畑 |
| ストーリーモード | ：Ｆａｎｔａｓｔｉｃ Ｍｏｄｅ |
双方向対戦小説ジョジョ魂
虹村億泰のお世辞にも明晰とはいえない頭脳は、困惑の極みに達していた。
「おれの名は『カメオ』……ランプから出してくれた礼をしたい。
願い事を３つ言えといっているのだ…………」
さすがに億泰も聞いた事くらいある、有名なエピソード。
『アラジンと魔法のランプ』に登場する『３つの願いを叶えてくれるランプの精』。
文字通り、おとぎ話の世界にしか存在しないはずのランプの精……それが今、目の前にいる（もっとも、その姿はいびつな巨大ロボットのようで、お世辞にもファンタジーっぽくはなかったが）。
（何なんだコイツは……『スタンド』なのか？ 『敵』か？
しかしもし『敵』だっつーんなら、わざわざ『願いを３つ言え』なんて言わねーだろーしなァ〜）
熟考する億泰…………頭痛がしてきた。
「てめーは一体何モンだッ！ 青葉さんをどうした！？
それにこの『花畑』、てめーの仕業なのかッ！」
「……その質問に対する答えが『願い』か？ そんなつまらん願い事でいいのか？」
激しく詰問する億泰に対し、カメオは淡々と受け流す。勘に触る言い回しだった。
「うるせーっダボがッ！ おれはスッとろい事は嫌えなんだからよッ！
ウダウダ言ってねーで青葉さんを返しやがれッ！！」
怒りに任せて、億泰は己のスタンドである『ザ・ハンド』を発現させた。
「けずり取ってやるッ！」
「ザ・ハンド」は無造作に右手を繰り出してくる。
カメオは考えていた。
（思ったより短気なヤローだ……まさかスタンド使いとはな。
『人は見かけによらない』ってトコか。ヒヒ。
スピードはそこそこあるようだが、我がスタンド『ジャッジメント』で対応しきれん程ではない……
だがコイツ、右手の軌道が……殴るでもなく……何かを『掴もうと』しているのか？
先ほど『けずり取る』などとほざいていたが……
よくは分からんが、厄介な能力があるのかもしれんな……）
カメオは『ザ・ハンド』の右手が振り下ろされるより速く、左腕を使って弾き返した。
ギャオオォン！
「ぐッ！」億泰はうめいた。弾かれた右腕にビリビリと衝撃が走る。
（な、なかなかやりやがるぜッ！ すげーパワーだ……！
力任せに『右手』の軌道を変えられちまった……！）
一方のカメオも驚愕していた。
（右手が振り下ろされた花畑が……地面ごときれいにえぐれてしまっている……スプーンですくい取られた後のバターのよーに……
まさかヤツの言った『けずり取る』とは……『空間』にある物質をか？）
ウワサで聞いた事がある。かつてカメオの雇い主であった『ＤＩＯ』の執事の一人に、空間をけずり取る能力を持つ恐るべきスタンド使いがいたと。
この男……服装からすると高校生のようだが、ヤツと同じような能力を持っているようだ。
（コイツとは、まともに事を構えるべきではないかもしれんな……）
カメオの目的はこの『花畑』を脱出する事。この男を倒す事ではない。利用する事だ。
表面上は平静を装いつつ、努めて厳かな声でカメオは尋ねた。
「……それが『ひとつめの願い』か？」
「あぁ？」
「『青葉』とかいう名前の……女の子か？ 返せという要求だったな」
「……そ、そうだッ！ おとなしく青葉さんを返してくれりゃあよォ〜……
痛い目に合わせねーでおいてやるぜッ！」
「よかろう……かなえよう。
Ｈａｉｌ ２ Ｕ！（君に幸あれ）」
ドドドォン！
軽い爆発音と煙が上がり、カメオの巨大な姿が消失した。
あっけに取られる億泰。いくら周囲を見渡しても、先ほどのランプの精（？）は現れない。
「何だったんだ、あいつは……」
ふと億泰は、花畑の向こうからの物音に気づいた。
「あれは…………まさか」
花畑を踏み分け、やってきたのは……セーラー服に身を包んだ青葉だった。
「…………お、億泰くんなの？」
「青葉さん……よかった、無事だったんだ……」
「２つめの願いを言え！ かなえてやろう……」
「！」
再会の喜びを味わう暇もなく、億泰たちの頭上に再びカメオが現れた。
「何なの？ 今の声は……？」青葉は怯えたように辺りを見まわす。
