Story Tellers from the Coming Generation!
Interactive fighting novel JOJO-CON
「叛逆者たちの狂宴」 第二幕
求道者の妄執 ＃01
１．神と悪魔の二つの顔
扉が開け放たれると、むっとする異臭が暗闇の中に漂った。
発掘作業に当たっていた現地人たちは悪臭に辟易し、中に進む事をためらっている。
すると、廊下の人だかりの中から、三人の男女が進み出た。三人とも、明らかに現地人たちとは雰囲気が違う。
最初の一人は、聖職者が羽織るような法衣を纏った青年。彼が手に持っていたトーチに火を灯した。
礼拝堂のような、神秘的な雰囲気の漂う巨大なホール。
しかしその中には……全く不釣合いなものがあった。おびただしい数の、屍。
異臭の正体に気づき、次に入ってきた女性……神秘的な紫のケープをした日本人少女……は、あからさまに顔をしかめた。
「ブルック様。これは…………」
ブルックと呼ばれたトーチを持った法衣の青年は、死体の服装をまじまじと見て、淡々と口を開いた。
「スペインの征服者（コンキスタドール）エルナン・コルテスの部下と……古代アステカ帝国の僧侶ですね」
今からおよそ500年ほど前、アステカ帝国を植民地とするためやってきたコルテスは、現地のアステカの民衆と幾度となく衝突し、アステカ帝国首都ティノティティトラン（現在のメキシコシティ）は戦火に包まれた。
コルテスらはアステカの民と比べ、先進的な兵器と馬による移動手段を持っていたが、圧倒的に数で劣っていた。
その隙を突いて、インディオたちは勇敢に蜂起し……スペイン兵を捕えると、彼らを「神」への供物とした。
太陽の民アステカの信仰する神！ その名は太陽神トナティウ！
彼らの「神」は血を欲する！ 彼らの「太陽」は生贄の血によって生存する！
その信仰こそが、彼らを恐るべき人肉食いの風習に駆り立てる土台となったのである。
「……その伝承は聞いた事がある。しかし……」
最後に入ってきた、頬のこけたキツネ目の男が悪臭に鼻をつまみつつ、疑問を口にした。
「ブルック。ここで起こったという殺戮。腑に落ちない点があるぞ」
「……どうぞ、『逆位置の魔術師』さん」
「コルテスの兵たちに武装がない点からも、ここで戦闘があったとは考えにくい。彼らは捕虜だろう。
すなわち、インディオどもによる一方的な拷問……いや、『神聖なる儀式』が行われていた事は間違いあるまい。
ならばなぜ……その場にいる全員が殺されているのだ？」
そう……儀式を行った側であるはずの僧侶たちもまた、全員がひからびたミイラのようになって死んでいるのだ。
殺され方も無残極まりない。首を飛ばされた者。手足が四散し、臓物を食らい尽くされたような者までいる。
「……答えはひとつ。ここにいる人間たちは、すべてたったひとつの『存在』に滅ぼされたのです」
（…………『存在』？）
少女……『逆節制』の少女は、『逆位置の法皇』のブルックが使った単語に違和感と……そして一抹の冷感を覚えた。
「歴史的な瞬間といってもいいでしょう。僕らは、実在の『神』となった存在を……今、目覚めさせようとしているのですから」
ブルックの興奮を帯びた声。礼拝堂のその先には……重苦しい妖気を放つ石棺があった。
アステカの太陽神。旧約聖書における、禁断の知恵の実の存在を教えた「蛇」。
神と悪魔の二つの顔。その正体は、「人類」を生み出した偉大なる闇の一族の「異端者」。
その名は…………賢者ザフー。
２．花京院の決意
ＳＰＷ財団、ダラス本部。
花京院典明は急いでいた。
「面会を……予約は取っています。本人の容態は？」
「はい……患者様の会話に支障はございません」
看護婦に案内され、花京院は病室に入った。患者名は「大友 流」とある。
「やあ、花京院さん……お久しぶり」
ベッドに腰かけていた流は、花京院の姿を認めると、にこやかに笑ってみせた。
運び込まれた当初は、全身に火傷を負っており……一時は命も危ぶまれるほどであったが、ＳＰＷ財団の医療チームの技術と結束の賜物か……皮膚移植手術もほぼ成功、拒否反応もなく、キズ跡も丹念に取り除かれていた。
「話は聞いた。激しい戦いだったようだね……キミには済まない事をした。
休暇中だったというのに……こんな厄介事に巻き込んでしまって」
「気にする事はないですよ、花京院さん……お陰さんで、予定より遥かに長い『休暇』をもらえたし」
冗談めかして笑う流。
「まだちょっと痛むが、回復期で身体がなまっているからだって、医者も言ってたしね。
リハビリを少々続ければ、退院できるって話です」
花京院は……はにかむようにしてかぶりを振った。
「いや、今日来たのは……キミに対しての『依頼』じゃあない」
「…………は？ それじゃあ…………」
「ぼくは決心したよ。『ヤツら』との決着をつける」
静かな物言いだったが……その声と瞳からは、彼の断固たる決意の程が伺えた。
「『ヤツら』って……『逆位置の悪魔』の手下どもの事ですか？
ヤツの組織は、リーダーである『逆位置の悪魔』の死により、壊滅状態となったはずじゃあ……？」
「いや……それはない。断言できる」
花京院は知っていた。
実は花京院自身もすでに、「逆位置のスタンド使い」と遭遇していた。
狙われたのは自分の命。刺客は逆位置の「女帝」と「世界」。
偶然居合わせたスタンド使いの高校生、墳上裕也。共闘。そして……
垣間見た。「逆位置の世界」のスタンド能力。時間の「交錯」……
その超常のパワーの「洗礼」を浴びた墳上は……時空の間、虚無の海の彼方へと消えた。
皮肉にも、無関係であったはずの高校生に……花京院は命を救われる形となったのだった。
（あの時……正直いって、「逆位置の世界」という怪物にぼくはビビった……
足がすくんで、体中の毛が逆立ち、全身が凍りついた…………
時空の間へ飲み込まれていく墳上くんを見て、動けない自分に気づき、ますます毛が逆立つのがわかった……
胃がケイレンし、胃液が逆流した。ヘドを吐く一歩手前だった……）
花京院は過去、これと全く同等の恐怖感を抱いた時がある。
言うまでもなく、エジプトでＤＩＯと遭遇した時の事だ。
あの時と同じように……恐怖に屈し、危機が去った後……心の底からホッとしてしまった。
「安寧」という甘く、腐った感情に逃げ込み……邪悪に立ち向かう「勇気」を失ってしまっていた。
（ぼくは自分を呪う！……あの時、墳上くんを引き止める事ができたはずだ……
自分は何もできなかった……それだけじゃあない。
テニールというゲス野郎の脅迫にまで屈し、承太郎たちを危険に晒してしまった……）
あの時に、恐怖を乗り越えたと思っていたのに。
二度と、あの時のみじめな花京院には戻らないと、誓ったはずなのに。
「悟ったんだ。ヤツらに怯え、守りに入ったのでは……永久に『恐怖』を克服できないと。
人間にとって『勇気』とは、恐怖を知る事。恐怖を……我が物とする事なのだ、と……」
「…………花京院さん…………」
承太郎や墳上に対する贖罪になるとは思っていない。
彼らが邪悪に示した「勇気」を共有するため……花京院は己の戦場に身を置く事を決意したのだ。
しかし……流にとって、話を終えて去っていく花京院の後ろ姿は……奇妙に遠い存在に感じられた。
３．ミッドナイト・ショウ
その日も、サーカス公演は大盛況だった。
閉鎖空間のステージは、観客の拍手と熱狂の「うねり」に包まれ、その場にいた全員が満ち足りた絶頂を実感したほどだった。
誰もが思う。この一瞬が、永遠のものであったなら。
だが……沸騰したコーヒーが、やがては冷めてしまうように……高揚感は永続しない。
サーカス演目が終了し、観客が立ち去り……テントの明かりが消える時は必ず訪れる。
すべては闇の中へ。しかし、朝はまた来る。
サーカス団のメンバーの誰もが、信じて疑わなかった。
明日の公演も、メンバー全員で力を合わせ、今日の興奮を、達成感を、観客と再び共有できる事を。
しかし、その日の夜だけは……違っていた。
サーカス団のテントからそう遠くない森の中で、一人の巨漢が悠然と歩を進めていた。
静かな半月の夜。風は強く、肌寒いほどであるが……男の鍛え抜かれた肉体は、微塵も萎縮した様子を見せなかった。むしろ……風を従えているかのようである。
