Story Tellers from the Coming Generation!
Interactive fighting novel JOJO-CON
「叛逆者たちの狂宴」 第二幕
求道者の妄執 ＃04
花京院 VS ブルック
１．真実を知る罪
花京院はスタンド「法皇の緑」（ハイエロファント・グリーン）と共に、ブルックににじり寄った。
小高い渓谷地帯。岩肌は剥き出しで、足場も決して広い場所ではない。
ひとつ言える事は、気まぐれなロック・クライマーでもない限り、こんな場所に訪れるような物好きはいないだろう、という事だけだ。
鬼気迫るといった表情の花京院に対し、ブルックはいつもの軽薄な笑みで応えた。
「根を詰めすぎなんじゃあないですか？ 花京院さん。
まあ、今あなたがどういう『事実』を知って、どういう気持ちでいるのか……分からなくはありませんが」
青年の鼻持ちならない態度と言葉に、花京院は歯軋りした。
「ぼくはあの日から……墳上くんが消えたあの日から……
お前達『叛逆の徒』について死に物狂いで調べ上げた。文字通り、命がけでな」
「……それで？ 何か分かりましたかね？」
「ああ……貴様らが、仲間だろうと平気で吊るし上げるようなゲスな集団だって事はな」
花京院の抑揚のない返答に、ブルックは心外そうにかぶりを振った。
「……『逆位置の悪魔』が？ 彼らを『仲間』だと思っているとでも？」
……やはりな。
花京院は自嘲した。今はこんなヤツに、怒りをぶつける時ではない。
「もういい。貴様とこれ以上、実のない会話を続けるつもりはない。
ぼくが要求するのは『質問』だけだ。貴様はそれに素直に答えるだけ。それ以上の事は許可しない」
「一方的ですねえ」と、ブルックは困ったように肩をすくめた。
「どうやら、話し合いのテーブルにつくつもりはなさそうですし……
仕方がありませんね。花京院さん……もし僕に勝てたら、あなたの要求どおりにいたしましょう」
「……いい心がけだ」
言うが早いか、花京院の「ハイエロファント」の手の平から、目映いばかりのエネルギーが弾け飛んだ！
エメラルド・スプラッシュ！ 乱れ飛び輝く破壊のビジョン！
ブルックはそれを避けようとすらしない。
ドババババァッ！！
スプラッシュは青年の身体に着弾し、文字通り貫いた。
ところが……驚いたのは花京院の方だった。
ブジュブジュブジュルブジュル……
スプラッシュが貫通したブルックの肉体は、傷口が銀色に輝いていた。
無論、血は一滴も流れ出てはいない。できの悪い粘土細工を見ているようだった。
「我が……スタンド……『逆位置の法皇』……は、液体金属の……スタンド！
憶えておいて、損はありませんよ……フフフ」
（こいつ……まさか最初から、ダミーとして自分のスタンドをッ……！）
ブルック……の形をしていたスタンド「逆位置の法皇」は、見る間にドロドロに崩れ、地面と一体化して見えなくなった。
「いいですか……花京院さん……僕はあまり荒事は好きではありません。ですが……
『売られた喧嘩』はきっちり……買わせていただきます……」
どこからともなく響く、挑戦的なブルックの声。
花京院は一抹の戦慄を覚え、身構えた。
２．スパイダーマン
ブルックのスタンドが消え……渓谷は不思議なくらいの静寂に包まれた。
遠目に見えたリトル・ヤーたちの姿も、いつの間にかいなくなり……鳥の羽音、虫の鳴き声さえも聞こえない。
（まさかとは思うが…………ハッタリ、だったのか？）
たっぷり１分は過ぎ去ったが、ブルックは何も仕掛けては来なかった。
「喧嘩は買う」と抜け抜けと言っておいて、実はあの「逆位置の審判」とやらに加勢に行ったのか？
ありえない話ではなかった。こちらを舌先三寸で足止めし、より弱く「確実に」仕留められるターゲットから狙い、潰していく。それなりに有効な戦略である。
（もしそうなら……まずいぞ……）
花京院は焦燥を覚えた。リトル・ヤーたちがどこへ逃げていったのか、はっきりと確認できていない。
今から追いつこうにも、この崖を降りていくのは少々時間がかかる。
だが行かざるを得なかった。
花京院は意を決し、渓谷から離れようとした。
が、不意に声がした。
「『焦り』ましたね？ この瞬間を待っていたのです……」
ブルックだった。花京院が崖の端に向かった瞬間、地面から剣のように「逆位置の法皇」が飛び出した！
「うぐッ！？」
花京院は身をひねったが、左腕を切り裂かれた。痛みはそれほどでもないが、血だけは派手に噴き出す。
と同時に、花京院はバランスを失い、渓谷を落下する形となった。
「『ハイエロファント・グリーン』ッ！！」