「青葉さん……オレの側を離れるなよ。まだ油断はできねー……」
（青葉さんには、カメオの奴の声は聞こえても姿は見えねーようだ……
やはり奴は『スタンド』だったか……
でも『願いをかなえる』ってのは本当かもしれねーな……もっとも、さっきのは野郎が青葉さんを拉致してて素直に返しただけかもしれねーが……
待てよ。まだ『願い』は２つ残ってるんだよなあ〜〜）
青葉との再会を果たして気が緩んだのか、億泰の単純な思考は瞬時に欲望の色に染まった。
（あと『２つの願い』かあ〜〜……よく考えりゃスゲーよなぁ〜〜ウヒヒヒヒ。
やったァーッファンタジーだッ！ メルヘンだッ！ こんな体験できるやつは他にいねーッ！）
夢（妄想？）が膨らんでいく。ハッピーな気分が身体中を駆け巡った。
だが同時に、億泰の悪い癖が頭をもたげてきた……決断力のなさ、というヤツである。
「う〜〜〜ん、何にしようかなぁ〜〜」
ニヤケ面で思案する億泰に、青葉もやや不審になった。
「『何にしようか』って何の事なの？ 億泰くん」
「イヤあの……何でも『願い』を３つかなえてくれるってスタンドが、今上にいるんだよ」
「『スタンド』って？ 意味がよく分からないけど……」
「…………」
「どうした？ ランプから出してくれた礼……なんでもかなうのだぞ」
頭上のカメオが急かす。
「まあそう慌てるなってカメオッ！
今じっくり考えてる最中なんだからよォー」
先ほどよりはるかにフレンドリーな口調になった億泰に、さすがのカメオも拍子抜けした。
（なんだコイツは……『第一の願い』をかなえてやったから、おれの事を信用し始めたのか……
ククク、マヌケな面にふさわしい単純な脳ミソのようだな……それでこそ利用しがいがある……）
「……やっぱりカネかな……いや、富や名声より『愛』だぜ……（ブツブツ）」
億泰は何やら怪しげな念仏のように、即物的な願い事リストを復唱している。
その呟きが聞こえたカメオは、やや狼狽した。
（マズイ……こちらの想像以上に単純極まりない脳細胞の持ち主だ……
こんな怪しい『花畑』に閉じ込められているとゆーのに、ここにきてカネだの何だの、現実的な欲望に執着するかぁ〜フツー…………？ こうなったら『第二の策』だ……）
「億泰くん…………あたし、怖いわ」青葉は身を震わせて、億泰にすり寄ってきた。
「青葉さん……」
「ここは一体どこなの？ あたし達以外、誰もいないし……
第一、 さっきまで花屋さんにいたハズなのに……」
悲痛な訴えかけに、億泰も心を動かされたようだ。
「そーだったな。青葉さん……このワケのわかんねー『花畑』から、現実の世界に脱出するコトが第一だよな……目が醒めたよ」
「億泰くん…………」
「つーワケだ、カメオ！……ところで、おれの願いはあと２つだが、当然、青葉さんの分もかなえてくれるよなッ！ ３つ分！」
（ウヌヌヌ……調子に乗りやがって……ッ！ なんて欲深いヤローだ……！）
カメオは腸が煮え繰り返る思いだったが、信用を得るためだ。今は堪えるしかない。
「一人ひとり……順番だ。その娘の願いをかなえるのは、お前の願いを３つかなえた後になるぞ。
ところでお前の『２つめの願い』は……『この花畑から脱出する』事だな？
いいだろう…………かなえよう…………」
（ＲＯＵＮＤ２前編 おわり）
その日の午後は、夏場にしては珍しく過ごしやすかった。
小林玉美は、仕事も早めに片付けてしまい、往来をポケ〜とした顔でうろついていた。
（ハァ〜退屈だな〜……どっかにオイシイ儲け話転がってねェ〜かなぁ〜〜……）
ごく真面目な労働者が知ればケンカをふっかけられかねないような妄想をしつつ、玉美は手持ち無沙汰に歩いていた。
すると玉美の進行方向から、息せき切って駆けてくる女子高生が目に留まった。
普段の玉美であれば、目の保養（死語）と称してだらしない顔で見物を決め込もうとしたろうが……
（ゲッ……あいつは……『水谷春香』！）
玉美は彼女が何者であるかを判断した途端、脱兎のごとき素早さで物陰に隠れた。
一方の春香は、玉美の事など眼中にないのか、そのまま走りすぎていく。
「……フィ〜……どーやら気づかなかったみてーだな……」玉美は安堵した。「せっかく仕事も終わってヒマな午後だってのに……なんかイヤな予感がするぜ……」