彼……ワムウは、森の半ばほどで足を止め、暗闇の中に誰何の声を上げた。
「無粋きわまる来訪者よ……きさまの目的は何だ？」
ゴオッ！！
ワムウの丸太のような腕が虚空をひと薙ぎすると……目視できるほどの風の「刃」が発生した！
その先にある巨木が、風によって真っ二つに縦に裂け……体重を支えきれずに左右に倒れる。
木の向こうには……夜よりも暗い色をしたローブを纏った男が立っていた。
『風を……統べる、荒ぶる闘神……追跡者（チェイサー）……よ……』
鼓膜を圧迫されるような、奇妙な感覚で届く声だった。ワムウは気づいた。
あの風を受けてなお……ローブには裂け目ひとつできていない。実体そのものがないかのようである。
『我が名は……逆位置の……悪魔……』
「………………」
『我が導きに……従うのだ……人ならざる……者よ……』
影の顔は不鮮明であったが……口元が笑みを作ったように見えた。
『さすれば、汝の主との……再びの邂逅……の、機会を……与えん……』
禍々しく響く声。ワムウはしばしの間、呆然としていたが……突如笑い出した。
「フフフ……このワムウが『何者』であるかを知っているようだが……それがどうしたというのだ？
我が前でくだらぬ虚言を弄する事が……どれほどの代償を支払う事になるか……わからせてやってもいいのだぞ」
影は答えない。ワムウは笑みを止め、無表情のままナイフを一本取り出し……振り向きもせず背後へ投げつけた。
ドガッ！！
「ひあッ！？」
ワムウの背後の木に突き刺さったナイフの真下から……冷や汗をかいて姿を現す青年、ブルックがいた。
「フ……惜しい。もう５センチ下だったか。リトル・ヤーのようにはいかないものだ」
「心臓に悪い冗談はやめて下さいよぉ〜ワムウさん……」ブルックはひきつり笑いを浮かべたまま硬直している。
「きさまこそ……こんな茶番を演じて、どういうつもりだ？ 事と返答によっては……」
「すべては事実です。『逆位置の悪魔』は……あなたとカーズさんを引き合わせようとなさっているのですよ」
ブルックの口から漏れたカーズという名前を聞き、ワムウはわずかに反応した。
「バカな……カーズ様は、60年以上も前に……『波紋使い』と戦い、そして死んだと聞いているぞ……」
「死んだのではありません。宇宙に『放逐』されたのです。そしてつい最近……『赤石』の力によって、再びこの地球に復活されたのですよ」
ブルックの目は笑っていない。その言葉には、ワムウに真実であると確信させるだけの力強い響きがあった。
（この男……ヘラヘラしてはいるが、カーズ様の名も、本当の『理由』も知っている……
何者かは知らんが、このワムウにも判る……こいつは『スタンド使い』だ……）
「ただ……ですねえ。少々厄介な事態に陥ってまして……ワムウさん。あなたの力をお借りしたいのですよ」
「……………………」
「僕らのような『人間』と取引するなど、あなたのプライドが許さないかもしれませんが……
我が主『逆位置の悪魔』は、あなたが我々に協力するというのなら……言葉どおり、あなたとカーズさんを会わせて差し上げると、提案しているのです。いかがです？」
ワムウは憮然となって押し黙った。ブルックはさらに続ける。
「ワムウさん……あなた、今の生活に満足ですか？」
「…………なんだと？」
「あなたは『柱の男』の中でも、最も闘いを重んじ、そして誇りにしている……闘いこそが生き甲斐であったと聞いています。
そんなあなたが、今は下等な人間たちと仲良くサーカス巡業だなんて……滑稽きわまりない。はっきり言って、お笑い種ですよ」
ワムウの全身がこわばった。こめかみにピクピクと血管が浮き上がっている。
「貴様……このワムウのみならず、彼らまでも侮辱するというのか？」
「いいえ。そんなつもりは……ただ、あなた自身に『闘い』を求める心がまだ残っているのかどうか、疑問だったもので。
条件さえ呑めば、『逆位置の悪魔』は必ずやあなたに……満足のいく戦いの場を提供する事でしょう」
「…………貴様のいう『逆位置の悪魔』とやら……信ずるに足るだけの保証はあるのか？」
鋭い視線で射抜かれ、「逆位置の法皇」の男は慌てて肩をすくめた。
「保証といわれても困りますが……まあ、もしその気になったのなら……メキシコにおいで下さい。
カーズさんのみならず……『賢者』も、あなたをお待ちかねですよ……」
不意に、ブルックの気配が闇の中へと溶け込むように消え失せた。
振り返れば、先ほどの暗い影も姿を消している。
森に静寂が戻り……冷たい風がより一層激しく、ワムウの側を通り抜けた。
（……………………『賢者』……………………）
朝日が昇った。
サーカス団のメンバーは、自分たちの団長が、別れも告げずに旅立った事実を未だ、知らない。
……ひとりの少女を除いては。
４．オリジン
メキシコ合衆国の首都メキシコシティは、チャプルテペック公園前にあるニッコー・メヒコ・ホテル。
ここは観光ガイドブックなどでも有名なホテルであり、日本人の利用客も多い。
がっしりした体格の黒人の中年が、イライラした様子でエレベーターから一階のフロントへ飛び出した。
彼の名はモハメド・アヴドゥル。かのジョセフ・ジョースターの親友にして、炎を自在に操る強力なスタンド「魔術師の赤」（マジシャンズ・レッド）の使い手である。
「……いくらなんでも、遅い。一体何をやって……？」
アヴドゥルの苛立ちの元凶は……彼の目と鼻の先で、楽しそうに話していたりした。
「こっちには仕事で来ていらっしゃるんですかー？ まだお若い風なのに、スゴイですねー！」
「なぁ〜に、大した事ァねーッスよ。正直、まだ時間があるから……君みたいなカワイー女の子とお喋りするくらいは全然オッケーだし。
さすがッスねーこのホテル。メキシコくんだりまで来たってのに、同じ日本人に逢えるってのは」
改造学ランのような黒いジャケットに、20世紀に置き去りにされたかのような、特徴的なリーゼント・ヘア。
まさしく、アヴドゥルの待ち人は彼であった。約束の時間はすでに30分は過ぎている。それなのにこの男は……
「仗助くんッ！」
アヴドゥルの怒鳴り声に、仗助は露骨にビクつき……恐る恐る振り返った。
「や、や〜〜どーもッス。アヴドゥルさん……」
呆けたような表情から、申し訳程度の挨拶をする。アヴドゥルは呆れ返った。
（やれやれ……承太郎の推薦があったから、呼び寄せてみれば……意外といい加減そうな男だな……）
仗助は先ほどまで話していた日本人の少女に向き直った。
「ゴメン、ユカリちゃん……予定より早くビジネス・タイムってヤツがやってきたみたいで……」
「予定の時間はとっくに過ぎているぞ」アヴドゥルは目を細めて訂正した。
少女を追い払い、名残惜しそうにしている仗助を、アヴドゥルは引っ張るようにしてエレベーターへ乗せた。
「さて、早速だが……本題に入る前に、いくつか質問したい」
個室に入るや否や、アヴドゥルは切り出した。
「いいッスよ」仗助は頷いた。
「まず、仗助くん……きみは『柱の一族』の話は聞いた事があるか？」
「えっと確か、オレのオヤジ（ジョセフ・ジョースター）が60年以上も前に戦った事があるっつー……
要するに化け物どもの事ッスよね？」
「その通りだ……ジョースターさんの話では、彼らはＤＩＯのような吸血鬼よりも遥かに強靭な肉体を持ち……それぞれが『流法』（モード）と呼ばれる恐るべき必殺技を身につけていた。
ここメキシコは……『柱の一族』の発祥の地であると言われている。
かつてＳＰＷ財団は、この国にあった遺跡の壁画から、彼らの存在を知った。
カーズ、エシディシ、サンタナ……そして、60年前には現れなかった『最強の闘神』と呼ばれていたワムウ……」
「でもそいつらは……オヤジの活躍でやっつけられたんじゃ？」
「正確には違う……」アヴドゥルはかぶりを振った。
「このメキシコでジョースターさんが戦ったサンタナは、未だにＳＰＷ財団の研究所で、石になったまま生き長らえており、滅ぼす方法は未だに研究中だ。
エシディシは60年前、ヴェネツィアでジョースターさんとシーザーさんによって消滅させられ……
そしてリーダーであったカーズ……ヤツは『エイジャの赤石』によって宇宙に放逐された。しかし……」