花京院の「法皇の緑」が、即座に放射線状に拡がっていき、岩壁の突起に次々と絡みついた。
エメラルド色の輝く「蜘蛛の巣」であった。ハンモックのように、空中に投げ出された花京院の肉体を受け止める。
「……実に愉快な方だ。花京院さん！」
ブルックの軽薄な声が響く。
スタンドを通じての会話をしているのだろう。どこから声を発しているのかまでは読み取れない。
小馬鹿にしたような言い回しといい、花京院の神経を逆撫でする嫌らしい声だった。
「あなたはそのメロン色の巣に陣取った『蜘蛛』だと言いたいわけですかね？
僕にはあなたが、その『蜘蛛の巣』に捕まった哀れな虫ケラにしか見えませんがねェ！」
ドンドンドンドンドンッ！！
断崖の中から、先刻と同じ「逆位置の法皇」の剣が５本、花京院めがけて突き進んできた。
「フン……数を増やしたところで、その程度の攻撃ッ！」
花京院は冷静に銀色の剣の軌道を読み、「ハイエロファント」の空中結界をほんの少し動かした。
刹那、花京院は指一本動かさずに、己の身体の位置を変える！ 平面ではなく、立体的な動きだった。
「甘いですよ花京院さん……僕のスタンドは『液体金属』ッ！ お忘れですかァーッ！？」
すんでのところでかわしたかに見えた「剣」が、交差した地点で「融合」し、不気味な曲線を描いて軌道修正した！
ギュアッ！！
「剣」ではなく、銀色の獣の顎（あぎと）と化す！ ５つの「牙」となった「逆位置の法皇」が、花京院に追いすがった！
３．精神的身分
完璧なタイミングだった。
花京院は微動だにすらしない。もはや飛び退いてかわすのは不可能だ。ブルックは勝利を確信した。
バァ――ンッ！！
……ところが。
「逆位置の法皇」が花京院の華奢な肉体を引き裂いた、と思った瞬間だった。
ブルックの身体に異変が生じた。抗い難い引っ張られるような感覚。目玉と胃の中のものが飛び出したかと錯覚した。
ドガギャアンッ！！
「…………イィゲ…………ッ！？」
何が起こったのか理解できなかったが、我に帰った時に見えたのは、ブルックのスタンドによって握りつぶされたはずの花京院が、無傷のままで空中に佇んでいる光景だった。
「逆位置の法皇」は弾き飛ばされていた。銀色に輝く塊に、ゴルフボールのように細かい窪みがびっしりと刻まれている。
「…………『エメラルド・スプラッシュ』」
花京院は無表情のまま、ハイエロファント・グリーンの「結界」を使って谷を降りようとしていた。
ブルックはようやく理解した。花京院が何をしたのかを。「エメラルド・スプラッシュ」だ。
ただ打ち込んだのではない。彼のスタンドが一度に生み出せる破壊エネルギーの量は限られている。半径20メートルほどに満遍なく散らばった場合でも……静止している標的ならばともかく、高速で動いている「逆位置の法皇」を捕えるのは不可能であった。
だから花京院は考えた。彼は動けなかったのではない。敢えて「動かなかった」のである。
ブルックのスタンドを限界ギリギリまで引きつけ……エメラルド・スプラッシュの着弾距離を限界まで狭める。着弾した瞬間、次なるスプラッシュをさらに打ち込む。瞬く間に着弾、再び放つ……この一連のアクションを繰り返し、本来ならばあり得ないはずの超絶的な「破壊力」を獲得したのである。
ブルックの身体に、無数の弾痕が出現した。花京院にとどめを刺すべく「硬質化」した瞬間を狙われたため、まともにダメージを受けてしまったのだ。
「グゲッ…………うぐへッ！」
岩陰に擬態していた青年は、血反吐を撒き散らしてヨロヨロと姿を現した。青い法衣がボロボロに引き裂かれ、血によってドス黒い紫の斑点が浮き上がった。
（ば、バカなッ……何だこの強さは……！ これがあの『花京院典明』だと……？
たかがキャプテン・テニールごときの脅迫におめおめと屈し、親友を窮地に追いやった者の精神力ではない……！）
「…………はッ！？」
花京院はすでに来ていた。先刻と同様、まったく気配を感じさせぬまま。しかも今度は真正面から、である。
「……質問に答える気になったか？」花京院の声は、ぞっとするほど抑揚がなかった。
ブルックの顔中に脂汗が滲み出た。皮肉ったようなひきつり笑いを浮かべる。
ドヒャアアアアッ！！
刹那、膝をついた地面から無数の針状の物体が花京院に向かって降り注いだ！
「！？」
「ハッハァ！……逆位置の法皇……『贖罪の針刺』ッ！」
この至近距離。この速度。花京院は常識で考えればハリネズミのようになって死ぬ――はずだった。
「……………………！」ブルックの目は、驚愕に大きく見開かれた。