玉美が周囲を確認しつつ、物陰から出ていこうとすると、背後から肩をつつかれた。
「ぎゃにィーッ！？」
「どうしたの玉美さん……ボクだよ」
広瀬康一だった。
ある事件がきっかけで、勝手に玉美が『男の中の男！』と崇拝している……表向き。
「……こ……こ、康一どのぉ〜……おどかさないでくださいよぉ〜」
露骨に挙動不審な玉美に、康一も訝った。
「さっきの女の子を見て……随分と怯えてたみたいだけど……何かあったの？」
「へ？ あっし、そんなにビクついてました？」
「トボけないでよ。ひた隠ししなきゃならないほど、ヤバイ事なの？」
「え、いや……そういうワケじゃあ、ないんですけれどもね」
そっぽを向いて口笛を吹く玉美。康一は嘆息した。
「しょーがないッスね〜……他ならぬ康一どのだから、忠告しておきますぜ。
あの女……『水谷春香』とは関わり合いにならねーほうがいい」
「……どうして？」
「話せば長くなるんですがね……」
小林玉美の話を要約すると、次のようになる。
水谷春香の実家は花屋を経営しているが、十年ほど前から多額の借金を抱えていた。
春香の父親である喜一郎も、必死に金策してはいたのだが、折からの不景気のため、思うように返済する事ができなくなっていた。
そんな水谷家のほうぼうからの借金を一括に肩代わりし、債権の独占を図ったのが、玉美の勤めている金融会社だった。無論、一括するためにかかった手数料も借金に上乗せして請求したのは言うまでもない。
玉美は社長の意図が掴めなかった。曰く「あの男は一見、叩いてもホコリすら出ねー零細経営者だが……何か『切り札』を持っている気がする。ワシの長年の経験からくる勘だ」との事。
借金の追い込み役には玉美が抜擢された。玉美も厄介ごとを押し付けられてしまったと思ったが、イザとなれば『錠前』を使って追い込めばいいさ、と軽く考えていた。
玉美の楽観的な見通しは珍しく的中した。２日後、『錠前』を使うまでもなく、水谷喜一郎は上乗せされた分も含め、借金全額をキッチリ耳を揃えて返済してきたのである。
「へえ〜……不思議な話だね」康一は気のない返事をした。
「不思議どころじゃあありませんぜ。喜一郎は借金完済の前日、日帰りの旅行に出かけただけで、それ以前の数週間、ほとんど自分の店と仕入先以外の場所に立ち寄っちゃあいなかったんですから……どうやってあの大金を手に入れたやら……きっとヤバイルートで仕入れたカネに決まってますって。
それにですね康一どの。話はこれで終わりじゃあねーんスよ……」
借金の重荷から解放された水谷家だったが、その３日後、再び不幸に見舞われてしまう。父・喜一郎の謎の失踪である。事件が起こった当日、喜一郎の姿を見た者は誰もおらず、娘の春香が帰宅した時には影も形もなかったという。
「それからなんスよ……『フラワーショップ・ミズタニ』の周囲で、行方不明者が出るようになったのは」
「なん…………だって？」康一の眉がピクリと動いた。
「まァ〜行方不明っつっても、半年でたかだか４、５人なんスけど……
ンでも、事件当日『怪しげな外国人』が杜王駅から花屋に向かっていたっつー証言もありましてね。
そいつも行方知れずになってるんスよ。
あっしや康一どのには何の関係もないんスから、そんな神経質になる事も……」
「関係…………大ありだよ」
「へ？」
「今日、由花子さんから聞いたんだ……億泰くんに『フラワーショップ・ミズタニ』に行くように仕向けたって……！」
「な、なんスって！？ マジっすか」
「それにウチの高校でも、一週間くらい前から家に帰ってない生徒がいるって聞いた……
億泰くんも……その、何かのトラブルに巻き込まれてるかもしれない！ 行かなきゃ……」
「ちょ、ちょっと待った康一どの！」玉美は慌ててかぶりを振った。「あっしの話は単なる憶測でして……
水谷のオヤジと行方不明者には何の関係もないかもしれないんですぜ。あっしだったら、詳しい原因もわからねーのにそこにゃあ近づきませんね。
それに万一『スタンド』が関わる事件だったら、かなり危険な予感が……