「しかし……？」仗助は思わず唾をゴクリと飲み込んだ。
「およそ半年前の事だが……私はそのカーズと出会った。南極でな」
「！」
「しかもヤツは、同じく南極で発見された『槍』によって、奇怪な変貌を遂げ……いずこへともなく去っていった。
『槍』は財団で回収したが……カーズの行方は、依然分かっていない」
「そ、そーっスか……ンで、ここにオレが呼ばれたのと、何か関係があるんスか？」
「例の壁画だが……さらにその『先』がある事が、つい最近になって判明したのだ」
そう言ってアヴドゥルは、２枚の写真を仗助に手渡した。
一枚目の写真には、壁画に描かれた４つの顔……角が生えており、人ならざる者である事が伺える。
その遥か上に、太陽のような輝きと共に描かれた、巨大な老人の顔があった。
「発見された当初は、それが何者なのか……まるで判らなかった。
メキシコの古代アステカ神話の専門家の話によれば、その顔は『第三の太陽神』トナティウのものであるという……」
５．太陽神の伝説
Ｔｏｎａｔｉｕｈ 第三の太陽
熱さ、渇きを司りいけにえとして心臓と血液が捧げられる。
戦士に力を与える神であり、それは天上の太陽が夜毎戦い、朝になると生まれ変わり姿を現す事からそう考えられた。
人間たちは、この太陽へ供犠を与えつづける限り太陽は勝利しつづけるとされ、
その結果犠牲の為の大量虐殺が行われつづけていた。
６．キリング・パーティ
ロックされていたはずのドアが、あっけなく開き……そこには、先ほど仗助と談笑していた日本人女性の姿があった。
「な……なぁんだ。ユカリちゃんじゃあないッスか」
仗助は胸を撫で下ろしかけた。ところが……
「さっきはどうも……東方仗助さんに、モハメド・アヴドゥルさん」
ユカリの言葉に、仗助の顔色が変わった。
「どうした、仗助……」
「ユカリちゃん……あんた何で……アヴドゥルさんのファースト・ネームを知ってるんだ？
オレは今まで、一度も呼んだ事はねーハズだぜ……」
打って変わって、鋭い視線となった仗助を前にしても、少女は薄く微笑むのみだった。
「改めて……自己紹介させていただきますわ。
わたしの名は『泉紫（イズミ・ユカリ）』……叛逆の徒のひとり。暗示するカードは『逆位置の節制』……」
「なッ…………！」少女の言葉に、アヴドゥルも身構えた。
「この度は、お迎えに上がりましたわ。我ら叛逆の徒、快く歓迎いたします……フフフフ」
にっこりと微笑む「逆節制」の少女。
「真っ向から名乗りを上げてくるなんてよォー……大した度胸ッスねェ〜〜〜〜……」
すごむ仗助。内心は予想外の来訪による動揺を悟られまいと必死だった。
このユカリとかいう女のスタンド……「逆節制」の能力……まるで見当がつかない。
目に入るものと言えば、彼女の首にぶら下がっている大粒の紫水晶（アメジスト）のペンダントくらいだ。
「コレは……お前たちの宣戦布告なのか？」アヴドゥルが静かに問う。
「いいえ……ただの『陽動』ですわ」嘲るように答えるユカリ。
「ど、どーいう事ッスかアヴドゥルさん、お前『たち』の宣戦布告って……」
「仗助……窓の外を見てみろ」
アヴドゥルは緊張した面持ちを崩さず、彼女から目を離そうとしない。
仗助はチラリと窓を見やり……そしてギョッとした。
「ンなッ…………！？」
仗助を戦慄させたもの。それは無数の「眼」だった。
殺意に満ちた「視線」の群れが、仗助とアヴドゥルのいる部屋めがけて注ぎ込まれている。
「こ、こいつらは……ッ！」
その「兇眼」からは、それ以外の何物も読み取れない。およそ、人間のものとは思えなかった。
それも道理。彼らは……殺戮のためだけに存在する、無慈悲なる「天空の狩人」なのだから！
「名前は『ペット・ショップ』……『ニルヴァーナ』によって生み出された殺人部隊（キリング・パーティ）」
「康一が言っていた……アキバで大量発生したッつー鳥野郎かよッ！」
ペット・ショップ。「ホルス神」のカードの暗示を持つ「エジプト９栄神」のスタンド使い。
かつてはＤＩＯの館の「番鳥」として、侵入者に目を光らせていた冷酷な処刑者（エクスキューショナー）。
死んだと思われていたこの殺戮機械は……21世紀初頭、日本にて現実世界への復活を遂げた。
驚いた事に、それを可能としたのは、たった一台のゲーム筐体……正確には、筐体に組み込まれていたデータ・チップであった。
秋葉原での怪異は、幕を下ろしたはずだった。しかし、現実に目の前にいるのは……！
「気づくのが……遅すぎたようですわね」
ユカリは笑みを大きくした。
彼らは猛禽類特有の鋭い眼光で、仗助たちを射すくめていた。
「このホテルごとやるつもりか……我々たった二人を殺すためだけに？」
アヴドゥルの詰問に、ユカリは困ったようにかぶりを振った。
「わたしたちを無差別テロリストと同一視するのは勝手ですけれど……こう見えても色々気を遣っているんですよ。
今の時間帯が一番、ホテル客が出払っていて人も少ない……ビルに飛行機を突っ込ませるよりは、犠牲者は遥かに少なく済むハズですわ」
「つまんねー屁理屈こねてんじゃあねーッスよォー」
声を荒げる仗助。ユカリの鬼畜な言動に、「女だから許そう」といった類のフェミニズムな考えは消し飛んでしまっていた。
「ユカリちゃんよォー……今すぐ鳥野郎どもを追っ払ってくれねーか？ そーすりゃあ……」
「『そーすりゃあ』？」小馬鹿にしきった声でユカリは目を細めた。
「『ブチのめすだけで許してやる』とでも？ ウフフフフ…………
貴方のよーな『下品な髪型』の方に、そんな大それたマネできるのかしら？」
プッツーン！
仗助の怒りが、先刻と全く質の異なるものに変化した事に、アヴドゥルはいち早く気づいた。我を失っている。完全にこの女のペースだ。これはまずい……！
「冷静になれ仗助ッ！ 女の挑発なんかに乗るんじゃあないッ！」
「てめー……今なんつったッ！ おいッ！！」
「！？」
言葉が届いていない。
仗助の怒声は、アヴドゥルなど眼中にないかのようであった。
「仗助…………！？」
「無駄ですわ……彼は自慢のリーゼントをけなされると、見境なく『キレる』……
お仲間の性格くらい、キチッと把握しておくべきでしたわね。ミスター・アヴドゥル？」
７．虚ろな瞳の門
アヴドゥルは咄嗟に、己のスタンドを発現させた。
「『魔術師の赤』（マジシャンズ・レッド）ッ！！」
燃え盛る赤い怪人のビジョン！ 周囲が瞬く間に熱気に包まれる！
「もう遅い」ユカリの表情から、初めて笑みが消えた。「貴方に『東方仗助』は救えない」
いっぽう仗助も、怒りに任せてスタンド「クレイジー・ダイヤモンド」を繰り出した。
ドラァッ！
雄叫びを上げ、筋骨隆々の戦士の像が「逆節制」の少女に右フックを打ち込んだ。
常識で考えれば即死！ 彼女にこの一撃を避けるすべはない……はずだったが。
ドガン！！
板金をへし折るような、耳障りな音が響き渡った。
しかし……ユカリの身体に、クレイジー・ダイヤモンドの拳は全く届いていない。
彼女の持つアメジストのペンダントが、「ひとりでに」動いて、仗助のスタンドのパンチを食い止めたのだ！
「なんだァこりゃあよォーッ！！」
奇怪な光景に驚愕する仗助。
パワーだけなら「スタープラチナ」にも匹敵する自分のスタンドの攻撃が、直径５センチにも満たないちっぽけなペンダントに触れただけで、完全に無力化されてしまったのだ。しかも……全身が硬直してしまい、まるで言う事を聞かない。
「わたしのスタンド『逆位置の節制』の暗示は『制御不能』……」淡々と言葉を紡ぐ少女。
「本体であるわたしにも、このスタンドを『戦い』で制御する事はできない。しかし……『自動的』に、わたしを防御してくれる。
どんなスタンドでも、わたしの『逆節制』のガードを突き崩す事は不可能ッ！」
仗助の身に起こった変異は、それだけに止まらなかった。
ビシッ！ ピシッ！ ピキィィィィンッ！！
「なッ……オレのクレイジー・ダイヤモンドがッ……！」
ペンダントに触れた箇所から、仗助のスタンドが凄まじいスピードで輝く紫に変色していく。
いや……アメジストと一体化しているのだ！
と同時に、本体の仗助にまで、肉体の変色が始まった。
「うおおおおおおおッ！？」
