Story Tellers from the Coming Generation!
Interactive fighting novel JOJO-CON
「叛逆者たちの狂宴」 第二幕
求道者の妄執 ＃02
アヴドゥル VS ペット・ショップ
１．潔癖症
ドゴゴゴゴ……ドバァーンッ！ ドバァーンッ！ ズゴゴゴ……
泉紫（イズミ・ユカリ）は、ホテルの外で起こっているけたたましい轟音を遠くに聞きながら、優雅な足取りで廊下を歩いていた。
「『東方仗助』は……何のトラブルもなく『賢者の遺跡』に送りましたわ……
我がスタンド『逆節制』……ヴィオラ・テンパー（註：温室スミレの意）によって。
これで、ブルック様も喜んで下さるわ……」
しかし、アヴドゥルの抹殺に関しては、未だに遂行できていない。
咄嗟の機転によって逃げられてしまった。だが、ペット・ショップによる「包囲網」は形成されつつある。奴が生きて、このメキシコシティを離れるなどできはしない。始末は「彼ら」がつけてくれるハズだ。
ユカリは思い直し、ホテルを後にしようと１階のフロントまでやってきた。
すでにここも、ペット・ショップのスタンド「ホルス神」の生み出した氷に包まれ、さながら白い鍾乳洞のような様相さえ呈している。
ユカリは特に感慨もなく、入り口を通り抜けようとしたが……フロントから突如、小さなうめき声が聞こえた。
「さ……さ……寒いッ…………だ、誰かァ……たすけ、て…………」
どうやら、ペット・ショップの氷を足に食らってしまい、逃げるに逃げられなかった犠牲者の声のようだ。
ユカリがフロントに行き見やると、両足と腹部を氷漬けにされ、息も絶え絶えの青年……服装からして、ホテルのボーイのようだ……が倒れていた。
「…………大丈夫ですか？」
ユカリは、にっこりと天使のような微笑を浮かべ、青年に駆け寄った。
その笑顔に、苦しげだったボーイも、いくらか安堵したらしく、自分の窮状を訴えた。
「い……息も苦しい……あ、あんたは……無事なのか？ た、頼む……び、病院にィィィ…………」
青年は腕も怪我をしており、手を伸ばした拍子に……血が一滴、ユカリの白い頬に飛び散った。
途端に、手を差し伸べようとしていたユカリは、すっくと立ち上がった。
手を伸ばしかけた青年の身体が地面に突っ伏す。
うつ伏せになったボーイの喉下に、ユカリは自分の靴底を当てた。
「な……ブ、一体何を……」
「…………汚らわしい」
「……………………え？」
「汚らわしい。汚らわしい汚らわしい。汚らわしい汚らわしい汚らわしい汚らわしい…………！」
ミシ……メキメキゴキボギッ！
ユカリが言葉を繰り返すたび、彼女の足に体重がかかり、青年の首の骨がイヤな音を立てて軋んだ。
「ぎ……がげ……げぼごォォォッ…………！？」
べギャッ！！
ユカリは表情を変えず……すなわち、笑みを浮かべたまま……靴底で彼の喉を踏み砕いた。
床にドス黒い血の染みをつくり、青年は物言わぬ死骸と化した。
「汚らわしいものに、生きる価値などありませんわ」
彼女の顔には、最初に声をかけた時と全く変わらない……天使のような笑顔が浮かんでいた。
２．裏切り者
アヴドゥルはホテルの一室の暗がりに潜み、呼吸を整えていた。
突然の敵襲にいささか動揺したものの、歴戦の強者である彼の脳裏には、ひとつの疑問が浮かんだ。
（なぜだ……なぜ、このホテルでわたしと仗助が落ち合う事を、敵に知られてしまったんだ……？）
あのユカリとかいう女。アヴドゥルが仗助と対談する前に、すでに仗助と接触していた。
偶然ここを見つけた、という事は考えにくい。根回しが良すぎる。