康一どの、行かないでくだせェーっ」
「そりゃあ僕だって怖いさ……でも元はと言えば、僕が億泰くんにプレゼントを勧めたのが原因なんだ……僕にも責任がある。放ってはおけない……調べて、なんとかしなくっちゃ」
康一の瞳には、力強い決意の光があった。
決然と足を進める康一の後ろ姿を、玉美はしばらく呆然と見つめていたが……やがて瞳に涙を溜めつつ、感動に身を震わせていた。
「タフなセリフだ……以前も似たような事があったけど、あの時と比べて言葉に重みがある……『優しさ』だけじゃねえ、困難に立ち向かおうとする『強さ』ってヤツを感じましたぜ……さすがだ、さすがあっしの見込んだお人ですぜ……『吉良吉影』との戦いの後、精神的にも人間的にも成長したんスね……」
と、唐突に冷めた表情になり、玉美は身を翻した。
「でも今日のとこはあっしは帰らせていただきやす。
無事だったらまた仲良くしましょうや、康一どの……」
……………………
『吉良吉影』の事件後も、玉美はやっぱり玉美だった。
一方、全速力で駆けてきた春香は、もぬけのカラとなった自分の店を見て愕然とした。
「青葉さんッ！ どこにいるのッ！」
いくら呼びかけても、何の応答も返ってはこない。
店の奥にある更衣室には、青葉の荷物がまだ置いてある。学校の制服はなくなっているが……
さらに春香は、床に転がっている黒っぽいものにも気づいた。
「これは……男子学生用のカバン……億泰くんのものだわ……」
名札を見て確信する春香。最悪のパターンだ。
「二人とも……消えた……あたしのお父さんのように……」
まさか、これほど早くあの『怪現象』が始まってしまうとは。予想外の展開だった。
億泰に事情を説明する暇もなければ、青葉を避難させる余裕すらなかった。
水谷春香は、この半年に数回起こった怪現象について、おおよその見当をつけていた。うち一度は、目の前で人が消えていくのを目撃したほどだ。
学校を休んでまで独自の調査や、興信所の情報を手に入れた結果（幸い、借金を完済しても父の手に入れた大金は半分以上残っており、費用には事欠かなかった）、この杜王町には『スタンド』と呼ばれる謎の能力を持った人間が多数生活しているという事実が判明した。
以前の春香であれば、そんなＳＦじみた話を信じたりはしなかったろうが、『百聞は一見にしかず』という格言の通りで、彼女の周囲で起こった現象を説明する手段は他に考えられなかった。
（お父さんが消える前に言っていた……『ニジムラ』という言葉。
まさかとは思ったけど、億泰くんのような『スタンド使い』が同じ学校に通っていたなんて……）
体育館裏での億泰と康一の会話を偶然、立ち聞きした春香は、親友の由花子に頼み込んで億泰を自分の店にやってくるよう画策した。春香は他に「スタンド使い」を知らないし、あの時……父が失踪した時、優しい言葉をかけてくれた億泰なら、相談に乗ってくれるかもしれない。
そう思い、行動に出た結果…………
（たまたま店番を頼んだ青葉さんまで巻き込んでしまった……
今まで恐ろしくて、どうしても『言う』勇気がなかったけれど……
もう、逃げてなんかいられない…………！）
春香は意を決し、大声で叫んだ。
「あたしを……お父さんのところへ連れていってッ！！」
水谷春香の周囲を突風が吹き抜けていき、花びらが舞い上がってきた…………
ひんやりとした土の感触。柔らかい草の肌触り……
長嶺青葉は、夢の中にいるようなぼんやりとした感覚から抜け出せないでいた。
（どこ……ここは……
確かあたし、億泰くんと話してて……）
うっすらと目を開けてみる。日差しが眩しい。
あお向けになった身体を起こすと、心地よい香りが彼女の鼻をくすぐった。
（花の匂い……『花畑』？
あたし……どうして学校の制服を着ているのかしら……
さっきまで花屋さんのアルバイトをしてたのに……）
青葉が身につけているのは、ぶどうヶ丘高校のセーラー服。
地面の水分を吸ってしまったのか、じめじめして着心地は悪い。
周囲を見渡す……不思議の国にでも迷い込んでしまったのだろうか？
（この『花畑』……キレイだけど、どこかおかしい……この『静寂』ッ！