「貴方は今……『虚ろな瞳の門』をくぐる『資格』を得ましたわ。
『東方仗助』の通過を許可しますッ！！」
「逆節制」の少女が叫ぶと同時に、水晶化した部位が次々と消え失せていく！
あたかも、見えない壁の中に引きずり込まれていくかのようであった。
「仗助ッ！！」
アヴドゥルは思った。手を伸ばしてどうなる？
仗助はもう助からないのかもしれない。自分も引きずり込まれるかもしれない。
一人で済んだはずの犠牲が、二人になるだけなのかもしれない。全くの徒労に終わる行為なのかもしれないのだ。
だがそれでも……考えるより早く、アヴドゥルの身体は動いていた。
しかし、一瞬及ばなかった。仗助の肉体は完全に形を失い、アヴドゥルの腕は虚しく空を掴むのみ。
「あなたは『必要』ありませんわ」
ユカリは無表情のまま、パチンと指を鳴らす。
ドドドドドドドドドドドドバァーッ！！
刹那、圧倒的な数の「つらら」が、窓を突き破って飛び込んできた。
ペット・ショップの大群が生み出した……まさに氷の濁流ッ！
「マジシャンズ・レッド……『赤い剣山』（レッド・二ードル）ッ！」
ギシャアアアア……バグォォオン！！
アヴドゥルのスタンドがいななくや否や、床からいくつもの紅蓮の火柱が立ち昇った。
氷のミサイルは熱気に煽られ、到達する事なく一斉に蒸発していく！ すさまじい高熱！
もうもうと湧き上がった水蒸気が、部屋の中に充満した。
「くッ…………！」
視界の悪さに加え、異常に高まった室温に、ユカリは顔をしかめた。
慌ててその場を離れようとし……
ゴッ！！
ユカリのすぐ側を、アンクの形をした「炎」が横切り、壁を溶かし穴を空けた。
「フン……悪あがきをッ」彼女の頬を伝う汗は、必ずしも熱気によるものではなかった。
煙が晴れると……そこにアヴドゥルの姿はなかった。
８．レッド・エイジアの謎 その１
スピードワゴン財団・ダラス本部。
すでに深夜ではあったが、ビルには照明の点いた部屋がちらほらと見て取れる。
それぞれが、研究のため、医療のため、あるいはシステム管理のため……24時間体制で日夜スタッフがフル稼働している。今の財団の根底を支えているのは、彼らの惜しみない努力の賜物なのだ。
そんな中、33階のスペシャルＶＩＰルームの一室にも、煌々と明かりが灯った。
そこでは二人の男女が、人目をはばかるように、会合の席を設けていた。
女性は年の頃は17、18。イタリアン・ブランドを隙なく身に纏った美少女だった。
トリッシュ・ウナ。イタリアでは知らぬ者とていないギャング組織「パッショーネ」の先代ボスの娘である。
「ようこそおいで下された……ミス・ウナ」
「……トリッシュでいいわ」
男は50代半ばの初老で、シックなグレースーツを着こなしている。あまり整った顔立ちとは言えないが、ファッション・センスは彼女の審美眼から見てもなかなかのものだった。色男と呼べなくもない。
「失礼した……私はロベルト。このＳＰＷ財団において理事を務めております」
「ロベルトさんね……この財団の創始者と同じお名前ね」
「これはまたお詳しい……皆によく言われますよ。もっとも私は、ドイツ系の生まれなのだがね」
ロベルト理事は、トリッシュの指摘がよっぽど嬉しかったのか、はにかみ笑いを浮かべた。
「さて、挨拶はこれくらいにして……トリッシュさん。
あなたは南極で復活した『カーズ』と呼ばれる生物を見た、数少ない『生き証人』だ。
あの事件の後、私どもＳＰＷ財団は、カーズに超常のパワーを与えたとされる『槍』と、カーズが『変異』を遂げた時、彼の肉体から剥離した『皮膚組織』を回収した……」
「その２つを調査して……何か判った事があるの？」
思わず尋ねるトリッシュ。ロベルトは頷いた。
「『槍』に関しては、まだ研究中だが……『矢』よりも遥かに、構成要素としての『隕鉄』の含有量が高い。『神の子』を貫いた槍という話も、あながち的外れとは言えぬかもしれん。
しかし、もうひとつのカーズの『組織』から、不思議な事実が発覚した。
解析した結果……『レッド・エイジア』と同等の物質構成をしているとの答えが出た……
この事が何を意味しているのか？ 残念ながら、それが判明するには今後の報告を待たねばならない」
レッド・エイジア。光のパワーを増幅させる、自然が生み出した奇跡の結晶。
かつてカーズたち「柱の一族」が、太陽を克服すべく欲した、曰くつきの宝石である。
「ところで、南極で起こった事件の報告を聞いた時……私はふと疑問を抱いた。
レッド・エイジア……いわゆる『スーパーエイジャ』と呼ばれしモノは、そもそも唯一無二の代物ではなかったか？」
「ええ、少なくとも……あたしはそう聞いてはいたわ。アヴドゥルさんから」ためらいがちに答えるトリッシュ。
「……では、エイジャの赤石が１つであると仮定しよう。
我々ＳＰＷ財団の『公式記録』によれば、赤石はカーズとの死闘の後、ジョセフ・ジョースター氏の不動産会社が厳重に保管していた……という事になっている。
ところが数年前……ブラジルの闇市場にて、赤石にきわめてよく似たルビーが取引されていた、という情報が飛び込んできた。
調査させたところ、ジョースター氏の会社が所持していた赤石はレプリカ。『真っ赤』なニセモノだった、というわけだ」
ロベルトとしてはジョークのつもりだったらしい。わざとらしく笑みを浮かべたが、話に聞き入っているトリッシュは、それに気づいた素振りもなかった。
「その赤石の行方は未だに杳として知れない……ヨーロッパに流れたという噂もあるが……
そうなると矛盾が生じてくる。トリッシュさん、あなたは赤石の『破片』を南極で見た……とおっしゃっていなかったかな？」
「ええ、でも……チラッと見えたような気がしただけ……あたしの見間違いだったのかもしれないわ」
「しかし、同じ目撃証言をアヴドゥルさんもしている。偶然とは考えにくい……もっとも、赤石じたいは海中に沈んでしまい、確たる証拠はないがね」
「…………」沈黙するトリッシュ。
「10年以上も前の話になるが、ここでも赤石の『破片』の目撃証言がある。
『アクア』という多国籍企業が建造した『タイタニック２世』号の動力源にも、その破片が使われていたと言われている。
これもまた、当時の潜入工作員の証言のみで、真相は闇の中、なのだがね……」
「つまり、ロベルト理事。あなたは……こう言いたいのかしら。『赤石』は２つあった……と」
「その通り」ロベルトはニヤリと笑った。
９．レッド・エイジアの謎 その２
「誰かが言った……『どんなに信じられないものであっても、最後に残ったものが真実だ』と」
ロベルトは声をより一層潜めた。
「ここから先は、あくまでも私の推測の域を出ない。あらかじめ断っておく」
トリッシュはこの初老の理事から、言葉に表せない「違和感」を覚えていた。
己の推論を述べ立てている割には、彼からは後ろめたさというものが全く感じられない。自分の言葉によほどの自信があるか……あるいは、『事実として見聞きした』かのように。
「ジョースター氏とカーズの死闘の後、『赤石』は２つに割れた。
ひとつはカーズと共に宇宙へ。もうひとつは……地上のどこかへ落下し、最終的に『アクア』の手に渡った。
つまり、ジョースター氏は生還した時点で、赤石を所持してはいなかったのだ」
「じゃあ、あなたの言うもうひとつの赤石というのは……どこから出てきたのかしら」
「もっともな疑問だ。
まず、ＳＰＷ財団及びヴェネツィアの波紋修行者たちは、もうひとつの赤石……言うなれば『アナザー・エイジャ』を、どうしても入手せねばならない事情があった。
『柱の男』のうち、ワムウのみが復活を遂げず、眠ったままだったのだ。奴の覚醒に備え、新たなエイジャを見つけ出す必要があったのだよ。
しかし意外にも……幸運にも、というべきか……『アナザー・エイジャ』はすぐ近くにあった。
当時、財団には『協力者』がいた……『ナチス・ドイツ』……彼らがすでに、赤石と縁のある品を発見していたのだ」
「縁のある品……？」
「あなたもよく知っているハズだ……この『槍』だよ」
ロベルト理事はそう言って、大きなアタッシュケースをテーブルに置き、ロックを外した。
「…………！」