計画が漏れていたのだ。だが、一体誰が漏らしたのだ？
ここで二人が会う事を知っているのは、当人たちと承太郎、花京院、そして……
（ハッ…………まさか。まさかッ…………！）
アヴドゥルは、最も可能性のある推論を思い浮かべた。ヤツが裏切っているとするならば、どうか？
馬鹿げている、とも思えた。
だがもし、その「推論」が正しいとするならば……「石棺」が盗まれた時期、自分達がこのホテルを指名した事、敵の迅速ぶり……すべてが合点がいく。
（くッ……なんとか、連絡を取らなければ。花京院や承太郎に、あの「情報」を提供したのもヤツだ。
ヤツが裏切っているとするなら、二人が危ないッ…………！）
アヴドゥルの焦燥は、一抹の不安にすりかわった。
研ぎ澄まされた長年の勘が告げていた。空気の中に、ほんのわずかだが「寒気」を感じた。
この部屋もまずい。アヴドゥルの決断は素早かった。
「魔術師の赤（マジシャンズ・レッド）！ 壁をブチ破れッ！」
ゴッ！
炎がコンクリートを穿つ。たちまち砕け散り、外の景色を見渡せるようになった。
ホテルの７階。15メートルはある高さから、アヴドゥルは迷わずダイブした！
ドッバァァンッッ！！
アヴドゥルが潜んでいた部屋に、直径５メートルはあろうかという「くさび」状の氷塊が突っ込んできた！
あと２秒、部屋を脱出するのが遅ければ、アヴドゥルの肉体は無残に磨り潰されていただろう。
だが、危機は未だ去ってはいない。７階の高さから飛び降りれば、常人であれば全身骨折、悪ければ（良ければ？）即死だ。
さらには、部屋を貫いた氷塊が、勢い余ってアヴドゥルの頭上に迫っている。
「…………『炎の槍』（フレア・ランス）ッ！」
「魔術師の赤」の鳥の嘴のような口から、「赤い剣山」以上に太く、鋭い燃え盛る一本の槍が飛び出し、氷の中央をブチ抜いた。
氷の背後に隠れていた「ペット・ショップ」が、炎に包まれて黒焦げになっているのが見える。
落下しつつ、アヴドゥルはスタンドを使って氷塊を掴み、たった今作った空洞の中へと身を躍らせる。
刹那、氷塊は地面と激突した。アヴドゥルは落下寸前、氷塊の頂上によじ登り、氷を蹴って脱出した。
バグォォォン！！
ホテル前の道路に転がりつつ、立ち上がるアヴドゥル。幸い、落下によるダメージはほとんどなかった。
アヴドゥルは油断なく身構え、辺りを見渡した。
次の瞬間、驚愕が待っていた。
ホテル周辺の道路や交差点すべてに、アヴドゥルの逃げ道を塞ぐかのように……巨大な氷山がそびえ立っていた。
３．デスペナルティ
身の毛もよだつ惨状だった。
巨大な氷山の中には、氷漬けにされた犠牲者や、氷の重みに叩き潰された車の残骸などがちらほらと見て取れる。
「くッ…………外道が」
アヴドゥルは思わず毒づいた。
氷山やビルの至る所に、ペット・ショップたちが悠然と羽ばたいており、こちらを見据えている。
ドヒュン！
氷山の頂上にいた三羽が、アヴドゥルに向かって猛スピードで飛来してきた。
ドバババババッ！！
うち二羽が、アヴドゥルを包み込むように無数の氷の弾丸を発射する！
「『魔術師の赤』（マジシャンズ・レッド）！ 焼き尽くせッ！！」
アヴドゥルは再び「赤い剣山」（レッド・ニードル）の構えを取った。
一対一の戦いであれば、アヴドゥルのスタンドが僅かに「ホルス神」の性能を上回っているだろう。
だが……ペット・ショップたちは無数にいる。
氷のミサイルを断続的に繰り出し、こちらを疲れさせる作戦か。
アヴドゥルはそう考え、火柱でミサイルごとペット・ショップたちを焼き尽くし、この「包囲網」を離脱しようとした。
ところが……
ビシビシビキ…………！