鳥のさえずりも聞こえない……蝶や蜂が飛ぶ姿もない……
この世界には…………花以外の『存在』がない…………！）
沈黙が支配する空間。それがこの幻想的な美しさの正体であるという事に、青葉は気づいた。
彼女は恐怖すら覚えて、花畑の中をあてもなく駆け出した。
色とりどりの花を踏み分けていく。
白い花が中心だった周囲はやがて、毒々しい色をした赤や紫がちらほらと見られるようになった。
「億泰くん……どこにいるの…………誰か、誰か応えてッ！」
彼女の悲痛な叫びが通じたのか……突如、足首を鋭く掴まれた！
「ひうッ！？」
絶句し、身をすくませる青葉。硬直し、身体が言う事を聞かない。
「…………く、苦しい…………ハッガァァァアアァァアア…………」
「あ……あなたは……胴間さんッ！」
地べたを這いつくばっている人影に、青葉は面識があった。
同じぶどうヶ丘高校に通う同級生であり、かつて噴水公園で億泰を巡って、一悶着起こした事もある胴間ドラ美であった。（決着のついた対戦ファースト10マッチ「ミスタvs億泰」を参照）
一週間ほど前から、彼女が家にも学校にも姿を見せなくなったという噂は、青葉も耳にしていた。
名前を呼ばれた事に反応したのか、虚ろだった胴間の瞳に薄く光が戻った。
「……アンタ、長嶺……青葉、ね……どうしてアンタが……こんな……」
「あたしもよく分からないけど……引きずり込まれたのよ。多分……億泰くんも一緒に」
「な、何ですって…………億泰くんがッ」
胴間は一瞬顔をしかめた。が、すぐさま痛々しいほど蒼白になり、力が緩んで倒れそうになる。
「胴間さんッしっかりして！」
「青葉……億泰くん…………今どこにいるの？」
「分からないわ……はぐれてしまって」
「ここに長くいちゃいけない…………この花畑は『悪意』を持っている。
アタイたちの『精神』を奪って、自分たちの『養分』にしようとしているのよ……
精神をゼロにされ、動けなくなったら……『あいつ』みたいになる……」
胴間の震える指先が示した方向には、紫色をしたラベンダーの美しい群生地があった。
しかしその足元には……土気色のミイラ同然と化した犠牲者が横たわっていた！
人間を糧とし、養分とする花の群れ！
「………………！！」思わず絶句する青葉。
「分かった？……この『花畑』は……人食いの化け物の棲む地獄よッ！」
「い、一体どうすればいいの……？」
「『あいつ』がミイラになる前に言ってた……『花畑』の主を探し出せばいいって……」
「主って……？」
「誰から聞いたのかは本人も知らないと言ってたけど……この地獄から脱出するには、主を見つけ出して殺すしかないって……」
眉唾ものの情報ではあるが、今はそれしか解決の手段はなさそうだった。
しかし……問題は、無限に広がる花畑のどこに、主が潜んでいるのかという事だった。
「ハアー……ハアー……『花』に……『花言葉』に手がかりが隠されているって言ってた……」
「花言葉……ここに咲いている花の？」
「『一見、無秩序に咲いているようにも見えるが……この花畑には規則性がある』って……」
二人の周囲に咲いている花は……アスチルベ、シモツケ、ツキミソウ、ロベリア……白や赤、紫など、それぞれバラエティに富んだ花弁をつけているが、いずれも「自由」という花言葉を持っている。
『花畑』に閉じ込められた人々の願いが象徴されているのだろうか。
青葉は遠くを見た。どこまでも平坦な大地が続き、地面は花で埋めつくされている。
残念ながら青葉は、あまり花にも、花言葉にも詳しいほうではない。
（こんな時、春香がいてくれたら……）
途方に暮れかけた青葉だったが、ふと違和感に気づいた。
「……胴間さん！ あの向こうに……同じ花がたくさん咲いてるわッ」
「同じ花って……どんな風な花？ アタイ花にはけっこー詳しいから、分かるかもしれない……」
「白い花をつけてるんだけど……周囲の花とは色も違うし、蔓のような茎がある……それがずっと、一直線上に咲いているの！」
「ゴメン、アタイ立てないから……ここからじゃあよく見えないわ……」
「待ってて！ 摘んでくるから！」
青葉は急いで駆け出し……その白い花を摘み取って胴間に見せた。