トリッシュは息を呑んだ。南極で回収された「槍」。新約聖書において、使い手の名を冠し「ロンギヌスの槍」と呼ばれしもの。
槍の先端が……ぼうっと怪しげな輝きを発しているかのように見えた。
意識が遠のきかける。形容しがたい奇妙な衝動が、彼女の全身を突き上げてくる……
「手を触れてはいけないトリッシュ！」
ロベルトの鋭い警告に、トリッシュはようやく我に返った。
完全に魅入られたかのように……槍の穂先に手を伸ばそうとしていた自分に気づく。
「ごめんなさい……疲れているみたいね」
「この槍が、いかなるパワーを秘めているのかは想像もつかないが……南極で起こった怪異からも、非常に危険であるという事は容易に推測できる。よほどの精神力の持ち主でもなければ……急激すぎる『進化』に耐え切れず、命を落とす事になるだろう」
詫びるトリッシュに、ロベルトは安堵の表情を浮かべると、咳払いをした。
「しかしながら、問題はその点ではない。この槍……実はちょっとした『仕掛け』があってね」
複雑なデザインの装飾を施された柄。ロベルトが手を触れると、巧妙にカモフラージュされたカバーが外れ……中には小さなケースがあった。ちょうど、大粒の宝石を嵌め込めるだけのスペースが空いている。
「これは、もしかして……」
「そう……この槍は、もともと『赤石』を収納できるように造られていたのだ。
カーズの造った『石仮面』と同様……赤石によって『真のパワー』を引き出せるようになっていたのだろう。
おそらくジョースター氏は、終戦のドサクサに紛れて、ナチスから赤石のみを、何らかの方法で入手したのだろうな」
「ところで……まだ伺っていなかったわね。あたしをここに呼んだ理由を」
トリッシュの問いに、ロベルトは「失礼した」と素直に詫び、言葉を続けた。
「あなたは……いや、あなたの血族は、理論的に証明できないが『矢』の物質に惹かれ合う『素質』が強いようだ。
今はいいかもしれない。しかし……あなたの『敵』は、いずれまたこの槍を奪おうとするだろう。
ひょっとすると……行方知れずのはずの『アナザー・エイジャ』も、すでに手に入れてしまっているのかもしれない……」
勿体ぶった言い回しの理事。トリッシュは席を立って、クスリと微笑んだ。
「ロベルトさん……貴方って、意外と大胆な性格の持ち主なのね。
『パッショーネ』の重要人物でもあるあたしを秘密裏に呼びつけておいて、門外不出のはずの『槍』を運ばせようとしている……」
「！」これから依頼しようとしていた事を先に言われ、ロベルトは驚いた。
「見くびらないでちょうだい。あたしだってあの『パッショーネ』の先代ボスの娘よ……
アヴドゥルさんがメキシコへ向かった事くらい知っているわ。
そして……メキシコが、カーズとかいう『柱の一族』の発祥の地でもある、という事もね」
ロベルトは「恐れ入った」と言いたげに、笑みを浮かべてみせた。
「なるほど……やはり、貴女以上の『適任』はいない……私の目に狂いはなかった。
改めてお頼みしたい……この『槍』を、アヴドゥルさん達の下へ届けてやって欲しい。
財団やアヴドゥルさんのためだけではない。これは……あなた自身の『運命』にも決着をつける事になるかもしれないのだ」
十数分後……アタッシュケースを持ったトリッシュは、ＳＰＷ財団本社ビルを後にした。
アヴドゥルの頼みとはいえ、正式な手続きも踏まずに「槍」を外部に持ち出そうというのだ。
事が明るみに出れば、ロベルトとてただでは済まないだろう。最悪、今の地位を追われてしまいかねない。
その「覚悟」が気に入った。そして、アヴドゥルには恩がある。
トリッシュはそうロベルトに告げ……依頼を承諾したのだった。
しかし、トリッシュを突き動かした理由は、それだけではなかった。
自分は何者なのか。自分や父には、なぜ「矢」や「槍」を見つけ出す能力が備わっているのか。
鍵はこの「槍」にある気がする。そして、これから赴くメキシコの地にこそ……その答えが隠されているような気がしてならない。
自分のルーツを知りたい……彼女の最大の動機は「好奇心」であった。
10．消えたカヤラ
「ねー、団長見なかったぁ？」
マジカル・アシスタントのマリー・タリオーニが、起き抜けの眠そうな声で、控え室にいる団員たちに尋ねた。
「そういえば……妙ねぇ」火吹きパフォーマンスのアマンダも首をかしげる。「夜中、風に当たりに一人でほっつき歩くのはいつもの事だけど……朝には必ず戻ってくるのに。ワムウ団長ってば」
「困りましたねえ……今日の公演、団長抜きでやるんですか？」
ジャグリングのベジャールが、心底弱ったように言った。
「……ねえ、バビレ。あなたは団長を見た？」
元天才京劇役者のリトル・ヤーが、短刀投げの練習中のバビレに声をかけた。
「…………見てはいない」
バビレは短く即答。直後、投げつけた短刀４本は、すべてダーツの的の中央に命中した。
あくまでもマイペースを崩さないバビレの態度に、リトル・ヤーは嘆息した。
「た、大変だよみんな！」ドタバタと慌てて駆け込んできたのは、サーカス団随一の世話焼き、小熊回しのタチアナおばさんだった。
「今度はどうしたのぉ？」マリー・タリオーニが問う。
「カヤラが……カヤラがいなくなっちまったッ！」
カヤラは、サーカス団のメンバー中、最年少（８歳）の女の子だ。
タチアナおばさんの言葉に、その場にいた５人はやおら色めきたった。
「そんな……ワムウ団長に続いてカヤラちゃんまで……」ショックを隠せない様子でうめくアマンダ。
「でも、あたし……夜中にカヤラがテントに帰ってきたところを見たわ」とリトル・ヤー。「あの子、何かに怯えてた。恐ろしいものを見てしまったかのように……その時は寝かしつけたけど……もしかして」
「……団長の行方不明の理由を知っているのかもしれないね」ベジャールは沈痛な面持ちで答えた。
「そのために出て行ったってのかい？ まったく、世話の焼ける子だよ！」
悪態をつくタチアナおばさん。だが、その顔色はカヤラの身を案ずるあまり蒼白になっていた。
「カヤラの足なら、まだそう遠くには行ってない……まだ間に合う」バビレが静かに口を開いた。
「あたし……連れ戻してくる！」
リトル・ヤーは、矢も盾も止まらずにテントを飛び出していった。
11．リトル・ヤーの追っかけ
リトル・ヤーが、サーカス団のテントから駆け出していくのを、一人の男が物陰からこっそりと覗いていた。
彼女の走り抜ける姿をひとしきり確認した後、おもむろに携帯電話を取り出し、いずこかへ連絡を取る。
「えーと、あー……こちら花京。リトル・ヤーさんがたった今出て行った。応答せよ、マガーク、メーボ……」
彼は、連日サーカス団の公演に入り浸っている重度のファンのひとりだった。
携帯の通話を切ると、大きく溜息をひとつ。
「は〜〜〜〜あ……なんでこんな馬鹿馬鹿しい事に協力しなきゃいけないんだか」
一方、昨日ワムウと「逆位置の悪魔」が出会った森の中で……女の子が木陰にもたれかかって泣いていた。カヤラである。
「……うっぐ……えっく……ひぐ……」
すすり泣き、涙と鼻水でグッショリ濡れた顔を拭おうともしない。
昨日の夜、彼女が見た光景は……とても恐ろしかった。
奇妙なローブ姿の男も不気味だったが……それ以上に……
……と、そんなカヤラの様子を、やはり物陰からじっくりと観察している２つの人影があった。
彼らもまた、花京と同じくサーカスの大ファンである。名前をマガーク、メーボといった。
「間違いない。『カバの散歩』のカヤラちゃんだ……」マガークは血走った目をショボショボさせながら呟いた。
「なあ、マガーク……やっぱやめといた方がいいんじゃないか？」隣で隠れているメーボが言う。
「何を言うか！ これぞまさしく、神が我に与えた給うた千載一隅の大チャンスッ！
この間の『愛の花園』作戦は、今一歩のところで惜しくもしくじったが……今度こそ、憧れのスーパースター、リトル・ヤーとの距離を一挙に縮め、思いっきり仲良くなってやるのだぁ！」
「……………………」
マガークの作戦はこうだ。勝手に出歩いてしまったカヤラを自分たちの手で連れ戻し、リトル・ヤーの下へと届ける。
他の団員ではダメだ。あくまでリトル・ヤーでなければならない。
団員であるカヤラの恩人として、自分の印象を「単なる一ファン」から脱却させ、彼女に自分の存在をアピールする！