アヴドゥルは不意に「痛み」を足元に感じた。
見れば、彼の両足には、もう一匹のペット・ショップが生み出した「氷のシダ」が絡み付いている！
「なッ……！？」
アヴドゥルが驚愕したのも無理はない。
「氷のシダ」を発生させたペット・ショップが、己の真下にまで迫っており、自分の肉体ごと氷漬けにしていたのだ！
（こいつッ…………！ 自分を犠牲にしてまで…………！！）
逃げられない。
見上げれば、空中から襲ってきた三羽目が、数百キロはあろうかという巨大な氷をアヴドゥルの頭上に叩きつけようとしている。
さらに不気味な光景がアヴドゥルの心を襲った。
ペット・ショップたちが「ニヤリ」と笑ったのだ。四羽同時に。嘴の端を吊り上がらせて。
（バカな…………『鳥が笑う』なんてッ…………！）
容赦なき氷の「洗礼」が、アヴドゥルの死を告げるべく降り注いだ。
４．ドス黒い笑顔
ドッグォォォン！！
アヴドゥルの立っていた場所は、巨大な氷の山に覆い尽くされ、静かになった。
ホテルの正面入り口から、「逆節制」のユカリが姿を見せ、嘲るような笑みを浮かべた。
「他愛もない事ですわね……南極であのカーズと死闘を繰り広げた歴戦のスタンド使いといえども、その最期は……フフフ」
ボバァン！
ユカリの耳に、不意に爆音が轟いた。ハッとして見上げれば、道路を封鎖していた氷山の近くから巨大な火柱が立ち昇り、その軌道上にいたペット・ショップ二羽を黒焦げにした。
次の瞬間、火柱によって穴の空いたアスファルトから、アヴドゥルが姿を現す。
「クロス・ファイヤ――――ハリケーンスペシャルッ！！」
「魔術師の赤」が、立て続けにアンク状の炎の塊を次々と発射する！
アヴドゥルの出現と同時に、攻撃態勢に入っていたペット・ショップたちも、さすがに軌道修正をせざるを得なかった。運の悪い何羽かは逃げ遅れ、先刻の二羽と同じ運命を辿る事になった。
「チッ、チッ！ あの程度でこのモハメド・アヴドゥルを追い詰めたと思ったら大間違いだ、お嬢さん」
アヴドゥルは決めのポーズと共に、クロス・ファイヤー・ハリケーンをユカリに向かってさらに飛ばす！
ドガドガドガボァッ！！
ユカリは避けようとすらしなかった。アヴドゥルのスタンドが放った炎は、いずれも脇にそれるか、ユカリのぶら下げているペンダントの中へと吸い込まれてしまう。
「よく、あの攻撃から逃れる事ができましたわね？」ユカリは表情ひとつ変えずに口を開いた。
「わたしの足元にもペット・ショップがいたんでね……奴がどこからわたしを襲ったのか？ それを考えた……
答えは簡単。奴は地面を氷で掘って、わたしに気づかれぬよう、動きを封じようとしたんだ。
奴が作った『トンネル』を、我が『マジシャンズ・レッド』の炎を使って、わたしも通れるようにちょいと穴を広げてやっただけさ」
「さすがですわね……と言いたいところですけれど」
ユカリは、悔しさで顔を歪めるどころか、ゾッとするほど不気味な薄笑いを浮かべた。
（何なんだ、この女は……仗助と同じ日本人としては、まだあどけないとも言える年頃だ……
ザンジバルで承太郎たちが出会った『逆位置の塔』のエリスといい……なぜ彼女たちは『逆位置の悪魔』に従う？
そして、どうすれば……美しい少女の顔にあのような『ドス黒い笑顔』をさせる事ができるんだ……？）
「ところでミスター・アヴドゥル……なぜこのメキシコシティに、わたくしと『ペット・ショップ』が派遣されてきたか、ご存知ですか？」
「………………」唐突な問いに、沈黙したまま様子を伺うアヴドゥル。
「単なる数合わせだとか、適当に組まされた『コンビ』だとか……そのように考えておられるのであれば、大間違いですわ。