胴間はまじまじと花を眺めた。
香りが強く、花弁も厚い。白い花筒は先端が５つに分かれて、やや反り返っている。これは……
「この花は……マダガスカル・ジャスミン……花言葉は……『二人で東の方へ旅を』」
「これが一直線に咲いてるって事は……その方向に進めば、何か判るかもしれない！
やったわッ胴間さん！」
飛び上がって喜ぶ青葉。その様子に、胴間も力なく微笑んでみせた。
「さあ、胴間さん。あたしにつかまって」
「な……何言ってンのよ……アタイなんて、足手まといになるだけ……
それに忘れてるよーだけど……アタイ達、恋敵どうしなのよ……」
「そんな事、今は関係ないわッ！
放っておけない……動けなくなったら胴間さん、花に襲われてしまう……！
それに、花言葉を詳しく知っているのはあなただけだし……さっきの何とかジャスミンの花言葉にもあったじゃない？
二人で一緒に行くべきだわ」
おどけてみせた青葉だったが、彼女には強い信念があった。
（決して、傷ついた人を放っておいたりはしない……
『あのコ』に対する償いになるとは思わない……自己満足だって言われてもいい……
これが、あたしの望む『生き方』なんだから…………！）
青葉の迫力に押されたか、あるいは内に秘めた想いに気づいたのか……胴間はコクリと頷いた。
「……すまないわね……ありがとう……」
「いい？ 億泰くんも見つけ出して……三人で生きて脱出するの。必ず！」
「Ｈａｉｌ ２ Ｕ！…………と言いたいところだが…………」
まじないの言葉を唱えたにも関わらず、カメオはまだ上空を漂っていた。
「悪いが、その願いはかなえる事ができない……何しろおれ自身、この『空間』から脱出できずに難儀をしているんでねェ〜〜〜〜」
「ンだとォ〜……案外大した事ねーなァてめーもッ！」
「クククク、だがその願い……無下に断るワケにはいかんな。おれ自身の『願い』でもある……
だからお前に、この『花畑』から脱出するヒントをくれてやろう」
カメオは得意げに宣言した。聞き逃すまいと、耳をすます億泰と青葉。
「この『花畑』は……おれ達以外の『主』がいる……そいつが、この空間を生み出しているのだ……」
「『主』だって？ どこにいるんだァ〜そいつは？」
「それはおれにも分からん……ただ言えるのは、この空間のどこかに『主』が潜んでいる事。その『主』さえ殺せば……この空間は解除され、脱出できるという事だけだ」
「そんな……『殺す』だなんて……」姿なき声に脅え、身をすくませる青葉。
「それともう１つ。ここに咲いている花は……ヤツの居所を突き止める手がかりになっているらしい」
「『花』が…………？」
足元から一面に咲き乱れている花の数々。
種類も色もバラバラで、一見して何のヒントにもならないように見える。
（チクショ〜……おれアタマ悪りーからよお〜〜……
こーゆーアタマを使う作業ってのは苦手なんだよ……
ああ〜こーゆー時、『兄貴』がいてくれたらなあ〜〜……）
途方に暮れる億泰。青葉も、悲しげに首を振るばかりだった。
「ま、時間はたっぷりとある……この空間は『時間の経過』がゆっくりだからなあ〜〜〜〜。
じっくり考えるがいいさ…………クヒヒヒ」
カメオのからかうような声に、億泰はやけに腹が立った。
「大丈夫？ 胴間さん…………」
「ハア、ハア……何とかね……アンタこそ、アタイをずっと背負ってて平気なの……？」
「もちろんよ…………心配いらないわ」
ガッツポーズを取って微笑んでみせる青葉。しかしやはり、浅く呼吸を乱しており、疲労感は隠しようがない。バドミントン部の副将として鍛えているとはいえ、女子高生の体力には限りがあった。
あれから、マダガスカル・ジャスミンの白い一本道はいつの間にか姿を消し、転々と群生しているカボチャのような形をした赤い花を頼りに移動していた。
胴間の花の知識によれば、この花は『ムギワラギク』といい、花言葉は『常に記憶せよ』。
一定の間隔で点在するそれは、童話「ヘンゼルとグレーテル」で、兄妹が道に迷わないよう撒いたパン屑のように目印としての役割を果たしていた。
「どう……青葉？ 次の目印は見えた？」
「それが……ダメ。見失っちゃったわ」