そのために、朝の３時頃から並んでいた泊まり込み順番取りをキャンセルし、カヤラの後をずっと尾行していたのである（ちなみに花京は、リトル・ヤーの動向を監視すべく、テントの見張り役として起用された）
（マガークの頼みとはいえ……これじゃあまるっきりストーカーだよ）
メーボは自分たちのせこい行動に我ながら呆れていた。マガークに言わせれば「リトル・ヤーに感謝してもらうためだ。何も気に病む事なんかない」そうだが……下心見え見えのこの作戦、マガークの思惑通りに事が運ぶ可能性はきわめて低い。
「リトル・ヤーがこっちに向かっているとの連絡が花京から入った……作戦決行ッ！」
一人、気合を入れまくりでマガークが物陰から飛び出そうとした。ところが……
カヤラが泣き顔を上げた。マガークに気づいたからではない。
いつの間に現れたのか……灰色のコートに身を包んだ人物が、彼女の目の前に立っていた。
カヤラは、その人物の顔から目が離せなかった。ぞっとするほど白く、整った顔立ちをしていた。
まさしく「麗人」と呼ぶに相応しい……しかしその表情は、人間としての感情が欠落しているかと思えるほど、全く変化がない。
（なんだあいつ……『いつから』ここにいたんだ……？）
メーボだけでなく、その場にいた全員が……誤魔化しようのない不安と違和感に蝕まれようとしていた。
12．ドッペル・イクス
その人物の姿を見た途端、カヤラの涙は止まった。
しかし、彼女の悲しみが癒えたわけではなかった。
（なに……この人……こわい……）
怖気が走り、ガタガタと震える。悲嘆が恐怖にすりかわっただけであった。
無言で近づいてくる灰色コートの麗人。
それに耐えかねたのか、マガークが間に割り込んで怒鳴った。
「おいッなんだアンタは……一体どこのどいつだ？
カヤラちゃんが怯えてるだろォーがッ！」
「マ、マガーク……なんかヤバイ気がするぞ。そいつとは関わり合いにならない方がいいッ！」
口ではそう言いつつも、メーボも慌てて友人の後を追った。
……と、灰色の麗人が、初めて口を利いた。
「カヤラ。女性。８歳。『ダービーズ・サーカス』所属。サーカス団の動物の世話を担当している……」
その人物から漏れた言葉は、カヤラの簡単なプロフィール。淡々と後を続ける。
「……きみは昨日、見てはならないものを見た……よって、今からきみの『存在』を消去しなければならない……」
「ンなッ……何スッとぼけた事抜かしてやがるんだこのサイコ野郎！」
マガークが吠える。麗人は彼など全く眼中にないかのように……カヤラとの距離を縮めようとする。
カヤラは動けない。その場にへたり込んで、思わず漏れた黄色い液体が周囲の草を濡らした。
麗人とマガークの肩が触れた。
「……邪魔だ」
バヅン！！
何かが千切れたような音が響いた。
メーボは何が起こったのか理解できなかった。驚愕と呼ぶしかない奇怪な現象だった。
「マ……マ……マガァァァァクッ！？ お、お、お、お前ッ……か、肩がッ！ 肩から先がァァァァッ！？」
マガークの身体に異常が生じていた。彼の右肩から先が……腕が完全に消失している！
しかし、マガーク自身は……呆けたようにキョトンとしていた。
「……な、何を驚いているんだよォメーボ……おれの『右腕』の話をしているのか……？
そんなもの、あるワケがないだろう。小さい頃、おれの右腕はトラックに轢かれて潰れちまったからなァァァ」
「バ……な、マガーク……い、一体何を言ってるんだ？ 今、お前の目の前で消し飛んだんだぞッ！」
困惑するメーボ。耐え難い恐怖が彼の全神経を駆け巡っていた。
（どういう事だ？ マガークには……肩から先の……ええと、何だったか思い出せない……とにかく「記憶」が消し飛んでいるッ！
はッ……まさか、まさかッ……こいつの『存在を消去』っていうのは……！）
……バァ……ク……チク……ヴァアァァ……
奇怪なうめき声が、メーボの耳の側から聞こえた。
「な……なんだッ……なんなんだよォォォォォォ！？」
…………チクヴァアアア……クバァァァァッ！！
「ヒイイイイイィいや」バヅン！！
メーボの悲鳴は途中でかき消された。先刻と同様、千切れるような音。と同時に、メーボの意識も途絶えた。
「ウックックック……ひ、人の事言えた義理かよメーボッ！ おれもそりゃー腕がねェけどよォォォ……
てめーだって！ 『鼻から上』がねーじゃあねーかッ！ まさしく目が節穴！ 脳ミソカラッポだっつーの！
ウキャキャキャヒゥゲヒヒヒシャケケケケケ……！！」
頭部を失って倒れ行く友人を見て、狂ったように笑い続けるマガーク。見る間に、彼の肉体は次々と寸断され、そしてその「記憶」すらも、霞がかかったように消え失せていった……
「あ……あ……ああ……」
呆然と、成り行きを見守るだけしかできないカヤラ。いや、それは正確な表現ではない。
目に映った光景すらも信じられず、何を見ても頭に入って来ない。意識の混乱だけが、彼女の思考の中を渦巻いているのだ。
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こいつの名は『ＸＸ』（ドッペル・イクス） 叛逆の徒のひとり スタンド名： 逆位置の審判 能力： 物質の「存在」を消滅させる カードの暗示： 完全な喪失 |
13．救いの手×２
カヤラは狂気に囚われかけていた。
たった今、身体をバラバラに引き裂かれ、消えていった……誰だったか？ いや、そもそも……
自分は何に大して怯えていたのだったか？
カヤラの思考からは、急速にマガークたちの記憶が消失していた。
しかし、恐怖そのものが除去されたわけではない。
むしろ「得体の知れない不安」が膨れ上がり、少女の脆弱な心をより一層締め上げていく。
「怖がらなくていい」麗人……ドッペル・イクスが、優しく諭すように声をかけてきた。
「我が能力に『苦痛』はない。私に消去された後は、遠からず皆から忘れ去られるだろうが……
だからせめて、私だけでもきみの事を記憶に留めておくとしよう」
恐怖でひきつり、涙と鼻汁でドロドロに顔を汚した彼女に、ドッペル・イクスの言葉は届いていないようではあったが。
無表情の麗人は、さらにカヤラとの距離を縮めようとした。
ドカカカッ！！
「！」ドッペル・イクスの足のつま先わずか数ミリの地点に、突如３本の投げナイフが突き刺さった。
「そこまでよ……カヤラから離れなさいッ！」
鋭く精密なナイフ捌き。強い意思を伺わせる凛とした声。
カヤラは救いの主の正体を知り、ようやく我に返ったかのように、涙でグシャグシャになった顔を輝かせた。
「小亜（シャオヤー）おねえちゃんッ！」
リトル・ヤーであった。
今日の公演で着る予定のチャイナ服を模したステージ・コスチュームを身に纏い（おそらく着替える暇がなかったのだろう）、全速力で走ってきたためか、浅く肩で息をしている。
「君は確か……リトル・ヤーか」ドッペル・イクスは、相変わらず仮面のような無表情で、リトル・ヤーをまじまじと見つめた。
「本名、方小亜（ファン・シャオヤー）。年齢18歳。元京劇役者の天才少女。サーカス団でもトップクラスの人気スター。
日々の鍛錬にも熱心で、加えて美容のために牛乳で足を洗う事を習慣づけている……」
「な……何なの、あなた……興信所の所長さんか何か？」
灰色の麗人の放つ異様な雰囲気に、わずかにたじろぐリトル・ヤー。
「昨日の公演も見たよ……実に素敵だった」
「…………」
「だが非常に残念だ。君のように、多くの人間に愛されている者でさえも……今ここで忘れ去られる」
心なしか、麗人の声色には少なからず喜悦の響きが交じっているように感じられた。
ドッペル・イクスの「死刑宣告」。ドス黒い威圧感がより一層強まった。
「これ以上近づくなら……本気で投げるわよッ！」
新たなナイフを取り出し、気圧されぬようあらん限りの声で警告するリトル・ヤー。
無論、ドッペル・イクスは……全く無視して無造作に近づいてくる。
（本当に何者？……カヤラをここまで怯えさせて、私のナイフにも全く怖気づいた様子も見せない……
ワムウ団長やバビレにも、何か他人を寄せ付けない『気』のようなものを感じるけれど……