フフ……ミスター・アヴドゥル。次の『攻撃』で、あなたには『死相』が出ています。運命がそう告げているのです……」
「占い師であるこのわたしに……そんな脅しが通用するとでも？」
「占い……？ これは『予言』ですわ」
「！」
ズブズブズブズブ……
ユカリはそう言い放つと……自らぶら下げた紫水晶の中に、己の肉体を吸い込ませるようにして姿を消しはじめた！
５．チェスの駒
ユカリの下半身が、アメジストの中へと吸い込まれていく。
「あなたには……『本当の絶望』というものが何か、それをたっぷりと教えて差し上げますわ……ミスター・アヴドゥル！」
アヴドゥルを取り囲む「ペット・ショップ」たちの動きが止まり、軍隊が陣形でも組むかのように規則正しく整列した。
「……どういうつもりだ？」
アヴドゥルの問いに、ユカリは肩から下を水晶を埋没させつつ、パチンと指を鳴らした。
ズゥラァアアアアッ！！
途端、ペット・ショップたち全員が――どこに隠し持っていたのか――紫水晶のペンダントを一斉に取り出し、おもむろに自らの首にぶら下げた。
「……………………！！」
「ゾッとしましたわね……このペンダントにはすべて、我がスタンド『ヴィオラ・テンパー』のパワーが宿っている。
そして彼らの縦横無尽に飛び回る機動力……これらが組み合わされれば、いかなる敵であろうと『死』あるのみ、ですわ」
ユカリの笑み――屈託のない、天使の微笑――に唱和するように、ペット・ショップ全羽が同時に『ニヤリ』と笑った。
キョオオオ――ン！！！！
嘲笑の唱和は「勝利の確信」。咆哮の唱和は「死刑の宣告」！
ギャギャギャギャギャアアアンッ！！
ユカリの姿が完全に消えると同時に、ペット・ショップたちは氷壁の世界に乱舞した！
（バカな……さっきまでとはスピードが違いすぎるッ！）
アヴドゥルは己の心に、くっきりと「絶望の烙印」が押されるのを感じた。
全く見えない。遠すぎる。
「魔術師の赤」のパワーを無差別に解放すれば、５羽や10羽は焼き払えるかもしれない。だが、その先は？ スタンドパワーが尽きた後は、どうすればいい？
「マジシャンズ・レッド……『焔の砦』（ヒート・フォートレス）ッ！」
アヴドゥルの姿を、スタンドの炎が完全に覆い尽くした。
防御『円』ではなく防御『球』。空も、地面も、くまなく遮断する炎の城壁。
だがアヴドゥルにとって、これは「策」でも何でもなかった。
単なる恐怖。それから逃れたいだけ。
このままでは、アヴドゥル自身酸欠で意識を失ってしまう。
いや、それよりも自分の身が燃え尽きてしまう方が早いか。
それでもいい。
アヴドゥルは混乱と恐怖の最中、ふとそう思った。ほんの数分、いや数十秒でも、ヤツらの恐怖から逃れる事ができるならば……！
だが。
ドガッ！
不意に、アヴドゥルの腹部に固い衝撃が襲ってきた。わずかに遅れて、胃の中のものをすべてブチまけたくなる不快な衝動が湧き上がってくる。
「げ、ああアァァッ……！！」
突っ込んできたのが、氷の鎧に身を固めたペット・ショップ３羽である事に気づくのに、数秒を要した。
しかも、３羽が３羽とも、本来ならばあり得ない方向にねじれ、絡み合っているのが見て取れる。自分たちで氷を生み出したのではない。他の仲間たちに氷漬けにされ、塊にされて打ち込まれたのだ。
激痛の中、アヴドゥルは悟った。こいつらは「軍隊」などではない。
「チェスの駒」だ。自軍の王（キング）さえ生き残れば、他の駒すべてを犠牲にしてでも敵の王の首を取ればよい。50匹いれば、49匹までは死んでもいい。彼らの行動は、間違いなくそういうやり方だった。