どこで間違ってしまったのだろう。元来た道を戻ろうとしたが、生えていたはずのムギワラギクの姿はどこにも見当たらない。
「何て事……万事休すってヤツね……」
「ごめんなさい、胴間さん……あたしがしっかり見てなかったばっかりに……」
力尽きたか、ぺたりと花畑の上に腰を下ろす青葉。胴間も地面に腰を下ろし、ちょうど二人で互いの背中を支えあう形になった。
「どこなのかしら……ここは……」
二人の座っている場所は、薄い紫色をした涼しげな花が咲き乱れていた。中には白っぽい花も混じっている。見ているだけで、疲れを癒してくれるような安らぎを青葉は感じた。
「綺麗ね……胴間さん、この花はなんて言うの？」
「『アガパンサス』よ……紫君子蘭とも言うわ。白いのも、紫のやつも、同じ種類の花よ。
花言葉は……『恋の訪れ』『恋の便り』……ま、今のアタイたちにはカンケーないけどさ」
「…………待って」青葉はふと閃いたように立ち上がった。「今『アガパンサス』って言ったよね？」
「ええ……そうだけど、それが？」
「前に春香から聞いた事があるわ……アガパンサスには、もうひとつ『別の花言葉』があるって」
「……それは初耳だわ……」
「その花言葉は、確か…………思い出した！…………『私はここよ』」
「な、何ですって…………まさかッ！」
青葉の発した言葉に、明らかに周囲で異変が起こった。
アガパンサスの咲いている地面が音もなく揺れ始め、沈んでいく！
「な…………ッ！」
「いったいこれはッ……！？」
最終的に５メートルほど地盤沈下し、揺れは収まった。
驚愕と恐怖に身動きが取れない二人の前に、奇妙な空間がポッカリと出現した。
崖に掘られた洞窟のような穴の向こうには、太陽も届いていないはずなのに、暖かい光が燦々と差し込んでいる。
「もしかして、この花畑の『主』が…………！」
「行ってみよう、青葉ッ！」
二人が洞窟の中に入ると、そこはドームのように広々とした大きな庭園だった。
ただ、天井には岩肌の代わりに青空と、小さな太陽が見える。そのため、この閉ざされた空間にも色とりどりの花が咲いていた。
ドームの中央には、異常なまでの太さを持った巨木があり、その袂にボロボロの衣服を纏った男が背を向けて座っていた。
「この『花』が……この『花』が咲きさえすれば……」
男は呆けたように呟いている。声や身なりから察するに、40代前半くらいの中年のようだ。
「あ、あなたは誰……？」
青葉が恐る恐る尋ねると、男はゆっくりと立ち上がり、振り返った。
「ほう…………まだ『意識』を保っているうちに、ここまでたどり着けたのは、あなたが始めてだよ。
ここのところ誰とも会ってなくてね……退屈してたんだ。何か楽しい話をしようじゃあないか。
…………美しいお嬢さん」
細めの端正な顔立ちだったのだろうが、伸び放題の無精髭のせいで今は見る影もない。
「おっと、自己紹介が遅れたね。
わたしは水谷喜一郎…………ようこそ我が『花園』（ザ・ガーデン）に…………」
カメオはしばらくの間、悩みぬく二人を眺めていたが、段々と飽き、失望していた。
（ケッ……スタンド使いの精神力ならば、この花畑でしばらく活動する事も可能だが……
この男はダメだ。精神力はあっても、肝心の『知性』ってヤツがカケラもない。
せっかく与えられた『時間』を、無駄に浪費して花のエジキになっちまうな、きっと……
無理もね〜か。実質『独り』で思い悩んでるんだもんなあ〜〜〜〜）
カメオのスタンド「ジャッジメント」の能力は、
「人間の心からの願いを『土』に投影して願いを作ってやる」事。
残念ながら、カメオ自身の願いをかなえる事はできない。それがこのスタンドの……そして『ランプの精』のルールなのだ。
第一の願いによって出現した青葉は無論の事、『億泰の願い』というデータを元にして創造した土人形に過ぎない。ただ、そう簡単にバレないよう、戦闘能力を抑え気味にして、肉体的にも精神的にも人間に近い『間者（スパイ）タイプ』として創造したが。
（演技力もカンペキ……こいつのド低脳じゃあ、一生かかっても見破れまい。ヒヒヒ……）
自己満足に浸っていたカメオに、突如として驚くべき朗報が飛び込んできた。