この人には、それとは全く違う……『何か』があるッ…………くッ、どうすれば…………）
「……噫呀（イーヤッ）！！」
リトル・ヤーは雄叫びを上げ……むしろ恐怖にかられるように……５本のナイフをドッペル・イクスに向かって投げつけた。
それぞれが違うタイミングで投擲され、急所は外してあるが、命中すれば確実に人体の動きを封じる箇所を狙っている。
常人ならば、絶対に見切れるスピードではない。そう、常人ならば……
バババババヅンッ！！
風に薙ぎ払われるように……空中を疾走していたナイフが残らず消えてしまった。
「……………………ッ！？」驚愕に目を見開くリトル・ヤー。
「あうぅ……やっぱり、さっきと同じ……」カヤラの眼光にも、深い恐怖の色が再び芽生えてしまう。
動くに動けない二人に、ドッペル・イクスの容赦ない追撃が迫る。
「…………ダス・エンデ（終わり）だ。お嬢さんがた」
ピシィ！
恐怖に目を閉じたリトル・ヤーたちに、何かが割れたような音が飛び込んできた。
ゆっくりと目を見開く二人。しかし、攻撃されたのは自分たちではなかった。
麗人の灰色のコートに、大きな「ヒビ」が、縦一文字に形作られている！
「なッ…………！？」
さしものドッペル・イクスも、この展開は予想外だったらしい。
呆けたように、己の身体にできた「傷痕」を眺めやる。
ヴァシュウウウッ！
「ヒビ」はドッペル・イクスの肉体にまで達し、鮮血が辺りに飛び散った。
「バカな……この私が。『叛逆の徒』の死刑執行人たるこのドッペル・イクスが……」
ガクガクと身体を震わせ、その場に膝をつく麗人。
「おいッ何をやってる！ 早くガキを連れてそいつから離れろッ！！」
突如、別の声がリトル・ヤーたちの耳に飛び込んできた。
彼女も一瞬だけ逡巡したようだったが……すぐに自分を取り戻すと、リトル・ヤーはカヤラを抱えて一目散に走り去った。
「けったくそ悪い……なんでこのオレ様が女なんかを助けなくちゃあいけねーんだか……」
リトル・ヤーたちがどうにか難を逃れていく様を見て、安堵しつつも悪態をつく者が、茂みの中にいた。
名をヨー・ヨーという。「元」叛逆の徒のひとり。「逆位置の女帝」のスタンド使いである。
14．The Watcher & The Visitor
リトル・ヤーたちの苦闘ぶりを、ブルックは崖の上から他人事のように眺めていた。
「おやおや……『逆位置の審判』さんともあろう方が……案外不甲斐ないモンですねえ……」
さも可笑しげに独りごちる。しかし、「裏切り者」のヨー・ヨーが加勢したとはいえ、リトル・ヤーにはスタンド能力もなく、カヤラという足手まといを守りながらの戦いを強いられるだろう。状況は依然として好転してはいなかった。
とはいえ、「処刑」の首尾を報告するための退屈な作業と思われた今回の「監視」、思いのほかショーとしては楽しめそうだ。
そう考え、ブルックはほくそ笑んだ。が……
「そうやって、自分ひとりだけ高見の見物か……いい気なものだな」
「！？」
突如、背後から鋭い声を浴びせられ、ブルックの笑みは凍りついた。
咄嗟に飛び退り、振り返る。
シュパァッ！！
振り向きざま、空中でスタンド同士がぶつかり合う、大気を引き裂くような音が轟いた。
「貴様は確か……ブルックとかいったな？ 『逆位置の法皇』のスタンド使いだったか？」
声の主は花京院典明だった。己のスタンド「法皇の緑」を油断なく発現させ、ブルックの反撃に備える。
「……僕も随分と有名になったモンですねえ〜」
おどけて薄笑いを浮かべるブルックだったが、気づかれる事なく自分の背後を取った花京院の手際の良さに、内心ショックを受けている様子だった。
「この僕と戦うおつもりですか？ 花京院さん……同じ『法皇』のスタンド使いとして」
「貴様と同類になるつもりはない」花京院は淡々と答えた。「だが貴様には……色々と尋ねたい事があるんでね」
花京院のスタンドの「静」なる気迫を感じ、ブルックの額に脂汗が滲み出た。
15．三位一体
東方仗助がおぼろげに意識を取り戻した頃、すでに周囲は日没が近づいていた。
「……………………」
赤く染まった薄暗い空。寝惚け眼の仗助は、しばらくの間夕日の沈む様をポケ〜とした顔で眺めていた。
「…………って、そんなコトを呑気にやってる場合じゃあねえッ！
ここはどこだッ！ アヴドゥルさんは……それにあの鳥野郎どもとユカリちゃんはッ！？」
本来の目的を思い出し、仗助は周囲をキョロキョロと見渡した。
辺りは密林に取り囲まれ、目の前には……巨石を積み上げられた建造物が鎮座していた。
「こいつは……メキシコのピラミッドの遺跡ってトコっすかねぇ〜……」
なぜ、自分はこんな場所にいるのだろう。仗助は記憶の糸を辿るべく考え込んだ。
（オレは確か、アヴドゥルさんとホテルにいて……ンで、ユカリちゃんが『敵スタンド使い』だと自分から名乗って……
オレが髪型をけなされてキレて……ユカリちゃんの持ってる紫のペンダントと一体化して……
『ナントカの門』とか言ってたっけかな〜……）
そこまで思い出し、大方の事情は把握できた。
泉紫のスタンド「逆位置の節制」は、紫水晶のスタンドを通して、物質を遠隔地にテレポートさせる能力を備えているようだ。
ふと足元を見やると、先ほど「逆節制の少女」がぶら下げていたものとほぼ同じ大きさのアメジストが落ちていた。
「もしかして、コイツが入り口と出口の役割を果たしてンのかな？」
拾って見やっても、先刻のような輝きもなく、何の変哲もないただの宝石のように見える。
何となく、仗助はアメジストをポケットの中に押し込むと、遺跡をまじまじと観察し……奇妙な物体がピラミッドの中腹にあるのを見た。
（ンな……何だありゃ……）
仗助は気になって、風化しかかった石造りの階段を慎重に昇っていった。
ピラミッド中腹は、小さな公園のような構造になっており、パルテノン神殿のような柱が何本も立っていた。
その中央。まるで碁盤の目のように区切られた一画があり、巨大な石像がいくつも立ち並んでいた。
これを見て、仗助の脳裏に最初に思い当たったのは『チェス盤』。しかし、すぐにそうではないと気づいた。
どの石像も独創的な怪物の姿を取っており、ひとつとして同じものはないし、石像を駒とするならば、明らかに数が足りない。
さらに、その一画の先の台座に……全く場違いな物体を発見し、仗助は今度こそ度肝を抜かれた。
「……って、オイオイ嘘だろ……」
仗助が目を疑うのも無理はない。台座には、灰色をした箱……ディスプレイとキーボード……要するに、パソコンの端末が置かれていたのだから。
「こんな未開のジャングルの遺跡に、電気とか通ってンのかな……？」
仗助の心配をよそに、パソコンは『ひとりでに』起動した。
起動音に少しだけビビった仗助だが、ここまで来ればもう、多少の事には動じない。
黙ってパソコンのデスクトップ画面が表示されるのを待つ。
しばらくすると、ディスプレイにはデスクトップではなく、黒い影のような人間の顔が映った。
『やあ。やっぱりこの端末に興味を持ってくれたようだね』
画面の中の人物は、まるで子供のような屈託のない声で口を利いた。影になって見づらいが、口元が吊りあがり、歯を見せて笑っているのは仗助にも判別できた。
「……今度は何モンだ、てめー」
『人にものを尋ねる時は、まず自分から名乗りを上げるものじゃあないのかい？』からかうような口調で返す影。
「どーせ知ってるんだろ？ 勿体つけた言い回しにはいい加減、飽き飽きなんだよ」
『……しょうがないなぁ。じゃ、東方くんの要望に応えようじゃあないか。
初めまして。僕はみんなから「逆位置の世界」って呼ばれてる』
「……『逆位置』……てめーも、『叛逆の徒』とかいうイカレ集団の一味かよ」
『その言い方は失礼なんじゃあないかな。ま、否定はしないけど……
あ、一応説明しとくよ。今きみのいる場所は、メキシコ東部の、未開の密林地帯だよ。
この地には、未だ発掘を免れている数多くの古代遺跡が眠っているといわれているんだ。ここも……そのひとつだけどね』
「逆位置の世界」は、画面の中で肩をすくめると、彼の前方に文字が浮かび上がった。
|
→The Founder ：Coming Now ! The Chaser ：Come Here ! The Seeker ：Not Found... |