犠牲を恐れない殺戮部隊。アヴドゥルの恐怖心は急激に増大した。
「う、うわあああああッ！？」
６．絶望したよ
集中が途切れた。恐怖と、熱の蓄積による疲労。いや、何が原因なのかは問題ではない。
自分の力ではペット・ショップを止める事ができない。
それが分かった瞬間、こんな暑苦しい砦を維持するのもバカらしくなった。
背後から頬を撫でられた。
「！」
「さしものモハメド・アヴドゥルも……追い詰められてあっさり自滅……
拍子抜けですわね。『生かしておいた』価値もない……」
ユカリだった。アヴドゥルの頭上にやって来たペット・ショップのペンダントから、上半身だけを逆さまに出現させて忍び寄ってきていたのだ。
彼女の手にはナイフが握られていた。ほんの数センチ、横に引けばアヴドゥルの頸動脈を掻き切る事は容易であろう。
だが不思議と、アヴドゥルの目は別の光景を捕らえていた。
スタンドの炎が解除され、その余熱がペット・ショップの生み出した氷を溶かし水蒸気を生む。そしてその先には――
「『終幕はせめて美しく』……わたくしがとどめを刺して差し上げますわ」
ナイフに力が込められた。
ユカリは勝利を確信した。ナイフはアヴドゥルの首を切り裂き――
ボジュウウウウッ！
「なッ…………！？」
ユカリのナイフは、赤熱する溶鉄と化して消滅していた。
「チッ！ チッ！」
アヴドゥルは悪戯っぽくウインクしてみせる。
「あんたのスタンド……『逆位置の節制』だったか？
本体は完全に守るようだな……ナイフを『魔術師の赤』の炎で燃やしたのに、手には火傷ひとつ負っていない……だがナイフは『あんた』じゃあない。だから通用した……」
「くッ……なぜだ！？」ユカリの表情に、初めて焦燥の色が浮かんだ。
「貴方は『絶望』していたでしょうッ！ わたくしたちから逃れる術はないと悟り、死を受け入れたハズッ！ どこから来たんです、その精神力は…………！」
「確かに」アヴドゥルはあっさりと肯定した。
「絶望したよ。自棄になって、ただ守りに徹してしまった。無為無策だったといってもいい。蜘蛛の巣に絡まった哀れな虫ケラのように絶望したまま、きみにナイフで首を切り裂かれるのもやむなしとまで思ってしまった。だが……チッ！ チッ！」
彼の指さした先では、奇怪な光景が目に入った。
グニョオオオオオ……メキ、メキメキ……
ペット・ショップたちによって作られた氷壁のバリケードの一部が、まるでゼリーのように頭を垂れて落下しようとしていた。
「『彼女』に気づいたんだ……『絶望』してよかったよ」
アヴドゥルはニヤリと笑った。
バキバキバギボグショオアアアアッッ！！
氷が砕けた。バラバラになった氷塊が弾け飛び、逃げ遅れたペット・ショップ数羽を無残にも叩き潰した。
砕けた根元は、奇妙な事にプルプルと弾力を持ち、翻りつつ元の形に戻った。
「これはッ……この『柔らかくする』能力は、まさかッ……！」
アヴドゥルとユカリが目の当たりにした人物、それは勿論――
「Yes, I am！……って、アヴドゥルさんなら言うんでしょうね」
トリッシュ・ウナだった。傍らには彼女のスタンド「スパイス・ガール」がいた。
７．ファウンダー
トリッシュは隙のない軽やかな動きで、アヴドゥルとユカリの眼前にまで迫った。
「ひッ…………！？」
トリッシュの瞳がユカリの眼を捉える。先刻アヴドゥルに向けた笑顔とはほど遠い、容赦ない「戦士」の目だ。
ユカリは思わず根負けして一歩後ろに退いた。
ドギャーン！
「WAAAAAAANNABEEEEEEEEEE！！」
トリッシュのスタンド「スパイス・ガール」が、雄叫びを上げてユカリに無数の拳の連撃を放つ！