「まさかッ…………信じられん、やったぞッ！」思わず叫んでいた。
（スタンド使いでもない『女』の方がヤツを発見するとはッ……嬉しい誤算というヤツだッ！）
「ン？ どーしたんだ、カメオ？」
カメオの感嘆の声は億泰の耳にも届いていた。訝って尋ねてみる。
「ククク……どうやら、花畑の『主』の居場所が分かったようだ」
「な、本当かカメオ！ 約束だぜッ！ 『２つ目の願い』をかなえてくれッ！
『殺す』ってのはナシだが、主に会って脱出させてもらえるよーに説得すれば……！」
するとカメオは、空中で肩肘をつき、寝転がるようなポーズで高笑いを上げてみせた。
「いやだよおォォォォ〜〜〜〜んンンンンン……！」
「なッ……何だとこのダボがッ！ ブッ殺されてーのかッ！」
「まだわからんのかッバカめッ！ おれは『おれ自身』が脱出できさえすりゃーいいのさッ！
花畑の『主』さえ見つけ出してしまえば、もうてめーに用はねえッ！
二人でヨロシク『お花畑』でママゴトでもやって、チンボコ干からびるまで戯れてやがれーッ！！
ギャーッハハハハッ！ 貴様らに幸あれッ！
Ｈａｉｌ ２ Ｕ！！」
ボワンッ！
口汚い捨て台詞を最後に、カメオはもう二度と現れなかった。
「……億泰くん……？ 今のは一体……？」青葉が蒼ざめた表情で訊いてきた。
「あ、青葉さん……今のは、その……何て言ったらいいか……」
弁解の言葉が思いつかず、しどろもどろになる億泰。
ふと気づいた。青葉の様子がおかしい。
「億泰くん…………二人っきりになっちゃったね…………」
「な、どうしたんだ青葉さん。急に……？」
「さっきは気味悪がってたけど……よく見るとこの『花畑』……素敵ね……」
億泰は、いつの間にやら青葉との距離が縮まっている事に気づいた。
彼女の黒髪から、心地よいシャンプーの香りがした。
（ま、まさか…………この展開わ…………）
「ねえ億泰くん……『カフェ・ドゥ・マゴ』での事件……覚えてる？」
「ああ……モチロンだぜ……あのイカれた殺人鬼のヤツな……」
「あの時……身の危険を冒してまで、あたしを庇ってくれた……助けてくれた……
必死になってた億泰くん……かっこよかったよ……」
青葉もまた、頬を高潮させて俯いている。
億泰は、自分の体温が急上昇している事に気づいた。
心臓の鼓動も通常の３倍のスピードで鼓膜に轟いてくる…………！
（オトコの憧れッ……『ファーストキス』とゆーヤツでは……！！）
「億泰くん……こんな時なのに、ごめんなさい……目、閉じてくれる？」
「！？」
青葉がゆっくりと顔を上げた。その唇は、もう目前に迫っていた。
一方、カメオはというと……
身に付けていた草やら花やら、カモフラージュのための扮装を脱ぎ捨てて、ひた走っていた。
（ついに見つけたぞッ……水谷喜一郎ッ！！
あの時……『妙なオヤジの写っていた写真』から飛び出してきた『矢』がヤツに突き刺さったせいでッ…………ヤツにスタンドが発現した…………そして今ではこのザマだ。
ヤツの『不正に手に入れたカネ』を脅しのネタにして、チョッピリ小遣い稼ぐだけのつもりだったのによォ〜〜……今となっちゃあ、ヤツをブッ殺してッ！
ヤツの有り金全部をふんだくらねーと気が済まねーぜッ！
このカメオ様にナメた真似しやがって……我がスタンド『ジャッジメント』の名にかけてッ！
くらわしてやらねばならんッ！ 然るべき報いをッ！！）
（ＲＯＵＮＤ２後編 おわり）
Ｔｏ Ｂｅ Ｃｏｎｔｉｎｕｅｄ !!
めぐるましい急展開ッ！
目的達成寸前のカメオ！ このまま逃げ切り一着となるか？
いっぽう、置いてけぼりにされた億泰！ シチュエーションに酔ってる場合じゃないぞ！
つーかニセモノだって気づけ！（笑）頼むから！
ついでに謎だらけの水谷一家の目的及び運命は！？
たくたくさん、Ｒさんは、次回ラウンド３に向けて「理想の決着」「それを得るための手段」をテキトーに書いて、メールでお送り下さい！
この対戦小説はたくたくさんとＲさんの対戦ソースをもとにＬ氏ーどが構成しています。
解釈ミスなどあるかもしれませんがご容赦ください。
たくたくさんとＲさん及びカメオ、億泰にありがとう！