16．フロムダスク・ティルドーン
ピラミッドの東側は、すでに陽の光も届いておらず、闇に包まれていた。
遺跡の内部へと続く石造りの廊下から……筋骨隆々とした奇怪な人影が二つ、這い出してくる。
「……ケッ。退屈きわまりねーぜ。この『見張り』ってヤツぁよォォォォ」
「しかも夜通し外で突っ立ってなきゃなんねー……交代なしで、だぜ。
いくら俺たちが『そーゆー肉体』だからってよォーーーー……全くひでェー話だよなァ」
この肌寒い夜空の下、白い息ひとつ吐いていない……彼らは「吸血鬼」だった。
「…………ン？」
吸血鬼のひとりが、突如虚空を見つめ、ゴシゴシと目をこすった。
「どうしたァ？」
「いや、気のせいだと思うが……今、一瞬人間の姿が垣間見えたよーな……」
スウ……
二人の間を、冷たいそよ風が横切ったような気がした。
「……………………ッ！？」
えもいわれぬ奇妙な予感に捕われ、慌てて振り返る吸血鬼たち。
眼前には、二人よりもさらに体格の良い極太の広背筋があった。
その巨漢……ワムウは、吸血鬼に背を向けたままピラミッドを見上げていた。
闖入者の出現に、吸血鬼たちは怒り狂って叫んだ。
「てめェェェーーーーいつの間にオレたちの背後に回りやがったッ！？」
「ここをどこだと思っているッ！ 我らに『力』を与え給うた太陽神トナティウ様の聖域だぞッ！」
「…………どうやらここが、『賢者』の眠る遺跡に間違いないようだな」
ワムウは彼らを完全に無視し、そのままピラミッドの中へと入ろうとする。
「この野郎ッ！ 今スグここで脳ミソぶち撒けやがれッ！」
「ＵＲＹＹＹＹＹＹＹＹＹＹッッ！！」
ワムウを八つ裂きにしようと、背後から飛び掛かろうとする吸血鬼たち。しかし……
ゴプァッ！ バラブシャアッ！！
『ア、レレェェェェ〜〜〜〜〜〜〜〜？？』
彼らは刹那、頭部をバラバラに切り裂かれ、バランスを失って地面に落下した。
ワムウが彼らの脇を通り過ぎた時点で、すでに事は終わっていたのだろう。
二人に対し振り向きもせず、そのまま遺跡に足を踏み入れたワムウだったが……
突如廊下の先の角から、拍手が起こった。
「少しだけ安心したぞ、ワムウ……長年のブランクを感じさせない、素晴らしい動きだった……」
「…………！」
ワムウは拍手の主の声を聞いた瞬間、驚愕の色を隠せず硬直した。
遥か以前に、聞き覚えのある、この声…………そして、その現した姿は…………！
「……………………エシディシ様ッ！」ワムウは思わず叫んでいた。
たくましい肢体。赤を基調とし、肉体に直接縫い付けられた奇妙な戦闘服。
ルビーと複雑な刺繍の施された真紅のターバン。見間違いではない。
幾星霜の時を隔てようとも、忘れるはずがなかった。
「くっくっくっくっくっくっくっくっ…………二千年ぶりだな、ワムウよ」
ニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべ、エシディシは余裕たっぷりに廊下の柱にもたれかかっていた。
（どういう事だ……生きておられたのか？……いや、そんなハズがない……
エシディシ様は約60年前、波紋戦士どもと戦い敗れ、完全に消滅してしまったはず……）
「エシディシ様……一体なぜ、ここに……？」
「お前と同じだよワムウ……おれも『賢者』の招待を受けたのだ。
よぉーく知っている……実に懐かしい……賢者ザフー……昔よく会いに行ったものだった……くっくく」
夢見るような口調で語るエシディシ。しかしワムウは、警戒の色を緩めない。
「……どうしたワムウよ？ その仏頂面は……二千年ぶりの『同族』の再会なのだぞ……もっと嬉しそうな顔をしろ。
『逆位置の悪魔』は、今ここに我ら一族３人が同時に集う機会を与えてくれたのだからなァァァーーーー……」
「……やはり、カーズ様も……ここに来られるとッ……？」
「そうだ！ 『カーズ様』も間もなくこちらに来るッ……その時こそ、我ら『闇の一族』の真の栄光の時ッ！
我らの真の支配の時代が始まるのだァッ！ むろん、お前も協力してくれるよなァァワム……」
ドオォン！！
ワムウは突如、身を翻して己の背後に向かって強烈な蹴りを放った！
その先には、青いマントがフワリと浮かんでおり……中から奇妙な形のナイフを握った人影が姿を現した。
「勘のイイ奴！ 野生のコウモリにさえ気づかれずに近づけるこのドノヴァンに対して、逆に奇襲攻撃を仕掛けるとはッ！」
だがワムウは、先刻の見張りの吸血鬼の時と同様、ドノヴァンとやらには見向きもせずに、エシディシに叫んだ。
「……貴様はッ……断じてエシディシ様ではないッ！！
本物のエシディシ様ならば、カーズ様の事を『様』付けで呼んだりなどはしない……貴様、一体何者だッ！」
ワムウの詰問と、鋭い視線に対しても、エシディシはニヤニヤした笑みを崩さなかった。
「ほう……二千年前と比べても……何か、成長を遂げたような……鋭い、いい目をするようになったな……
だが、そのようなまなざしを持つ者が、おれに会った時……そいつは早死にする」
日が没し……最強の生物である「柱の一族」どうしの対決が今、幕を開けようとしていた。
17．スクライル
パソコン画面の「逆位置の世界」は、相変わらずおどけたような口調で言葉を続けた。
『もしきみが、ザフーの復活を阻止したいというのなら……
この三人を出会わせちゃあいけない。もっとも、きみ独りがいくら頑張ったところで、この運命を変える事なんてできやしないけどね……』
「てめーとよォーーーー……くだらねー会話をすんのは、もうまっぴらなんだがよォォーーーー」
苛立ちを隠そうともせず、仗助はパソコンの前に立った。
「『逆位置の世界』だっけか？ てめー今どこにいる……居場所を素直に教えろや。
今からこの仗助さんがブチのめしに行ってやるからよォォ〜〜〜〜」
『やれやれだね……きみ、さっきの僕の話を聞いていたのかい？
僕はただの「解説役」だよ……同じ事を二度言わなきゃならないってのは、そいつが頭が悪いって事なんだぜ』
「はぐらかしてんじゃあねーぞコラァーッ！」
今度は引っ込めるつもりはないと言わんばかりに、仗助は再び「クレイジー・ダイヤモンド」を発現させた。
『きみの相手は僕じゃあないんだ。僕は今、とっても疲れているからね……
ああ、でも心配しないで。ザフーからちゃんと、きみの相手をする者を派遣してもらっているから』
「……………………？」
その刹那、日が没した。
ピラミッドの中腹のさらに上方にある扉がきしみ、力任せにバラバラに砕け散った。
そして……開け放たれた扉から、「何か」が空中を舞って飛び降りてきた。
「うおッ！？」
飛び降りてきた何かは、流線型の美しい人影だったが……仗助は驚愕して一瞬、飛び退く反応が遅れた。
ドッガァ！！
人影は手刀を、仗助の脇腹めがけて繰り出してきたが、衣服をかすめ、すんでのところで回避した。
（ぐッ…………何だ、こいつはよォ〜〜〜…………）
人影が右腕を地面にめり込ませ、硬直している隙に距離を取る仗助。
筋肉質ではあるが、引き締まった肢体。衣服をほとんど身につけてはいないが、水晶のように美しい装飾品をちりばめている。
しかしその頭部は……人間のものではなかった。
（見た事があるような……そーだ、思い出したぜ……以前、ロンドンに行った時に……大英博物館の中で承太郎さんと見た……）
ドクロだった。それも……水晶で形造られた！
筋骨たくましい男性の肉体に、水晶でできた頭蓋骨が乗っている！
奇怪！ 異様！ それでいて、ある種の美しさすら感じさせるッ！
『紹介するよ……』逆位置の世界が言った。
『彼の名はユード・イオ……賢者ザフーの下僕と化した、闇の一族の末裔だ』
瞳のない、虚ろな眼窩が向けられる。
真っ暗な空洞から……仗助はある筈のない、射すくめられるような視線を感じた。
「…………グレート…………！」
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カーズ、エシディシの反乱の折、 最後まで抵抗し、滅ぼされた一族の最後の生き残り 必殺流法：魔結晶（クリスタル・ドゥーム）の流法（モード） |
Ｔｏ Ｂｅ Ｃｏｎｔｉｎｕｅｄ ！！