ガギガギガギガギガギガギィィィィン！！
ともすれば、完膚なきまでにユカリの肉体はひしゃげただろう、とも思えるすさまじいラッシュだったが……
やはり彼女の肉体には「スパイス・ガール」の拳は届いていなかった。トリッシュのすべての攻撃は、ダメージを与える事もできずにユカリのスタンド「ヴィオラ・テンパー」の紫水晶によって阻まれていたのだ。
「……フン」焦りの色すら浮かんでいたユカリの顔が、邪悪な笑みに染まった。
次の瞬間、上空のペット・ショップたちの放った氷のミサイルが二人を分断した。
やむなくトリッシュは、アヴドゥルと共に間合いを取りその場を離脱した。
（あの女が「トリッシュ・ウナ」……「逆位置の世界」が言っていた『発見者』（ファウンダー）……）
氷山のバリケードが破られた今、彼らに逃げられてしまう結果となった。
しかしユカリは冷静さを取り戻すと、すぐさま生き残ったペット・ショップたちに追撃を命じた。
（わたくしの使命は、彼女を生け捕りにし、『賢者の遺跡』に連行するか……
あるいは彼女を殺し、新たなる「ファウンダー」として「シナリオ」に参加する事……）
「シナリオ」のルールによれば、「役割」を担う者を殺した者が、新たにその「役割」を負う事になる。
つまり、トリッシュ・ウナが「ファウンダー」として相応しくないと判断できれば、ユカリは彼女を抹殺して「ファウンダー」となる事もできるのだ。事実、ユカリはすでにその気になっていた。
（あの女……一体なんなんですの。あられもない格好でイタリアン・ブランドをこれ見よがしにチャラチャラ身につけて……
実に『汚らわしい』ですわ。何より、わたくしを睨みつけたあの『眼』……絶対に気に入りませんわ）
しかし、彼女の好き嫌いで「役割の交代」を断行できるわけではない。
まずはトリッシュに「ファウンダー」に相応しい「力」があるかどうかを試さなくてはならない。
「…………でも、気にする必要はさほどないかもしれませんわね」ユカリの顔は、屈託のない天使の笑みに変わった。
「いかなるパワーがあろうと、わたくしの『逆位置の節制』には傷ひとつつけられない。
わたくしにも勝てないような者に……『ファウンダー』たる資格などありませんわ」
８．タイマン
ザッ、とアスファルトを踏む音がした。
ユカリが振り返ると……トリッシュがいた。たった今まで使っていた携帯電話を切り、優雅なポーズで懐にしまう。
「ほう……そちらから現れるとは、思いませんでしたわ」
ユカリの嘲る声にも、トリッシュはひるまず睨めつける。さっきから、気に食わない目だ。ユカリは思った。
「ミスター・アヴドゥルはどうしました？ それに、ペット・ショップ達は？」
「貴女に答える必要なんて、ないと思うけど」
トリッシュはさして興味もないように言い捨てる。
「ただ言える事は……貴女は『独りぼっち』よ。援軍は来ないわ」
「……何ですって？」ユカリの声音が変わる。
「どうしたの？ ビビった？ 『独り』じゃあ、何もできないから……怖い？」
挑発するように、というより……単にからかって、面白がるような口調のトリッシュ。
ユカリの顔から笑みが消えた。あのペット・ショップの大群から、どうやってこの女は逃れたというのだ？
「トリッシュさん、でしたわね？ いくらあなたがこのシナリオの『発見者』（ファウンダー）だからといって……わたくしを侮辱する資格など、ありません事よ」
「…………」
「『独り』じゃ何もできないのは……あなたの方じゃありませんか？ あなたのスタンド『スパイス・ガール』では……わたくしの『ヴィオラ・テンパー』のガードは崩せない。これは『絶対』ですわ」