彼の生み出した『贖罪の針刺』は、すべて花京院の眼前で止まっていた。ハイエロファント・グリーンの両腕から繰り出された複雑な細密画（ミニアチュール）にも似た網状の「結界」に、そのすべてが絡め取られていたのだ。信じ難い反応速度！
「…………何故だ。どうしてそんな……そんな真似ができるッ！」たまらずブルックは奇声を上げていた。
「己の無力さにッ！ 友を裏切った罪悪感にッ！ 貴様は打ちのめされたハズだッ！ しかも、あの『真実』を知って……なぜそんな精神力が生み出せるッ！？」
「貴様は何も分かっていない……」花京院は侮蔑の眼差しで、恐怖した青二才を見下ろした。
「本当の『人間の強さ』とは……挫折、恐怖を知る事から始まる。人間の成長とは！……それらを乗り越え、初めて培われるものだ。それが分からん貴様に……絶対にぼくを倒す事はできないッ！」
花京院の拳がブルックの顔面を鮮やかに捉えた。
４．変貌
「ブギャス！」
ドザガガッ！！
花京院の鉄拳をまともに食らい、ブルックは無様に地べたに這いつくばった。
「……………………」
無表情のまま、仁王立ちになる花京院。
「ブ……ブブッ……ク、クグフヒヒヒヒ…………」
ブルックは立ち上がらない。顔を地面に埋めたまま、不気味な笑い声を上げている。
「…………何がおかしい？」
「フグフヒ……強いじゃあねーか……花京院……話が、違う…………ウヒヒヒ」
口調がさっきまでとまるで違う。何かの「たが」が外れてしまったのか。
花京院は一瞬、冷たい「何か」が脳裏を横切ったような気がした。
「……痛い……痛いよォ……何て痛いんだ……」
ブルックがようやく顔を起こした。血にまみれ、涙さえ流している。端正な顔立ちも台無しだ。
「顔は腫れ上がるし歯も５本はブチ折れた……オヤジにもブン殴られた事ねェーのによォーッ！」
――何なのだ、こいつは。
花京院が抱いた感想がまず、これだった。
急激な豹変？ 違う。立場が危うくなれば本性を表す。さして珍しい事ではない。
ブルックの「雰囲気」が一変したのだ。先刻までは、オドオド、ヒョロヒョロした青二才という印象だったのが、今はまるで違う。
何故かは判らないが、自信に満ち溢れていた。あれだけの圧倒的な実力差を見せつけられたはずなのに！
にも関わらず、花京院はこの血まみれの法衣の青年の「雰囲気」に呑まれかけていた。
どこから来る？ なぜそんな自信が？
「クックックケケケ……驚いているな？ 花京院さんよォ」
ビクリ。背筋が泡立つのを感じる。
「そォの澄ましたツラで誤魔化しても判る……僕がなぜ、これだけ自信満々なのか……
不思議でしょうがないんだろう？……『こいつは実力で完全に負けているのに、こいつをこのまま攻撃するのは危険だ』……そう考えているな？」
花京院は答えない。無言の肯定とも言える態度に、ブルックは薄笑いを浮かべた。
「クック……考えてみれば、何て事はない謎でしたね……」
ブルックの口調が元に戻った。『なぜか』花京院はホッとした。
「おかしいとは思っていたんです……神出鬼没の『逆位置の審判』の職務遂行の間際を狙って、裏切り者のヨー・ヨーさんが不意打ちを仕掛けた事といい、僕の背後を取ったあなたの手際よさといい……あなた方は秘密裏にすでに会われていた。違いますか？」
「…………くだらんな」
「僕と『逆位置の審判』が別れた隙に、僕を生け捕りにし『逆位置の悪魔』の情報を聞き出す……
大方、そんなところでしょう？ 『お仲間』のヨー・ヨーの心配はしなくていいんですか？」
「何をバカな……その『逆審判』とやらは、ヨー・ヨーのスタンドであっけなく倒された。
偶然居合わせた女の子たちも助かった。後はお前だけだ……」
ブルックは腹を抱えて笑い出した。
「ウヒャッヒャッヒャハ……あなたさては、ヨー・ヨーから聞いていないのですか？
『逆位置の審判』がいかに危険なスタンド能力か……本来であれば『女帝の貞淑』（エンプレス・チャステティー）など絶対に敵う相手ではない……」
「……どういう……意味だ？」
「まだ分からないのかタコッ！ ヨー・ヨーはてめェーの作戦を聞いてから、敢えてそれに乗った！
てめーを心配させねーためになッ！ 『逆審判』の能力には触れなかったッ！
ヤツは死ぬつもりさ！ 自分の命と引き換えに、僕をてめーに捕らえさせようとしたのさァ！」
花京院は完全にショックを受けた様子だった。
一瞬放心し……すぐさま舌打ちをし、ブルックを無視して駆け出していった。
（フフククク……やはり！ 僕よりも仲間の命を選んだ！……その中途半端な甘さが貴様を苦しめるんだ、花京院……！）
Ｔｏ Ｂｅ Ｃｏｎｔｉｎｕｅｄ ！！