歌うように言葉を紡ぎ、天使の笑みを取り戻すユカリ。トリッシュをジロジロと無遠慮に見つめながら、一歩前に出る。
二人の立っている道はさほど広くはない。二車線のありふれた道路であり、その両脇には二十階建てのビルがそれぞれ建っており、一階は駐車場を兼ねて大きくスペースが空いていた。
「わたくしのスタンドの防御は完璧……弱点など、ありませんわ」
「……おめでたいわね」
「！」
「アヴドゥルさんから、貴女の話は聞いたわ……ユカリちゃんだっけ？ 貴女のスタンドは完璧なんかじゃない」
「フン……何を根拠にそんな事を？」
「それだけ『完璧なガード』を誇る能力を持っているのに、何故貴女はペット・ショップの大群なんかと手を組んでいるのか？
何故、自分から踏み込んでは来ないのか？ 受身に徹して、チャンスを伺う必要なんてないハズじゃない？」
ドギュウン……！
女性らしいデザインをした人型のスタンド「スパイス・ガール」が出現したかと思うと……即座にトリッシュは突進した！
「くッ……速い！？」ユカリは驚愕の表情を浮かべた。
「『貴女』への攻撃は完全に防御できるんでしょうけど……その、胸の『アメジスト』への攻撃はどうかしらッ！」
９．忍び寄る魔の手
スパイス・ガールの拳が迫る！
だがユカリは再び笑みを作り……両腕を広げた。
「ウフフフ……よく気づきましたわね。でも……ムダですわ」
「！」
ユカリの両手には、それぞれ一個ずつ紫水晶が握られていた。次の瞬間、左手の水晶から……無数のアメジストが飛び出した！
ドヒャアアアアッ！！
無作為に飛び散るアメジスト。「スパイス・ガール」はそれを弾こうと動く。
「ＵＲＹＹＹＡＨッ！！」
ラッシュを放ち、数個は打ち返したものの……弾き損ねた２つがトリッシュの太腿をしたたかに打った。
「くうッ…………！？」
トリッシュは苦痛に顔を歪めたものの、それでも突進をやめない。
「遅いですわ」ユカリの持つ右手の水晶が怪しく輝き……彼女の姿はその中に吸い込まれていく！
スパイス・ガールのラッシュはすんでのところで空を切り、ビルの柱を叩いただけだった。
ユカリの身体が消え、彼女の持っていた紫水晶は、その場にコロンと落ちる。
慌てて周囲を見渡すトリッシュ。道には、先ほどユカリが放った無数のアメジストが転がっている。
静寂。薄気味悪いまでの沈黙の世界。どこから？ どこからヤツは来る？
トリッシュは油断なく、ビルの柱を背にして様子を伺った。
「これなら……背後を襲われる心配はない……」
浅く息をつき、スパイス・ガールを待機させる。床に転がっている水晶から、ユカリが姿を現す気配はない。
…………ほんの数十秒の時間が、何時間にも感じられる。額から流れた汗が頬を伝い、地面に落ちた。
カリッ。
ふと、左側から微かに何かが動く音がした。思わず振り向くトリッシュ。
何もいない。アメジストは転がっているが、爪先すら出てくる様子はなかった。
「フゥ…………」安堵の溜め息を漏らすトリッシュ。
ガシィ！
いきなり腕を掴まれた。と認識した瞬間、首に何かが覆い被さった！
「がッ…………！？」
トリッシュはもがくが、声を出す事すらままならない。
かろうじて彼女の視界に映ったのは……トリッシュの右手の、『アメジストのついたブレスレット』から這い出してきているユカリの肢体だった！
「ウフフフ……バラ撒いた『水晶』はカモフラージュに過ぎませんわ。
わたくしのスタンドはすべての『紫水晶』を支配できる……例えそれが、あなたの『所有物』であっても！」
Ｔｏ Ｂｅ Ｃｏｎｔｉｎｕｅｄ ！！